第48話 魔導兵器──カルヴァディス
「絶対に伝承技を使わせるな!」
サラが指示を出すと同時に、エルフィとノーネがガウルに突っ込んだ。
「検索も接続も、もうとっくに終わってんだよ!」
ガウルが空に手をかざし──
「おめーらノロマな魔法士と一緒にするんじゃね!」
それを大地に向けて振り下ろした。
『 伝承顕現・影の国! 』
突如、立っていられないほどの重圧が加わる。
「なっ」
体勢を崩し、倒れ込みそうになるところを何とか力を入れて堪える。
だが目の前で、エルフィが、ノーネが、アクシアが……そして、僕の隣でサラが、次々と倒れ込んでいく。
サラが地面にぶつかりそうになる寸前、とびかかるようにして何とか受け止めた。
体が、重い。腕ひとつ動かすのに、ものすごい体力を持っていかれるようだった。
「何が……! サラ、みんな……!」
だが、みんなは僕よりも辛そうだった。僕は辛うじて体を動かせるが、みんなは指一つ動かすのもままならない。
「これは……いったい……」
「なんかルクスのやつにも予想外に効いてねーか?」
「彼は風水士との事だからね。精霊と同調率が高い。妖精族と同等程度には影響を受けるだろう」
僕が風水士だから……妖精族と同様に影響を受ける? だったらみんなは……妖精族のみんなも……僕と同じくらいには動けても……。
「そいつは都合がいいな──っと!」
ガウルが僕を蹴り上げた。遥か後方に吹き飛ぶ。
「よぉ、どんな気分だ、シャーラ?」
僕の支えをなくして倒れ込んだサラの髪を無造作につかみ、そのまま顔を引き上げる。
「最悪の……気分……だね……」
「そうだろそうだろ! 何せ対精霊のとっておきだからな! 俺は英霊の碑石に接続する権限はあっても、伝承技を発動させる魔力がなかった! だからさ……完成品なら必要に応じてその場その場で行う検索も詠唱もよ……もう何千何万回と事前に繰り返してンだよ!」
ガウルがサラの頭を地面に叩きつける。
「影の国は、ここに冥界の概念を呼び出す結界型の伝承顕現さ! ここは精霊力も神霊力も、その一切を通さない、許容しない、許さない! 人形に入り込んだ精霊や、ただの術式が人格を持ったオメーなんかには、特に苦しいだろうよ!」
「やめ……ろ、ガウル!」
重い身体を、蹴り飛ばされた痛みを、意識の外側に押し込んで立ち上がる。
いまとても重要で、そして、とてもどうでもいい事が聞こえた気がした。
そう、どうでもいい。サラが、みんなが、どこの誰でも──何者でもどうでもいい!
「サラを……離せ!」
「サラ? ……ああ、こいつの事か。ずいぶんと飼いならされやがって。せっかくサービスでお前が知りたがっていた謎の真相、その縮小版を演じてやったってのに、感謝の言葉の一つもねーのかよ?」
「な……に?」
何を……言っている?
「いいぜ、俺はいまとても気分がいい。一つ昔話をしてやろう」
そう言って、サラを地面に投げ捨てた。
「サラ!」
彼女の元に駆けようとして、体勢を崩す。体が──重い。
影の国。精霊力も神霊力も、その一切を通さないという結界──
精霊力も神霊力も?
「昔々、世界を終焉に向かわせる酷い"災厄"がありました」
あることを思いついた僕を他所に、ガウルは語り始めた。
"災厄"──百年前の"災厄"の事か?
「その世界の人間は、自分たちとは異なる世界から来た英雄たちと力を合わせ、その"災厄"と戦いました。力を合わせたとは聞こえはいいですが、異界の英雄たちに比べこの世界の人間は非力で、全く役に立ちません」
"災厄"の象徴──死天と呼ばれた魔物には、通常の武器では太刀打ちできなかったと伝えられている。
「それでも、この世界の人間と異界の英雄たちは力を合わせ、後は"扉"の向こうの根源を倒すだけというところまで追い詰めました。しかしどうでしょう? なんとそこで"災厄"の根源を倒すと"扉"が閉まってしまい、もう異界の英雄はこの世界へは来られなくなるというのです」
それは……その噂は知っている。"扉"が閉じ、異界の英雄……降臨英雄はもうこの世界へは来られなくなったと。事実、"災厄"から百年、新たな降臨英雄の降臨は一人として伝わってきていない。
「それはまずいと、ある三人の魔女は考えました。この世界はまだ、その役目を終えていない、と。いま降臨英雄を失えば、例え"災厄"を乗り越えても、この世界に未来はないと」
あ──? あ、ああああああ!
「封神は、まだいたのさ」
芝居がかった口調に飽きたのか、ガウルはそう言い捨てた。
初めてサラたち出逢った日。拠点の食堂で話したアクシアの言葉が脳裏によみがえる。
『あなたが追い求めるている謎の一つ一つは、どれもが世界をひっくり返しかねない重大なものです。それこそ、二百年前に明らかになったこの世界の真実のように』
神々の廃棄場。見捨てられた大地──封印の世界。
僕たちが住むこの世界は、神々と戦って敗れた邪神の眠る、封印の監獄だった。
それが明らかになったのが、いまから二百年前……目覚めた邪神と、この世界の人々が戦った邪神大戦。
多くの人間と、当時はまだ神徒と呼ばれていた異界の英雄たちが亡くなったという。
「三人の魔女は"扉"が閉じても、この世界にまだ封じられている邪神が目覚めても大丈夫なように、戦える手段を残そうと考えた。それで開発されたのが戦闘型魔法生命体──通称魔導兵器。人工降臨英雄と言やぁ分かりやすいか?」
「魔導兵器……」
人工……降臨英雄?
「降臨英雄は英霊の碑石への接続権を持ち、そこに記録されている自分の伝承を武器に戦う。これが降臨英雄の奥義、伝承技と呼ばれているもんだ」
また……まただ。英霊の碑石。その言葉どこかで、それをどこかで……聞いている気がする。
「ただ、降臨英雄は自分の伝承しか使えないのに対して、魔導兵器はあらゆる伝承技の使用が可能だ。竜と出逢えば竜殺しの大剣を呼び、負傷者と出逢えば数多の概念まで昇華した伝承がそれを癒す。──ただし、膨大な魔力と引き換えになるがな」
本来の使い手でない者が扱うための、非効率な魔力消費。その理論は分かる。
「そして一番最初につくられた魔導兵器には、伝承技を引き出すだけの魔力はなかったのさ」
「────」
ガウルの表情が陰る。
だが、すぐに目を見開き、僕に訴えかけた。
「ああ、そうだ、おまえならわかってくれるよな、ルクス! 知識がある! 術式を構築できるだけの理論がある! でも、それを行使するための魔力がない!! 俺もそうだ! 英霊の碑石への接続はできた! あらゆる伝承も把握できた! でも、それをこの世界に降ろせるだけの魔力がない!!」
そこまで吐き捨てるように一気にいうと、ガウルは大きく息を吐いた。
そして冷静さを取り戻したように、言葉を続ける。
「──一番最初の、試作ゼロ号機の魔導兵器……それが、俺さ」




