第51話
「あの役立たずのクソ雑魚だったテメーが、よくもこれだけの力を手に入れたもんだな!」
神速の中で激しく打ち合いながらも、ガウルはそんな言葉を浴びせてくる余裕があった。
「どうだ、絶対的な力を手に入れた感想はよ! それだけの力がありゃ何でもできるぜ! かつて虐げられたやつに復讐するもの、いい女をはべらせるのもよ!」
「興味が、ない!」
「力あるものが、力ないものに生き方を強いるのは悪じゃねぇ! 暴力、知力、金力……力は純粋で公平な社会の制度よ!」
無知だった子供の頃を思い出す。
力が無かった。知力もなかった。お金なんて最もなかった。だから、選択肢がなかった。
「だから、その力で奪うのか! みんなを、あんたを信じて、慕ってきた者たちの命までも、その力とやらの糧にして!」
「たかが魔力タンクをいちいち気にしてんじゃねーよ!」
「ガウルゥゥゥゥゥゥゥ!」
言葉が、届かない。
一年もの間、僕はこの男の何を見てきたのか。
拳が、蹴りが、幾度となくガウルを打つ。それでも、彼に──彼の心には届かない。
「弱いから悪いのさ! 弱いことこそが悪なんだよ!」
この男の心は折れない。
もはや、交わす言葉はない。
彼の繰り出す刃を躱しながら、拳を、脚を、肘を、掌を、背中を、打つ、打つ、打つ、打つ!
ガウルの来ている鎧が剥げ落ちていく。同時に、自分の体もボロボロになっていくのが分った。
これはそんな大した力じゃないさ、ガウル。
打つ方も、命賭けなんだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
だが、その結末はあっけなく訪れた。
「なん……だぁ……!?」
ガウルの魔力が、出力が落ちていく。
これはもしや、魔力がが切れた?
ガウルは支える力を失ったかのように倒れそうになる体を、とっさに剣を大地に突き立てて支える。
「伝承技は一つが限度だと言っただろう。ましてや"影の国"を維持したまま二つ目を使用するなど、魔力不足になって当然だ」
その彼の後ろに、いつの間にかティーゼが居た。先ほどの意識が高揚した様子は見られず、いつもの冷静な参謀の風情でガウルの後ろに立っている。
「"影の国"も既に解かれている。直に彼女たちも動き出すだろう。私たちの負けだ。この状況で精霊神子と、その仲間を相手にするのはさすがに勝ち目がないくらい、マスターにもわかるだろう?」
僕は周囲を見回す。ティーゼの言う通り、みんなが体を起こしつつあるのが分った。
「ふざっけんな……。俺は負けねぇ……負けてねぇ……! 支援をよこせティーゼ! 俺はまだ……戦える!」
「やれやれ、しかたのない……」
ティーゼはそう言うと、ひとつため息をついた後──
「あ゛?」
後ろから、ガウルの胸を素手で貫いた。
「お疲れさま。あとは私に任せて、ゆっくりと休むといい」
「………………あ…、ま……た」
ガウルが、後ろを振り向いて、何か聞き取れない言葉を呟いた。
いま、目の前で起こっていることに、理解が追い付かなかった。
ティーゼが無造作に、ガウルの胸から手を引き抜く。その手には、何か黒い球体のようなものが握られていた。
支えを失ったガウルの体が、僕の方に向かって倒れ込んでくる。僕は反射的に、その体を受け止めた。
「ガウ……ル?」
人間であれば大量の血が噴き出すであろう胸の穴は、不自然なほど綺麗な穴がぽっかりと開いていた。
「それではルクス、私はここで失礼する。また会う時を、楽しみにしているよ」
そして右手に黒い球体を持ったままの状態で、何かを呟く。
次の瞬間、彼は僕の前から一瞬で姿を消した。
「ルー君!」
サラが、他のみんなが僕の元に駆けつけて来たのは、そのすぐ後だった。
「サラ……ガウルが……癒しを……お願い」
僕はガウルを抱え動揺したまま、サラに彼を癒すようお願いする。
「──ボクが癒せるのは、命ある者だけなんだよ。そこは神聖魔法と変わらない。命ある"者"を治せても、命ない"物"を直すことは、できないんだ」
その言葉を聞いて、僕は視線をガウルの胸に落とす。そこに空いた空洞から見える内部は、彼が間違いなく人間ではない"物"であることを告げていた。
これで、終わり?
これで、最後?
────僕は彼に、憧れていたのだろう。
その考え方、在り方、思想は絶対に相いれない。彼が欲望のままに行った所業は、絶対に許せない。
だけど、その強さに、強靭さに、何者にも媚びず、みんなを引っ張って先頭を進んでいく姿を、僕はいつも羨望していた。
男なのに、年相応以下に小さい身体。そんなひ弱な自分が嫌いだった。
だから、彼のような屈強な戦士に、いつも憧れていたんだ。
彼のような強い男になりたかった。彼のような強い男に、認められたかった。
「ざまぁみろ……」
彼の抜け殻を抱えながら、当初の目的を思い出す。
「ざまぁみろ……」
繰り返す。もう一度。
「ざまぁ……みろ……」
吐き出す言葉と同時に、涙が一つ、零れ落ちた。
「それはまだ、早いかもしれないよ、ルー君」
そんな僕の肩を、サラが優しく触れた。
「核が抜かれている……。人間に例えれば脳、心や魂を司る部分だ」
サラがガウルの空洞を指さす。
「これは文字通り"抜け殻"だよ。まだグリードは──ガウルという男は終わっていない」
そしてサラは僕の見て──
「だからそれは、本当に言うべき時に取っておくといい。なにせ、かくいうボクも言い逃してしまったからね。"ねぇ、いまどんな気持ち?"ってさ」
そう言って、にっこりと笑った。、
「私としては、このまま停止してもらえると本当に嬉しいのですが……」
そう言ってアクシアが頭を抱える。
「いや、むしろ危険度で言えばあのティーゼという男の方が上なんじゃないのか? 何者なんだ、あの男は? 素手で核を抜き出していたぞ!」
「ええ、それに関しては同意します」
エルフィの意見を、アクシアが賛同する。
「ノーネお腹すいたー」
『……………………』
いつもの、ノーネの欲望が炸裂する。
そしてまたいつものように、その場が笑いで包まれた。
問題も疑問も謎も山積みだけど、このメンバーで誰一人欠けることなく笑い合えることが、本当に嬉しかった。
~世界樹の遺跡の精霊神子~
第51話
"ざまぁみろ"が、言えなくて




