第7話 魔力消費なしの天変地異──神の領域を侵す者
「それでは、いよいよ最後にキミの事を聞かせてもらうとしようか」
そう言うと、サラは椅子に腰を下ろした。
「ルクス……です。ギルド"獣の爪牙"に所属して……いました」
「第六階層に捨てられたみたいな事を言ってたけど……本当かい?」
「はい……。第六階層の番人、グランドミノスを討伐した後……足手まといはいらないと……」
「足手まとい──ねぇ……」
サラが自分の前髪をクルクルといじる。
「風水士を手放すとは、アホの極みだね」
「知らなかったとは言えバカな事をしましたね、そのギルド」
サラとアクシアが、フフっと笑う。
風水士──。聞きなれない職。
「僕は魔法士ではなく風水士とのことですが、それってどんな職なのですか?」
世界樹の遺跡で告げられから、ずっと気になっていた。
「……それってさ、素なのかい?」
「え?」
サラから返ってきた言葉は、僕の期待したものとは全く関係のないものだった。
「前のギルドでも、敬語だった?」
『……ルクス君、まずその敬語をやめようか?』
浴場での、彼女の言葉を思い出す。
「いえ……前のギルドでは初期の……同期メンバーには普通に話してましたけど……」
「ならなし! さっきも言ったけど敬語禁止! いいねルクス君!」
ビシっと、僕の眼前に人差し指を突き付ける。
「ルクス君……あーなんか言いにくいなコレ」
「ルクスン!」
「ノーネの感性は趣味じゃないんだよなぁ」
元気よく手を挙げたノーネに、なんか違うといって小首をかしげるサラ。
「む~……」
頬を膨らますノーネの頭を、あやすようにエルフィが撫でる。
「よし決めた! ルー君! いいよね、ルー君で!」
「……はい」
なぜか、胸のあたりが暖かくなり──なぜか、無性に嬉しかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いい加減、真面目な話に戻りましょう」
「ボクはいたって大真面目だぞ!」
話の進路を戻そうとするアクシアにサラが反論する。
「魔法士とは、呪文や魔法陣、魔術文字などで術式を構築し、術者のもつ内魔力に力と指向性を持たせ、さまざまな現象を発現させられる者──魔法使いの総称です。ここまではいいですか?」
僕は黙ってうなずく。魔法士なら誰もが知っている、ごく基本的な事だ。
「対して風水士は、内魔力ではなく外魔力を使用し、四大元素さまざまな自然現象を起こします。魔法のように術式の構築を必要とせず、またそれらの工程を破棄した際に起こるような効果の劣化もありません」
「術式構築の工程破棄──無詠唱や魔石、魔法陣などの触媒を使用せずに、変わらない効果を発揮できるってこと?」
「はい。ただし使用には制限があります。発動させるためにはその地形に存在する精霊力の属性に依存します。水の精霊が一切存在しない砂漠では水の風水術は使えず、逆に火や地の精霊が存在しない凍土では、それらの風水術は使用できません」
そこまでは、なんとなく理解できる。
ようはその地にある精霊力を触媒にし、術式に代わる起動要件を内魔力でなく外魔力を使用する、という事だろう。
「そして、発現させられるのはあくまで自然現象です。付与魔術や追尾機能、形状の構築など、本来術式で行えるような指向性の設定ができません」
「ただし、キミの場合は例外だけどね」
アクシアの説明に、サラが言葉を挟み込む。
それにアクシアがうなずき、続けて口を開いた。
「風水士自体、極めて希少な存在ですが、さらにその中で異質な才を持つ者がいます。それが風水術に、魔法と同様の指向性を持たせられる者──天変魔法の使い手です」
「天変魔法……」
自然現象を操る風水術と、その自然現象に術式で役割を持たせる魔法──
あれ? でもそれって……
「結局、普通の精霊魔法と何も変わらないんじゃ……。むしろ地形によって使用属性を制限される分、魔法ほど汎用性がない気が……」
「いくつか、認識の誤りが見られますので訂正します」
僕が口にした疑問に、アクシアが即答する。
「まず風水術は、術者適正による使用属性の縛りを受けません。うちのサラは少々特殊なので比較対象としてアレですが、地形の効果さえ問題なければ、反属性などの相性関係なく、ひとりで四大元素全ての属性を操れます」
そうだ──本来高位な魔法士でせいぜい二元素、サラの地と風の反属性を含む三元素に至っては完全に規格外だ。
それすら超える、四大元素全て!
「そして先ほどもお話ししましたが、風水術は内魔力ではなく外魔力を使用します。これがどういうことだか分かりますか?」
「……使用回数に……制限がない?」
魔法は使えば使うほど、使用者の魔力──内魔力と呼ばれているものを消費させる。
精神力と同義にされているもので、睡眠や休息、魔力が蓄積された魔石などのアイテムで回復させることができる。
「正確には、その場に満ちた外魔力を枯渇させない限り使用制限がない、ということになります。外魔力の貯蓄量はその地形やその地が積み上げて来た歴史によって様々ですが、条件さえ整えば街ひとつ壊滅させられる天変地異や、あなたが先ほど使った神威級の魔法に相当する事象を、魔力消費なしで行使できます」
「ちょっ……ちょっと待って……いま……なんて?」
いま、聞き捨てることが到底できない単語がさらっと出た!
「魔力消費なしで──つまり内魔力の消費を必要とせず──」
「違う、そのひとつ前!」
勢いよく立ち上がり、僕は珍しく声を荒げた。
体が細かく震えているのが、自分でもよくわかる。
「神威級……」
右手で顔を抑えながらうわ言のように呟き、僕は再び腰を下ろした。
神威級。魔法の階級で、上級、超級を超え──最上位に位置する、別格の意味を持った階級。
「……気づいていなかったようなので説明しておきますが、あなたがあの遺跡で使った天変魔法──火の風水術に付加されていた効果は、追尾機能に──」
そう、それは僕も気づいてた。
あの火力に追尾機能、少し贔屓目にみても上級魔法レベルだと思って内心喜んでいた──
「絶消の摂理干渉」
「………………え?」
なんて間の抜けた声を返すのだろうか、僕は。
「あの炎に触れ、焼かれた敵性体は、完全に消滅するまでその身からその炎が消えることはありません。この世に存在する物質であるなら、問答無用で消滅させられます」
「それっ……て……」
震える声で、アクシアに尋ねる。
「まぎれもなく、理を支配し、概念を強制する事象干渉。完全消滅系の摂理干渉です」
摂理干渉──
この世の理すら侵蝕する、または神域へと至る、全ての魔法使いが目指す、奇跡の頂き、理の強制、絶対主命──すなわち──
「神威級……」
神の領域を侵す力を持った魔法に付けられる、その総称。
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本日は8話まで掲載する予定です。




