第36話 ざまぁみろ──ただ、その一言を伝えたくて
「気が付いたかい?」
優しいサラの声がする。
柔らかいベッドの感触を感じながら、おぼろげな視界が徐々に明瞭になっていく。
「ああ、まだ起き上がらないほうがいい。かなり消耗したからね」
体を起こそうとして、サラに止められた。
「大丈夫。もう、かなり良い」
そう言って身を起こす。そこは、拠点の自室だった。
「みんなは……?」
「もう夕食を終えたころかな? お腹はすいているかい? あとで何か持ってこさせよう」
窓を見ると、もう日はとうに沈んだようだった。
「あれから、どれくらい経った?」
「半日ってところかな? 何日も眠っていたわけじゃないから安心していいよ」
ああ……。見透かされているな……これは。
「──"獣"のメンバーを──助けに行きたいんだね?」
僕は黙ってうなずいた。
「ボクは反対だ。同意してくれるメンバーも、おそらくいないだろう。特にアクシアなんか怒り狂うんじゃないかい」
そう言って、おかしそうにサラは笑った。
「"獣"はキミを見捨てた。それこそ、死んでも構わないというくらい酷いやり方で」
うん、分かってる。あの時の屈辱、惨めさ、絶望感は、きっと忘れることはないだろう。
「おそらくキミの加護が無くなった状態で深追いしたんだろう。自業自得だ。──聞かせておくれ。そんな連中を、どうして助けたいのか?」
「…………そんな連中だから、かな」
「そんな連中?」
「うん。別に感謝されたいとか、謝罪が欲しいとかじゃなくてさ」
ガウルの性格は良く知っている。例え助けられても、感謝も謝罪も絶対にしないだろう。
「ここで死なれると、"ざまぁみろ"って言ってやれない」
「え?」
「いまの仲間を……みんなを自慢できない」
"妖精の旅団"のメンバーを。あの日の絶望から僕を助け、必要だと言ってくれた人たちを。
「風水術で、縦横無尽に活躍する姿を見せつけられない」
魔力消費なしで、神威級すら振るうその奇跡を。
「僕たちが世界樹の頂上に到達した時、"選択を誤った"って、後悔させてやることができない」
知らなかったから、無知だったから、その選択の誤りを突き付けてやれない。
「"ざまぁみろ"って言ってやれない。だから、その時まで精々生きおいてもらわないと、僕が困る」
僕の、ただのエゴ。小さな意趣返し。
「あの第六階層で置いていかれた絶望の仕返しとしては、とるに足らないものかもしれない。でも──」
それでも──
「このまま僕の知らないところで死なれたら、そんな取るに足らない仕返しすらできない」
本当は助けたいのか……言葉通り意趣返しをしたいのか……正直なところは実はまだわからない。
それでも一年間、一緒に遺跡に挑んだ仲間だったはずだ。
死なれてしまえば、終わる。死は、何もかも終わらせてしまうんだ。
死んだら、後悔させることすらできない。
「ふ、ふふ」
黙って聞いたサラが、小さな声で笑いだした。
「面白い……それ面白いよルー君。いいね、颯爽と助けて、そして言ってやるといい。"ざまぁみろ"ってね!」
僕の言い分を言葉通りに取ったのか、それとも僕すら良く分かっていない深層の気持ちに気づかれたのかは分からない。
それでも、サラは僕の希望に同意してくれたようだった。
「そういう訳だ。第七階層で"獣"の捜索をする。いいかい、アクシア?」
そう言って扉の方を振り返った。
そちらに視線を向けると、扉がゆっくりと開いた。その先に、アクシア、エルフィ、ノーネが立っていた。
三人に先んじてノーネがベッドの脇までトコトコ歩いてくる。
「ルクスン大丈夫かぁ~? 痛い痛いかぁ?」
心配そうに僕の顔を覗き込むノーネ。
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
そう言って、僕は彼女の頭を撫でた。嬉しそうな笑顔を浮かべるノーネ。
「盗み聞きしないで部屋に入ってくればいいのに。何を遠慮してるんだい」
「いや、その……タイミングを逸してしまってな……」
ばつが悪そうに答えるエルフィ。
「どこから聞いていたんだい?」
「『特にアクシアなんか怒り狂うんじゃないかい』のあたりでしょうか──。ご要望とありましたら実践しますが?」
「おおっと……」
アクシアの冷たい視線から、サラはさっと目を逸らした。
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