第49話 そして再び、門は開く。
「当然、三人の魔女は二台目以降も同様の失敗を犯さぬよう、膨大な魔力を蓄えた炉心の開発にやっきになった。──だがダメだった。伝承技を引き出せるほどの魔力を持った炉心など、そう簡単に作れるもんじゃなかった。そして、タイムリミットだけが迫ってきた」
「タイム……リミット?」
「ああ、"扉"が閉まる、その瞬間さ。三人の魔女の内、二人が降臨英雄だったのさ。"扉"が閉まれば、こちら側へはいられない」
"扉"はこちらと異界を繋ぐ通路だけではなく、英雄をこちらに繋ぎとめる役割もあるのか?
それに、三人の魔女の内、二人が降臨英雄──?
欠片の一つ一つが、収まっていく……。断片的だった絵が、見えてくる……。
「その三人の魔女の内、一人がトチ狂った」
「やめ……て」
指一つ動かせない状態で、サラは口を開く。
「"扉"が閉じる前に、どうしても炉心を完成させたかった。自分がこの世界から居なくなる前に、なんとしても魔導兵器を完成させたかった、この世界に残したかった!」
「やめ……てェ」
嬉しそうに、ガウルが続ける。サラが懇願する。
欠片がまた一つ、収まっていく……。絵図が、見えてくる……。
降臨英雄だった、レンファ・ブラッドルビー。
百年前に終結した"災厄"。
"災厄"の終焉と共に閉じる"扉"。
時期を同じく、百年前に忽然と姿を消した世界樹の学院の魔法士たち。
魔導兵器を完成させるには不完全な魔力炉心。
そして、魂喰らい。
「俺が話すをやめたところで、おまえの最愛の師匠が──レンファ・ブラッドルビーがやらかしたことは絶対に消えねぇ! なぁそうだろ、閃光の魔女レンファ・ブラッドルビーが高弟、シャーラ! シャーラ・ブラッドルビィィィィィィ!」
そして、全ての欠片が繋がった。
「あいつは世界樹の学院にいる魔法士に向けて、魂喰らいを使ったのさ! 狂ってるだろ! 俺たちなんか可愛いものさ! どれだけの叡智が失われた? どれだけの命が失われた? 伝承技を扱える魔力をもった炉心を生み出す、そのためだけに!」
「ち……が……う」
「あん?」
サラが、顔を上げる。額からは、先ほどガウルに叩きつけられた時の血が滴っていた。
「あの人は……この世界の未来を繋げるために……魂喰らいを使ったんだ……。炉心の完成は……そこへの経過にすぎない……」
サラが、ぎゅっと拳を握りしめた。指一つ、動かすのもつらいだろうに。
「お前のように……命を弄び、支配欲にかられて……欲望を満たすやつとは違う……」
「……黙れ」
「いいや、言うね。だから……お前は……1に……4に、遠く及ばない。炉心のある、なしなんて関係……ない」
「…………」
「だからお前は……0なのさ……」
「もういい。黙る必要はない」
ガウルの顔から、表情が消えた。
「俺が黙らせてやる。自分は破壊されることはないってタカをくくってんのか? 忘れたか? ここには一切の精霊力が働かない。テメーを破壊しても、何の問題もねぇ」
ガウルが、大剣を振り上げた。
「あばよ"災禍の炎"」
そして、振り下ろされた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここには一切の精霊力が働かない、か。その通りだよ。それこそがボクの狙いさ。
わざわざ最上階を目指す手間が省けたというものだね。まさか"草薙の剣"以外に、ボクを終わらせてくれるものがあるとは思わなかった。
今まですまなかったね、アクシア。──いや、アクシズ。ボクがいなくなれば、キミは自由だ。キミに全てを押し付けることになって大変すまないが……まぁ、それはいまさらか。
ボクがいなくなれば──キミが本来の力を開放できれば、この窮地を脱することも難しいことじゃない。
みんなを頼む……。
ゴメン、ルー君。けっきょく、ボクの口から、キミに全てを話せそうにないや……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一瞬、何が起こったのか、理解できなかった。
避けられないと思われた死は──求め続けて来た終わりは、訪れなかった。
「させ……ない……!」
良く知っている、心地良い男の子の声がした。
眼前に広がるのは、帯電する幾何学模様。
小柄な背中。
ボクと同じか、下手をすると小さいであろう男の子が、片手で――グリードの大剣を防いでいた。
雷で強化されていも、大剣を受け止めた手からは鮮血が滴り落ちていた。
「てめぇ……なんで動ける?」
グリードの声が耳に入らない。
ボクはただ、目の前の背中に釘付けになった。
あの時の、逆……。初めて、彼と出逢った時と、まったくの逆。
「ゴメン……サラ」
その体勢のまま後ろを振り返り、彼は──ルー君は一言、そう言った。
ゆっくりと顔を戻し、グリードを睨みつける。
「なんで動ける。それに、その雷は何だ? なぜ影の国で、精霊の力を使える?」
ルー君は答えない。答える代わりに、別の言葉がその口から紡がれる。
『 開け 天の門 』
そして再び、門は開く。




