第4話 実は地形の影響を強く受ける風水士(後編)
「キミ、名前は?」
凍った地面に僕を開放したサラが、真っすぐ目を見つめて尋ねてきた。
「ルクス……です」
「ルクス君、キミ魔法士の姿をしているけど──魔法は使えるかい?」
本来、魔法士に対してこれほど失礼な質問はないのだけれど……。
「ほとんど……使えません……」
みじめな気持ちを押し殺して、僕はその質問にこう答えるしかなかった。
「なーなー、氷漬けで動けなくなったコイツら、ドッコーンしていいかー!?」
「ダメ―! エルフィもちょっと待ってて!」
アクシアの魔法で氷漬けになった複数のミノタウロス。これにとどめを刺そうとするノーネを、サラが制止する。
その間も、サラの視線は僕を見据えたまま、動かそうとはしなかった。
彼女の綺麗な赤い瞳に自分が写り込んでいるのが分かり、少しドキドキする……。
「サラ、この子──」
「うん、多分」
アクシアの声に、サラが相づちを打つ。
「キミは──魔法士じゃない」
「え?」
「キミは風水士。内魔力で精霊を強制支配する"魔法"とは対極に位置する、外魔力で精霊と同調する"風水術"の使い手」
「風水──士? 風水──術?」
サラの口から出たその聞きなれない言葉を、僕はうわごとのように繰り返した。
内魔力や外魔力の概念は知っている。魔法を行使するうえで基本的なことだ。
ただ、『外魔力で精霊と同調する風水術』というのが、理解できない。
外魔力とは本来、精霊力や神霊力──人の中にある内魔力以外の外なる力を指す言葉で、それと同調するというのはどういうことだろう?
そんな疑問を考えていると、サラはおもむろに僕の右手を取った。
「魔法を行使する時の手法とは真逆。内ではなく外へ、意識、自覚、感覚を展開させて」
その言葉は、なぜか僕の中にストンと──簡単に入り込んて来た。
「大丈夫。キミは理解しているはず」
そして僕の右手を、氷漬けになっているミノタウロスの群に向けさせた。
右手から、彼女の体温が伝わってくる。
「紡ぐのは呪文ではなく祝詞。強制ではなく共生。世界を視て、世界を識って、世界を愛して」
その言葉は、慈愛に満ちていた。
「自分が世界の一部であることを自覚して。世界が自分の一部であることを喜んで……」
その言葉は、どこか悲しさを感じられた。
「自分がこの世に生まれたことを言祝いで!」
その言葉は──言い表せない喜びに満ちていた。
「紡いで、キミだけの御伽話を!」
周囲の空気が──変わった。
『 原初の焔 聖なる赤 』
僕の口から、自分の声とは思えない言葉が詠唱される。
『 無垢なる太陽の棺 』
魔法を行使するための呪文の詠唱──術式の展開で感じる、内から外へと魔力が放出される感覚とは全く逆。
『 舞い散る陽炎は羽根となり 三十七番目の侯爵領へ還える 』
外側から内側へ入ってくる何かに、満たされていく多幸感。
『 それは怠惰と再生の詩 』
世界と一つになっていくような──僕自身が世界であると錯覚するような全能感。
それを知覚した瞬間、眼前で炎の渦が巻き起こった。
『 火の箱 』
その炎に、力ある言葉を告げる。意味を述べる。存在を祝福する。
刹那、炎の渦は大きな怪鳥を象り、ミノタウロスの群れめがけて飛翔していく。
怪鳥は群れの中で踊り狂い、氷漬けの魔獣たちを次々と消滅させていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「すごい……これが……風水術……」
荒れ狂った火の鳥はミノタウロスの群れを消滅させると、そのまま最期のロウソクのようにフッと消えた。
我に返る。体が震える。
魔法であれば──ひょっとしたら上級クラスに相当するような魔法を、僕が行使したことに驚きを隠せなかった。
「違う……ただの風水術じゃ……ない」
後ろを振り向くと、そこには僕以上に驚いた顔をしていたサラがいた。
「指向性を持った自然現象……」
サラの後ろで、同じく驚いた顔をしたアクシアがそう呟いた。
隠れた前髪から覗く右目が、驚愕に見開かれている。
「天変魔法……」
サラの口から、聞いたことのない系統の魔法が告げられる。
「「精霊神子……」」
サラとアクシアが僕を見つめたまま、そう──同じ言葉を呟いた。
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本日は8話まで掲載する予定です。




