第9話 獣の爪牙、終わりの始まり(前編)
「私が命を捨てるべき存在は、私が選ぶ。そして、貴様らにその価値は寸毫たりとも無い」
あれからいったい──
どれだけの年月が、流れただろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いったい何がどうなってやがる、おい! ティーゼ!」
私の名を呼ぶ声がする。
ギルドメンバーに休憩の指示を出した後、フルフェイスの兜を地面に叩きつけ、我らが"獣の爪牙"のギルドマスター、ガウルが私の所へ歩み寄ってきた。
無精ひげに短く刈り込まれた髪。獣を思わせるような眼光。確認するまでもないがかなりお怒りのご様子だ。
彼の癇癪はいつものことだが、今回のはことさら熱量が高い。
「精霊魔法士の火力が軒並み落ちてやがる! このギルドで後方火力が落ちてるとか、シャレになんねーぞ!」
このギルド"獣の爪牙"は、その荒々しい名に反して魔法士主体のギルドだ。
前衛はガウル含め三人しかいない。後衛の火力低下は、このギルドにおいては死活問題となる。
第六階層の番人を討伐して四日。この第七階層に突入して既に二日が経過していた。
組合より認められている第七階層の独占探索期間は、組合が第七階層への転移魔法陣の設置が完了してからの十日間。
「なんのためにテメーの意見を採用して二日間休息したと思ってんだ、おいティーゼ!」
組合による、第七階層への転移魔法陣設置自体は一日でできている。
ガウルは設置完了後即第七階層に突入しようとしたが、私が提言してもう一日休息日を設けさせた。
追加休息のため一日を無駄にし、突入して二日なので、独占期間はあと七日。
これを過ぎると、第七階層へ他のギルドやパーティも入場が許可されることとなる。
「魔力切れなどと、事は単純ではないのかもしれない」
ギルドメンバー全体的に、第六階層での消耗が激しかったことは事実だ。二日の休息でも、完全に回復しきっていない者もいるだろう。
だがそれだけでは、この精霊魔法士たちの火力低下は腑に落ちない。
「……このフロア全体に、精霊魔法に関する弱体でもかかってんのか?」
先ほどまで癇癪を起していたとは思えない静かな声で、ガウルが聞いてきた。
ここら辺の頭の回転の速さは彼の利点と言える。
「それはない。四大元素全ての弱体化だったとして、それほど大規模なものを私が全く感知できないなど──その可能性は寸毫たりとも無いと言っていい」
四大元素全ての弱体化や無効化など相当な大術式だ。二流三流の魔法士ならともかく、私なら必ず何らかの痕跡を感じ取れる。
それとも──精霊魔法とは異なるまったく別系統の術式であるなら──あるいは──
ふむ……寸毫くらいなら可能性はあるかもしれないな。
「そもそも弱体化しているのは精霊魔法だけで、ギルド内の神官や聖職者が使う神聖魔法はその傾向が一切ないのも気にかかる」
魔法使いのうち、影響が出ているのは精霊魔法士だけなのだ。全ての魔法が影響を受けている訳ではない。
この世界樹の遺跡は第三階層までは普通の、いわゆる大樹の迷宮だった。
およそ迷宮と呼べるものではなく、内部にはかつてあった世界樹の学院の学び舎や研究施設などの名残を感じさた。
そこに巣くっていたモンスターを狩る程度の、簡単な探索だった──第三階層までは。
それが、第四階層を超えたあたりから突如魔境と化した。
フロア規模はどんな魔法を使ったのか明らかに膨張し、モンスターも野良から魔石魔獣と呼ばれる凶悪な魔法生命が闊歩するようになっていた。
次のフロアへ至るための階段には番人と呼ばれる様々なモンスターが配置され、フロア内の探索と進行の難易度をより一層上げていった。
番人を討伐したギルドないしパーティに、次の階層での独占探索期間が組合から与えられるようになったのも、この頃からだ。
世界樹の遺跡が、管理する王国によって解放されてから一年。第四階層以降は攻略が完了するまでに、毎回数カ月の月日を要するようになっていた。
そしてここ、第七階層に至っては"暴風の荒野"だった。
上は天井の見えない曇天。雷鳴が常に唸りを上げ、予告もなく突如として吹き荒れる突風は、大の男すら吹き飛ばすほどの風力を備えていた。
誰がどんな魔法を用いて、このような魔境迷宮を用意したのか──はてさて機会があれば是非ともお話を伺ってみたいものである。
このフロア自体に、精霊力を抑制する何かが施されている可能性は十分考えられるが──
「……むしろ、正常な状態に近いと言う者もいる」
私は魔境に巡らせていた思考を、当面の問題の方へ引き戻した。
「あん? どいういことだ、そりゃ?」
「この間加入したばかりの新人魔法士の話しなのだがね。このギルドに加入した直後──強化訓練や支給された高級魔法具による強化に関して、本来の上昇値を明らかに上回る強化具合で不思議に思っていた、と」
「……いまの状態が、うちの後衛火力の正常な状態だってのか?」
「あくまで一説、可能性の一つだが」
少々、説としては突飛すぎる感じもする。まだフロア全体に、常時未知の弱体化がかかっている説の方が、(私が感知できないのは業腹な事を抜きにして)現実味がある。
新人魔法士の説が正しいのであれば、第六階層まで私に気がつかれず、ギルド全体に強化をかけていた者がいたことになる。
────ん?
「…………」
「おいティーゼ、気づいたことがあンなら言え。テメーの中だけで完結させるのはテメーの悪い癖だ」
「マスターの機嫌を損ねないために伝える情報の取捨選択をするのは、悪い癖どころか有能な技能だと思うのだがね?」
「あ゛あ゛ん!?」
「第六階層に入った時の我々と、第七階層に入った時の我々──違いはなんだと思う?」
「…………」
熱しかけたガウルの頭が急速に冷え、思考を巡らせていく。
「ルクスの野郎が──いねぇ」
「正解」
一度冷えたガウルの頭が、再度瞬間的に熱くなっていくのが手に取るように分かった。
だから伝える情報の取捨選択は、有能な参謀の技能だと言っているのだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
あなたのブックマーク登録や【☆☆☆☆☆】で頂ける評価ポイントが、新たな創作の励みになります。




