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第35話 絶望の瓦礫の下で

 夢を見ていた。


「おら、どうした! さっさと吐かねぇか!」


 昔の夢を。


「おいおい、そんなんじゃ情報を吐く前に死んじまうぞ」


 鎖で腕を拘束され、吊るされていた。身動きが取れない。


「どうせ何も知りゃしねーさ! ただのオトリ、捨て駒だよ! おら!」


 鞭が体を打つ。痛みが熱を持ち、ただれた皮膚は感覚を徐々になくしていた。

 

「それを承知で鞭打ってんのかよ」


「うるせぇ! 憂さ晴らしの一つでもしねーと収まらねぇ! 領主様の八つ当たりでこちとら散々いびられたんだ クソがぁ!」

 

「……捨て……駒?」


「あん、なんだよ。まだしゃべる元気があったのかよ」


 盗みに入った。

 

 情報に問題なかったはずだ。そして兄貴が、仲間が、陽動してくれているはずだった……。難なく忍び込み、今頃祝杯を上げている……はず……だったのに……。

 

「災難だったなぁ、坊主」


 拷問をしている男とは別の、椅子に座って煙草をふかしている男が言った。

 

「おまえさん、はめられたんだよ」


「……う……そ……だ」


「嘘なもんか。お前さんが盗みに入る密告(たれこみ)があった。それが他ならぬお前さんのお仲間だった。陽動だった訳だよ、お前さんは。こちらで大捕り物をしている間に、お仲間は本命のお宝を難なく盗み出してとんずらだ」


「……う……そ」


「嘘なもんかい。おかげで俺たちの雇い主である領主様はカンカンよ」


「……あ……にき……」


「ぶはは、こんな目にあっても、まだ兄貴分のこと信じてんのか!」


 笑いながら、目の前の男が鞭を振り下ろす。

 

 僕たちは孤児だった。いつしか身を寄せ合って生きていくようになり、生きていくために盗みを働くようになるまで大した時間はかからなかった。

 

 集団の中でも一番年上で、みんなに兄貴と慕われているリーダーの言う通りに行動すれば、何でもうまくいった。

 

 スリも、空き巣の技術も彼から教わった。特にスリに関しては、俺様以上の天才だと何度も誉めそやしてくれた。

 

 彼の言う通りに行動すれば、全てがうまくいっていた──いっていたのに……。


「なんで裏切られたかって?」


 鞭を振り下ろし、その男は言った。


「"信じた"からさ」


 下種な笑みを浮かべて言った。


「なんで利用されたかって?」


 その男は言った。


「何も"知らなかった"からさ」


 笑いながら、いやらしい笑みを浮かべて。


「さぞかし都合がよかっただろうよ、おまえみたいな小僧はさ! ぶわっはっはっはっ!」


 疑わずに妄信していれば楽だった。


 彼についていけば"大丈夫"だと、思考を放棄することは楽だった。


 そこに罪があるのだとすれば、"知らない事"よりもさらに前。


 知ろうともしないこと。思考することを、選択することを放棄したこと。


 知ることにおける"怠惰"の罪。


「う……あ……ああ……あああああ」


 涙があふれてきた。

 

「なんだなんだ。ようやく裏切られたって事を理解したか。遅いんだよ!」


 打たれる鞭の痛みよりも、心が痛い。痛くて、耐えられない。


「殺……して……」


 絞りだす声で、それだけを告げる。


 そのあとのことは記憶にない。

 

 男の憂さ晴らしに延々と付き合わされたのか。延々と鞭を打たれ続けたのか……。

 

 でも、その夢は続いていた。

 

 

 ──これは誰の視点(・・・・・・・)



「もうそれくらいにしておきな。本当に死んじまうぞ」


「本人も殺してくれって言ってたじゃねーか。なぁに構いやしねぇ」


 鞭を持つ男が汗を拭う。どれだけの時間、打ち続けていたのだろうか? 大量の汗が滴っていた。


「──ん? なんの音だ?」


 不意に、煙草をくわえていた男が天井に視線を向けた。

 

「──落雷か?」


「ああん? 今日は雲一つない晴天だったぜ? まーた領主様が癇癪起こして椅子だの壺だのぶん投げてるんじゃねーのか」


 だが、その轟音は地下のここにもはっきり聞こえるほど、どんどん大きくなっていった。


「お、おいおい……や、やばいんじゃねーのか……」


 次の瞬間、爆雷の音と共に天井が崩落した。

 

 男たちは悲鳴を上げる間もなく、天井に押しつぶされた。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 無知であることは、"選択肢"がないということ。


 無知であることは、"利用される側"でしかないということ。


 知ろうとしないことは、"知っている側"にとって都合が良いこと。


 自分の動機の源泉。


 もし"次"があるなら、知ろうとしないのではなく、()るために動こう。


 もし"次"があるなら、"選択肢"を選べるように。


 もし"次"があるなら、"利用される側"にならないように。



      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 打ち付ける雨。圧し掛かる瓦礫。流れ滴る血。


(死にたくない、知りたい)


 一度死を望んでいながら、なんて生き汚い。


 失われていく血。落ちていく体温。薄れていく意識。


(知りたい……死にたくない……)



 多分この日……僕は選ばれた(・・・・・・)


ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

「面白い!」「続きが気になる」と思っていただけたなら幸いです。


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