第46話
「おめーら、拡散系の放出魔術をじゃんじゃん撃て! 多少俺に当たっても構わねぇ、残った魔力を全部使い切れ!」
ガウルが"獣"のメンバーに指示を飛ばす。だが、彼の声に従う者はいなかった。
「……おい、聞こえねーのか!」
険しい声を掛けられ、メンバーが小さい悲鳴を上げる。そして一人、また一人と呪文の詠唱を開始した。
「ちっ、グズが。これだから対人経験のない奴はダメなんだよ。 おい、ティーゼ、テメーのは多少でも俺に当てるのは許さねーからな! 絶対俺を避けて撃てよ!」
「承知した。一応努力はしておこう」
「努力じゃねぇ! おめえの威力だと誤爆じゃすまねぇんだよ、消し炭だろーが!」
そう言うと、ガウルがサラ目掛けて飛び出してきた。
そんなサラの前に、エルフィとノーネが躍り出る。
「そっちの前衛はあんたらかい、お嬢ちゃん!」
ガウルは大剣を縦から一閃に打ち下ろす。
ノーネが一歩前に出る。その斬撃を身の丈もある大槌で受け止める。
その隙を、エルフィは素早く回り込んで細剣で突く。
ガウルは大剣を打ち下ろした体勢のまま体を逸らし、その鋭い突きをかわした。
「悪くない連携だ!」
そう言い放つと同時に、エルフィを蹴り上げた。
体格差をそのまま象徴するように、エルフィが軽々と打ち上げられる。
「エフィ!」
それをノーネが追っい、地面に叩きつけられる前に彼女を受け止めた。
「エルフィ、ノーネ! くっ、ガウル!」
僕はガウルを睨みつける。
「はん……。おら、援護射撃はどうした、おめーら!」
僕の眼光など一顧だに値しないとでもいうように、ガウルは援護が飛んでこない後ろを振り返って檄を飛ばす。
「で、出ない……魔法がでないんだ、マスター!」
「どうして、まだ魔力は残ってるのに!」
「あん、何を馬鹿なことを! おい、どういうことだティーゼ!」
ギルドメンバーから上がってくる言い訳の理由を、自分の参謀に振るガウル。
無駄だよガウル……僕は許可しない!
そしてティーゼに投げかけた疑問は、相対していたサラによって答えられた。
「自ら捨てた恩恵、自ら手放した幸運……その愚かさを、思い知るといい!」
サラが吼える。彼女の詠唱は完了していた。
その魔法がガウルへ届くように、彼を中心に"獣"一帯に展開していたゼロ領域を、僕は閉じた。
『 火蜥蜴の大舞踏! 』
ガウル目掛けて、サラの杖から複数の炎流が放たれた。
『 水の天幕 』
だが、ガウルに直撃する瞬間、彼を水の膜が覆った。炎流は激しい水蒸気を上げ、吸い込まれるように消失していく。
ティーゼだった。彼がガウルに直撃しようとしていた魔法を、別の魔法で防いでいた。
「水の……精霊魔法?」
彼は、火の精霊魔法士だったはず。"水"は反属性──それを扱えるというなら、サラと同等の魔法士ということになる。
しかも、"ゼロ領域"が閉じたタイミングに合わせて魔法防御を差し込んだ?
「精霊力を座標指定で意図的に消すこともできるのか……。なるほど、こうなるとダルアに──神聖魔法士に死なれたのは痛いな」
本当に悔やんでいるのか。感情が推し量れない声でティーゼが言う。
「いろいろ得心がいったよ、ルクス。いつからだい? 私たちといた時から、ずっとその力を隠していたのかい?」
「──初めて目覚めたのは、"獣"に捨て置かれた、あの後すぐだよ」
「なるほど……私たちと居た時は無意識だった訳か」
そう言ってティーゼは何か考えるような仕草を取る。
「何のんきに談笑してやがる、オイ、ティーゼ!」
ガウルが自分の参謀を叱責する。
だがティーゼはそんなマスターの言葉に構わず、驚く提案をした。
「どうだろう、ルクス。また私たちと一緒に来る気はないか?」
「なっ!」
その提案に、僕は耳を疑った。
「ああ、ふざけんな! 何を血迷ってやがる、おいティーゼ!」
「非常に不本意だが同意だよ。何を勝手なことを! キミたちは彼に何をした! 力の真価を知ったとたん、手のひら返しか!?」
ガウルとサラが、それぞれ猛烈な抗議を入れる。
「黙りたまえ。選ぶのは彼だ。彼の権利だ。それともルクスは、君たちの所有物か何かかね? 意志を尊重する必要もない、人形か何かなのかね?」
「な……にを……!」
「ぷっ、くくっくっくっ……それを言われると耳が痛てぇよなぁ、シャーラ。それにしても、意地が悪りぃなぁティーゼ。おもしれぇ、いいぜ、続けろよ」
何か面白いことを思いついたのか、ガウルが耳障りな声で笑う。サラのことをシャーラと呼ぶその事も、なぜか僕の心を苛立たせた。
「君の真価を知ったとたん手のひらを返したと言われたが、その通りだ。君の価値が変わった。君は価値を示した。だから、私はその価値に対して君の望む対価を提供しよう」
対価? 以前所属していた時よりも好待遇にするとか、そんな話なのか?
「世界樹の学院が壊滅した真実を教えよう」
だが、提示されたその対価は、僕の想像を遥かに超えていた。
世界樹の学院壊滅の真実? ある日忽然と消え去った、学院の魔法士たちの行き先を、ティーゼは知っている!?
「これは正当な評価で、そして正当な評価を下せていなかった私たちの未熟さにおける謝罪と、その対価と思ってくれればいい」
追い求めて来た謎の一つ……。
「識りたがっていたのだろう。一年前、ギルドを結成する時にも言っていたな。なぜ、世界樹の学院の魔法士たちはいなくなったのかと、彼らはどこへ行ったのかと」
その答えが、いま本当に、目の前にあるの……?
「私は──私とガウルはそれを知っている。私たちなら君に教えられる。世界樹で、何が起こったのか──」
そしてティーゼは僕から視線を外し、僕の後ろを──サラを見て──
「世界樹で──彼女たちが、何をしたのかを」
そう、言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャーラ・ブラッドルビー。ブラッドルビー教室第一席。
そう、ガウルは言った。世界樹の学院の関係者。
ううん、関係者なんてレベルじゃない。ブラッドルビー教室。僕でも知っている、世界樹の学院では三指に入る教室。そこの首席だという。
彼女は知っている筈だ……知っていた筈だ。百年前、世界樹の学院で何があったのかを。
『世界樹で──彼女たちが、何をしたのかを』
さっきのティーゼの声が頭の中で蘇る。
ひょっとしたら、"知っている"どころではないのかもしれない。
識るのが怖い。あんなに求めた謎が、望めば届くところにある。でも、それを識るのが、怖い。
僕は後ろを振り返る。
そこには──あの日、僕をミノタウロスから救ってくれた時の自信溢れる勇姿とはほぼ遠い──怯えた目をして、いまにも泣き出しそうな顔をしたサラがいた。
彼女と、目が合った。
彼女のそんな顔を見て、覚悟は決まった。
一瞬でも、目の前の甘美な誘いに心揺れた自分を恥じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さぁ、私たちと来るといい。そして君が追い求めていた、謎の一つを解き明かしなさい」
そう言って、ティーゼが手を差し出した。
だが僕は──
「サラの……彼女たちの口から、直接聞く」
ティーゼの目を真正面から捕らえ──
「ティーゼ、あんたの手は取らない!」
そう、言い放った。
「ふむ……」
それを聞くと、ティーゼは直ぐにその手を引っ込めた。
サラはひっこめなかった。僕をパーティに誘ったあの日、一度差し出したその手を、僕が握るまでずっと、ずっと、その手を差し伸べ続けてくれていた。
「彼女らを信頼しても大丈夫かね? 彼女らは君に、ある女性の代替を求めているだけだ。ブラッドルビー教室、最後の室長──レンファ・ブラッドルビー。彼女たちにとって、恩人で、師で、何があっても護ってくれた、それこそ太陽のような人だったのだろう。その代わりを」
彼女たちのことに関して、初めて聞く事実が次々と提示される。
──レンファ・ブラッドルビー。
でも、いまはそんな事どうでもいい。
「それは……重大で光栄だ」
乾いた笑いが口を突く。
「僕は小さくて……矮小で……生き汚くて……臆病で……とてもじゃないけど、太陽のような人の代わりだなんて程遠い」
僕は知っている。自分がどんな小さくて惨めな生き物なのかを。
「そんな僕に、太陽の代わりを求めてくれるというのなら、なりたい、それにふさわしい人物に……!」
ずっと、求められたかった。必要とされたかった。
「あの日、僕を守ってくれた背中を──僕に差し出してくれた手を、僕は裏切らない、裏切れない!」
あの日、一緒に世界に挑もうと言って僕に差し出された手を──ずっと差し出され続けた手を、僕は信じる!
「ティーゼ、あんたの手は取れない」
「では対価を追加しよう。降臨英雄と異界に関する──」
「もう、遅い!」
その声は雷鳴にも似て
荒野のどこまでも届くかのように
世界の果てまでも届くかのように
「僕は彼女たちと一緒に、上へ行く!」
あの日、僕に差し出してくれた手を、僕に笑いかけてくれたみんなを……僕は絶対に手離さない。
~世界樹の遺跡の精霊神子~
第46話
もう、遅い




