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第38話 その人の名は

 降臨英雄(カルヴァリー)。ここではない世界、異界で活躍した英雄の魂を僕たちの世界に降臨させた──正確には、僕たちの世界の人間(・・)に降臨させた、超人。

 

 伝承技(カルヴァ)という奇跡の御業を使い、その力は比喩の表現を抜きにして一騎当千に匹敵した(・・)という。

 

「いろいろ設定もりもりの人だったねぇ……。降臨英雄(カルヴァリー)で八極拳士で風水士で天変魔法使いで──そして、精霊神子(フェアリーテイル)だった」

 

 すごい単語が一気に羅列された気がする。サラは懐かしそうな顔でそう言った。

 

精霊神子(フェアリーテイル)は、神から選ばれた世界の監視者のようなものと、彼女は言っていた。当の彼女は『知ったことかと』と無視し続けていたようだけど」

 

 カラカラと楽しそうに笑いながらサラが続ける。

 

「監視者としての力を象徴するのが、他ならぬキミも使ったあの"天威無法(シャングリラ)"さ。アレに関しては、実際に使ったキミの方がよく解ってるんじゃないかい?」


 僕は静かにうなずき、そして、あの時感じた感覚を話し始める。


「この世界の力の法則とは全く別の、未知で超常的な力で──自分が異質なものに作り替えられていくような感覚がした」


 それを拒絶し、"未知の力"だけを何とか使い続けた。


「ボクが把握しているだけで、あの人も計三回──"天威無法(シャングリラ)"を使っている」


 そこまで、楽しそうにあの人の事を話していたサラの顔が陰った。


「三回……」


「うん……三回目が……最後になった。ボクはその場にはいられなかったんだけどね……。還ってこられなかった(・・・・・・・・・・)らしい」


「あ──」

 

 飲まれたのか……アレ(・・)に。


「いや待って、 降臨英雄(カルヴァリー)だった? |還ってこられなかったらしい(・・・)?」


 そうだ、その人(・・・)は降臨英雄で、サラたちの恩師──逢ったことがあるというのなら──


「サラ……君は……」


 サラが、なんとも言えない表情をして……笑った。


「百年前──世界を滅亡の寸前まで追い詰めた"災厄"からの……生存者?」


 死天(してん)と呼ばれる未知なる魔物がどこからともなく大量にあふれ出し、この世の終わりだと嘆きの声で世界が満ちた百年前の"災厄"。


 そして、その"災厄"を終わらせた降臨英雄(カルヴァリー)

 

 "災厄"を終わらせるため、その時この世界に降臨していた全ての降臨英雄は"扉"の向こう側へ行き、"災厄"の根源と戦った。

 

 そしてその戦いに勝利し、同時に、"扉"の向こう側から還ってはこなかった。それ以降、降臨英雄は一人たりともこの世界に降臨していない(・・・・・・・)


 "扉"が閉じたためもうこの世界に来られなくなった、なんて噂を聞いたりもするけど、本当の所は何も分かっていない。


「ボクだけじゃなく、"妖精"のみんなはその時代からの付き合いさ」


 以前、みんなの付き合いは少なくても一年以上前とか考えていたけど、それどころじゃなかった。

 

 まさか百年来の付き合いとは……。さすが妖精族。人間とは、付き合いの年月単位が違う。

 

「ルー君、ひとつ約束して欲しいんだ」


 神妙な顔をして、サラが言う。

 

「もう、"天威無法(シャングリラ)"は使わないで。アレは風水術とか、天変魔法とか、そんなボクたちの理解の及ぶ代物じゃないんだ。力と引き換えに、キミをキミではなくしてしまう……。次使って、還ってこられる保証はないんだ……」

 

 彼女の訴えは分かる。あの時だって、サラの声が届かなければ危なかったと思う。

 

 僕だって自分が自分でなくなるのはゴメンだ。まだ知りたいこと、巡りたい土地、体験したいことはたくさんある。全然、まだまだ、僕はこの世界のことを()らない。

 

「うん……わかった。もう使わないよ」

 

 僕はそう答えた。

 

 そう、彼女が望んだとおりの返答をしたはずなのに、どこか、サラの表情は悲しそうだった。


「その人の名前って──なんていうの?」


 意図的なのか、それとも意味があるのか。ずっと名前の出てこない、その人(・・・)の名を問う。

 

「ああ。言っていなかったね。彼女の名は──」


「──サラ」


 それを、アクシアが止めた。

 

「それを話せば、長くなります。今日はもう休み、明日に備えるべきです。明日、朝一番に組合(ユニオン)へいって、首尾よくいけばそのまま第七階層へ向かうのでしょう?」


 そう言って、もっともらしい理由を並べるアクシアだったが、僕の目にはその名前を告げたくないのだということはすぐに分かった。

 

「でも──」


「ルクスも、もう休んでください。体の傷は癒えても、風水術を行使するための精神力は別です」


「──うん。分かった」


 僕は納得した返事を返す。


「──いいのかい?」


「うん。何もこれが最後じゃないんだ。これから、いろいろ話そう。次はそう、第七階層から返ったらさ、ここの食堂で打ち上げでもしながら」


 その時のにぎやかな光景を想像して、少し心が沸き立った。


「そうだね……。──うん、分かった。第七階層から還ったら、みんなで盛大にやろうじゃないか!」



      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「どうして止めたんだい?」


 彼の部屋を出て少し歩いた後、ボクはアクシアを呼び止めた。

 

 エルフィが気を利かせて、ノーネを連れてその場を後にする。


彼女(・・)の名を明かせば、あなたとの関係も──そして、あなたの事も全て語らなくてはならなくなります」


 それは……


「例えあなたの真実(・・・・・・)を明かしても、彼なら全てを受け入れてくれるでしょう。それこそ、彼女(・・)のように」


 ああ──ああ、そうだろう。そうだろうとも。


「私たちがかつて世界樹(ここ)で行った所業ですら……ひょっとしたら受け入れてくれるかもしれません。彼はどこか、達観したところがありますから」


 それも、なんとなく解る。その視点、感性が、世界の監視者として選ばれた要因の一つなのかもしれない。


「でも、私たちがいま、世界樹(ここ)の遺跡に挑む理由に関しては、彼は恐らく受け入れられない(・・・・・・・・)


「────」


「最悪、彼が私たちの障害になり得えます。故に、私は沈黙を薦めます」


 そう言って、アクシアもその場を後にした。


 何一つ言い返せず、ボクは一人でその場に立ち尽くす。



「レンファ……」



 あの人の名を……本当に何年振りかに言葉にして、口から紡いだ。


 もう、天威無法(シャングリラ)を使わないと約束してくれたルー君の顔が、なぜかあの人と被った。


 あの人も、ボクと約束してくれた。もう、天の門は開けないと──天威無法(シャングリラ)は使わないと……。

 

 でも使った。ボクの知らないところで。

 

 

 そして──彼女は、"扉"の向こう側から還ってはこなかった。


ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

「面白い!」「続きが気になる」と思っていただけたなら幸いです。


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