第45話 真名
「サラ!」
一瞬の事だった。サラへ斬りかかるその様子を見て、僕は彼女の名を叫ぶことしかできなかった。
ガウルの打ち込みは相変わらずの速度だった。一瞬で距離を詰め、サラに斬りかかる。
動揺していたサラだったが、ガウルの動きに即座に反応した。肩を掴んでいたアクシアを突き飛ばすと、持っていた杖を構え、ガウルの斬撃を受け止める。
その場に、金属が打ち合う音が響いた。
「直情的な所は、どんなにら時間がたっても相変わらずのようだね……!」
「そういうテメーは随分と人間くさくなったじゃねーか、ええ? シャーラ!」
そのガウルの言葉に反応したのか、サラが彼を押し返す。
「おっと」
その前に、ガウルは自らバックステップで後方へ飛んだ。
──シャーラ? それって、サラの事? 彼女の、本当の名前──?
『沙羅双樹──。この世界ではない、遥か遠い異界にて咲く、死と再生を意味する聖なる樹、というのを聞いた事があります』
なぜか──いつかのアドニスの言葉が、脳裏によみがえった。
「マスター、何を!?」
「せっかく救援にきてくれた人に対して、どうして!?」
ガウルの行動を咎める声が"獣"のメンバーから上がる。
「うるせぇ! 連中が来た方向がわかりゃ、転移魔法陣の位置も分かるだろうが! それにルクスの懐を漁れば、帰路を記したマップもあるだろうよ!」
そのガウルの発言を聞いて、メンバーは絶句する。方向が、帰路が分かったとしても、もう彼らだけではそこにたどり着く余力がない事は、誰の目にも明らかなのに。
「またそうやって、無茶を強いたのか……!」
胸に、小さな怒りが灯る。
「ああん?」
「またそうやって、頭に血が上るのにまかせて無茶をして、こんなところまで来たのか! ダルアは、カーンは、オービルはどうしたんだよ、ガウル!」
この場にいない、"獣の爪牙"メンバー三人の名前を上げる。前衛が二人、後衛が一人、見知った顔が見当たらない。現状前衛は、ガウルだけになっているはずだ。
「追放した時にゃ、もうテメーの小言を聞くこともねぇと清々してたんが、そのウザさは変わってねぇなぁ、え、おい、ルゥゥクゥゥスゥゥ?」
「答えろ! 三人は──」
「死にました」
僕とガウルの会話に、ティーゼが口をはさむ。何でもないという風に、単調に、ただ事実を無機質に述べた。
「なんだよ、悲しいのか? おまえに殿を命じた時、誰ひとり一緒に残ろうとしなかったばかりか、清々するとまで言っていた奴らだぞ?」
面白そうに、ガウルが笑う。
──なんでそんなに笑える──自分のギルドメンバーが死んだ話しをして、なんでそんな風に笑える!
「ああ、悲しいよ……! もう彼らに、"ざまぁみろ"って言ってやれないからさ……」
「あん?」
「僕がこの世界樹の遺跡の頂上に到着した時に……悔しがらせる事ができないから、残念だって言ったのさ!」
死は終わりだ。死なれてしまえば、もう何も叶わない。叶えられない。
死んだら、後悔させることすらできない。
「ぷっ……ア、アッハッハッハ、そうか! そう言えばお前、この遺跡の頂上に何か夢見てたよな!」
ガウルが突如笑いだす。
「で、おまえ──そいつらと一緒に居て、まだ上に夢みてんのか?」
──────え?
「グリードッ!」
ガウルの言葉に思考が停止した一瞬、アクシアの声が響いた。
『 氷の戦杭! 』
アクシアの発動詠唱が終わる前に、ガウルは更に後ろへ飛んで距離を置いた。
「普段根暗でクールなくせに、覚悟決めたら激情家になるところは変わってねぇようだな、ええ? アクシズ!」
アクシズと──聞きなれない言葉でガウルがアクシア呼ぶ。
「その様子じゃ、まさかルクスの野郎に何も話してねぇのか? おまらえらがこの世界樹の遺跡──いや、世界樹の学院でやったことを。ええ? 最後のブラッドルビー教室第一席、シャーラ・ブラッドルビーさんよぉぉぉぉ!?」
サラに向かって、ガウルが楽しそうに……本当に楽しそうに言った。
ブラッドルビー……。シャーラ・ブラッドルビー。
『よくご存じで。かつて世界樹の学院でも三指に入った教室と同じ名を持つ、最高級の魔石の一つです』
また、いつかのアドニスの言葉が頭にこだまする。
草花の名、石の姓。百年前まで、魔法士を束ねた巨大組織、世界樹の学院。そこで一角の魔法士として認められた者にのみ名乗ることを許される──選ばれた者のみが名乗ることを許される──姓名。
彼女は……アドニスは全部知っていたのか?
「ゴメン、ルー君。事情が変わった」
絞り出すような声で、サラが僕に告げる。
「これが終わったら全部話す……きっと全部話すから……だからいまは、手を貸しておくれ」
「サラ?」
「アレを、破壊する」
そう言ってガウルを見る。まるで"人"ではなく、"物"を指し示すかのように。
「アレは……この上に……この世界樹の上に……決して到達させてはならないモノだ!」
サラのその号令を合図に、妖精のメンバーが一斉に構えをとる。
それを、ガウルは余裕の笑みで返していた。
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