第42話 第七階層──暴風の荒野
世界樹の遺跡、その入口。
石造りの門がいくつもあり、そこに色々な冒険者が目まぐるしく出入りしていた。
転移魔法陣が利用されているのは主に第四階層から第六階層。現在制限のないそれらの階層を行き来するため、多くの冒険者であふれていた。
魔法陣は転移先ごとに完全に専用で、それぞれが単独で設置されている。現在、最奥には誰にも見向きもされず、衛兵だけが見張りで立っている魔法陣が一つあった。
僕たちはその魔法陣へと近寄る。
「ここは第七階層行の転移魔法陣です。現在はギルド"獣の爪牙"の先行独占期間中であるため、それら以外の探索冒険者は使用できません」
衛兵の説明を受けた後、僕は拠点に戻って回収してきた銀の腕輪を前にかざした。
「確認しました。他の方々も?」
他のメンバーも、それぞれ腕に付けた腕輪を提示する。僕の腕輪だけ"獣"の意匠が施されていたが、獣の爪牙を示す認証番号を把握していたのか、衛兵は腕輪にある番号を確認すると──
「確認しました。どうぞ、お通りください」
そう言って魔法陣への道を開けた。
「この魔法陣から──還ってきた人はいますか?」
僕はすれ違いざまに、衛兵の人に確認する。
「いえ──十人の"獣の爪牙"の方々がこちらを利用されましたが──まだ一人も」
そう言って、衛兵は顔を曇らせた。
「お気を付けて」
そう見送られると、僕はみんなに遅れて転移魔法陣の中に立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法陣からの転移に頭を揺さぶられる。いつもの気持ち悪さを感じながら、僕はゆっくりと目を開けた。
「これは……また」
サラが眼前に広がる光景に声を上げる。
そこは、今までの"迷宮"という様相とは一線を画していた。そこは今までのような日の届かない迷宮ではなく、空のある広大な荒野だった。ただし雲に覆われ、太陽の姿は確認できない。
「いったい……どういうこと?」
僕も驚きの声を上げる。
第四階層以降、遺跡はその姿を様々に変えてきた。明らかに外側から見えた面積を超えた広大な迷宮領域。何か特殊な術式で空間を歪めている説、空間そのものを別時空に転移させられている説、等々多くの考察がされてきた。そして、結論は出ていない。
作り物とは思えないどんよりとした雲からは、時折雷鳴が聞こえてくる。周囲に草木などの植物は見当たらず、荒れた果てた荒野がどこまでも続いていた。
「これは、下手に動けませんね」
入り組んだ迷宮はそれはそれで迷いやすいが、このように道と呼べるものがなく、ただ広大なだけの土地も同様に帰路を見失いやすい。
ましてや僕らは、この道もない広大な土地から、"獣の爪牙"のメンバーを探し当てなくてはならないのだ。
「まずここから、"獣の爪牙"のメンバーを探しましょう。エルフィ、お願いします」
「了解した」
そうアクシアがエルフィに指示を出すと、彼女は呪文の詠唱を開始した。
『 風の乙女 無垢なる魂 自由にして悠久なる碧の子 集え 唄え 悠久の螺旋で踊るために 』
エルフィの周囲に風が巻き起こる。やがてその風は、羽根の生えた小さな人型を象り始めた。
『 風乙女召喚 』
その言葉と同時に、エルフィの周りに無数のシルフが出現した。
風の乙女、シルフ。風の精霊の中でも穏やかな性格で、風の召喚魔術を習得する際、最初の相手として良く選ばれる。
「お願い」
エルフィは一言だけそう告げると、無数のシルフたちはそれぞ各方面に向かって散っていった。
「はじめに言っておきます。ここから半日の距離に"獣の爪牙"のメンバーをシルフが見つけられなかった場合、一度引き返します」
アクシアがメンバーを見回しながらそう告げた。
「その場合、大規模な遠征部隊を組んで再度挑む必要があります。中継拠点などを設置しながら、探索範囲を広げていくことになります」
堅実な案だとは思う。下手を打って二次被害を出さないよう、アクシアは考えている。
ただ、現実的ではない。それだと時間がかかりすぎる……。そして遠征部隊を組織するなら、当然妖精のメンバーだけでは足りなくなる。当てもない……。
ここから半日以内の場所に、いてさえくれれば!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二時間が経過した……。
エルフィは召喚した位置から微動だにせず、精神を集中してシルフと感覚を共有し続けている。
「シルフを呼び出してもうだいぶ経つけど……エルフィは大丈夫なの?」
シルフは風の精霊の中では下級に位置するけど、それでもあの数を召喚、この時間まで維持し続けるのはかなりの消耗を招くはずだ。
「森の乙女たるエルフにとって、風の乙女であるシルフとは極めて高い親和性を持ちます。一般の精霊魔法士と同等に考えなくても大丈夫です。それに──感じませんか?」
聞き返してきたアクシアの問いに、僕は黙ってうなずいた。
「このフロア──風の精霊力が強いね」
すぐ下の階、第六階層の溶岩渓谷では、炎の精霊力が満ち満ちていた。ここ第七階層では、風の精霊力が極めて強い。おそらくエルフィもシルフの召喚、維持に大きな助けとなっていると思う。
シルフが二時間で到達できる距離……人間の足ならもうそろそろ……。
焦燥感が増していく──その時──
「人がいた!」
エルフィが声を上げた。
うたた寝をしていたノーネが飛び起きた以外は、みんなが彼女に視線を向けた。
いまこのフロアで、僕たち以外にいる人間は"獣"しかない!
「その中に、シルフと意思疎通が出来そうな精霊魔法士はいますか? いるなら、その場から動かないよう伝えてください」
「わかった」
そう言ってエルフィは再び意識を統一する。
大丈夫、いる。 獣の爪牙は魔法士主体のギルドだ。風の精霊魔法士もいる。
「伝わったと思う」
「いま何人いるかも──分かるかな?」
衛兵の人は十人のメンバーが転移魔法陣で第七階層に行ったと言っていた。僕が抜けた後に人の増減が無ければ、現行の全メンバーがここにきているはず。
「……七人です」
既に三人が、欠けていた。
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