第8話 世界に挑む──それは人智の及ばない神秘、あるいは不都合な真実
「神威級……」
うわ言のように、僕はもう一度つぶやいた。
「単刀直入に言おう。ボクは、キミをパーティに誘いたい」
動揺する僕に構わず、サラが語りかけて来た。
「キミは世界樹の遺跡で何を望む? 何を求める? 名声かい? 地位かい? 財宝かい?」
僕の望むもの──それは──
「ボクたちは、あるモノを求めてあの遺跡に挑んでいる。それが何かは……申し訳ないが教えられない。だが、それ以外のモノなら……極論、あの遺跡で得られる全ての財、成し遂げた名声、その全てキミに捧げよう」
待遇としては破格だ。ありえないレベルでと言っていい。
「……なんでそこまで……僕にそこまでの価値は……」
「ある」
間髪入れず、サラは断言する。
「ボクたちが精霊力の制御を誤った理由を、まだ話してなかったね」
サラはそう言って、アクシアに目配せをする。
アクシアはそれに応じるようにうなずき、そして口を開いた。
「風水士は無意識下で、精霊力の"領域"と呼ばれる力場を展開します。そして練度の高い風水士であれば、これを意識して制御することも可能です」
「領域?」
「魔法に例えると、術式が発現するまでの経路に、魔石による補助が常時なされているといえば分かりますか?」
「常時……? え? 触媒や魔力の消費なしで?」
「はい。消費なしです」
ノーコストで常展開される──強化支援?
「魔法の威力を決定させる"出力"と、魔力消費量を抑える"効率"の両面においての支援です。精霊に関する魔法使いのみに限定はされますが、風水士は──あなたはただソコに存在するだけで、極めて強力な強化支援者となりえます」
アクシアの説明に、サラが続ける。
「さらにキミはただの風水士じゃない。風水術と魔法を併せ持った天変魔法の使い手で、さらには神威級の御業まで使えるときた」
興奮気味に目を輝かせて、サラがまくし立てるように言った。
「程度の差はあれボクら四人は全員、精霊の魔法使いだ。キミがパーティに居るのと居ないのとでは、その戦力差は計り知れない」
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「だから……教えてほしい。キミは世界樹の遺跡に何を求めているのかを。それを、ボクたちが与えられるのなら──」
僕に、右手を差し出してくる。
「この手を、取ってほしい」
彼女の髪と同じ色をした赤い瞳が、真っすぐ僕を見据えていた。
僕が、この世界樹の遺跡に──挑んだその目的──
遺跡で死にかけたその瞬間、死への恐怖と同時に沸きあがってきた、識ることなく終わってしまう絶望感。
それは──
「僕は……識りたいんだ……」
僕は伝える。ただ識りたい、それだけの事を。
「ある日忽然と姿を消した、世界樹の魔法士たちの事……」
この大陸で叡智の粋を集めながら、ある日を境に突如その全てが姿を消した世界樹の魔法士たち。
「百年前に起こった"災厄"の事……」
死天と呼ばれる未知なる魔物がどこからともなく大量にあふれ出し、この世の終わりだと嘆きの声で世界が満ちた"災厄"。
「降臨英雄たちの故郷……ココとは完全な別世界といわれている異境──異界の事……」
その"災厄"を終わらせた、かつては神の使徒と崇められていた異界の英雄たちと、その故郷。
「この世の果て、空の彼方、あの果てを知らない宙の向こう側に何があるのか……」
誰も識らない先の向こう。空の先、天の上、その向こうに何があるのか──ひょっとしたらソコにこそ、異界があるのではないか? ソコにこそ、神々が住まう天界があるのではないのか?
「その全てを、僕は知りたい」
ただシリタイ。それが、絶望の瓦礫から這い出し、無知で無力な少年がこの世界樹の遺跡まで来た理由だった。
「これはまた、強欲だ」
僕に差し出された右手はそのままに、サラは口を開いた。
「強欲……かな?」
自分の夢を語った事に少し気恥ずかしくなり、頬をかきながらサラに聞き返した。
「ああ、とびっきりにね。まるで世界に挑むと言ってもいい!」
そう言った彼女は、どこか嬉しそうだった。
「"謎"と呼ばれるものには、二通りの状態があります」
対称的にクールな調子で、アクシアが口を開く。
「ひとつは──それを理解するに足る知識を誰も持ち合わせていないため、"神秘"としてあり続けている状態」
アクシアが指を一つ上げる。
「そしてもうひとつは──何者かが意図的に、その真実を"隠蔽"している状態」
そう言って、二つ目の指が上がる。
「さて──あなたが追い求めている謎の数々は、はたしてどれが"人智の及ばない神秘"で、どれが"不都合な真実"なのでしょうか?」
立てた二つの指をフラフラ動かしながら、アクシアが続ける。
「そしてご注意を。"人智の及ばない神秘"も"不都合な真実"も、たいていは側でそれを守る者がいて──」
立てていた二本の指を、そっと伏せる。
「たいていは、好戦的です……。特に後者の──"不都合な真実"を守る者は……」
覗かれた右目が、射貫くように僕を見つめる。
「あなたが追い求めるている謎の一つ一つは、どれもが世界をひっくり返しかねない重大なものです。それこそ、二百年前に明らかになったこの世界の真実のように」
「だから言ったのさ、まるで『世界に挑むようだ』、とね」
差し出した手を一度も引っ込めようとしないまま、サラが続ける。
「キミがその謎を追い求めてこの世界樹の遺跡を訪れたのは、恐らくは正しい。上手くいけば、その謎のいくつかを同時に解き明かすことができるかもしれない」
そう、なぜならここは──
「なぜならここは──かつてこの世の全ての叡智が集っていた、世界樹の学院の成れの果てなのだから」
百年前の"災厄"の終結とほぼ時期を同じくして、この世界樹の学院から、叡智の継承者たちは突如姿を消した。
その行方は、誰も知らない。少なくとも、その行き先は世界のどこにも残されていない。
それは、知識の継承者たちが世界へ秘匿した謎。
「だから、ボクもこう誘おう」
ずっと、僕の目の前に捧げられた彼女の右手がある。
「さぁ一緒に──世界に、挑もうじゃないか!」
共に行こうと、誘い続ける導きの手。話している間も、一度として下ろそうとはしなかった、その右手。
拒む理由などなかった。
躊躇ことなく、僕はその手を握ろうと右手を差し出して──
「あ……」
自分の右手首に巻かれていた、ギルドの腕輪章に気が付いた。
左手でその腕輪を取り外す。
一年間──初期から所属していたギルドに、心の中で別れを告げる。
そして改めて、僕はサラの手を取った。
「ようこそ我らがパーティ、"妖精の旅団"へ!」
サラは嬉しそうにそう言って、優しく僕の手を握り返した。
「おなかすいたー! ねえねえ、お話終わったよね? もう注文してもいい?」
ノーネの声に僕たちは顔を見合わせ、そして、その場は笑いに包まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして僕は──
ボクたちは──
『世界に挑む!』
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なお、本日の更新はここまでになります。
明日は視点を変更して、ルクスを追放したギルドの様子をお届けします。




