第34話 世界が終わりかねない危険性
「わかりました」
そう言って降参とばかりに、アドニスは両手を上げた。
「当面の危険性はなさそうですし、そちらも状況の危うさは認識してくれているようですので──ひとまずこの場は引きましょう。互いにこの場で起こったことは見なかった、聞かなかった、知らなかった。それでいいですね?」
「ああ、異論はない」
アドニスからの改めての提案を、サラが承諾する。
「イフリートの件ですが、あれは組合には報告不要です。各階で発生している番人級の雑魚沸きとは別件と思われるので。──他の集団が遭遇することもないでしょう」
「──その理由を聞いても?」
「彼を覚醒させるための撒き餌、でしょうね。確証があるわけではありませんが」
そう言って、アドニスは僕を見た。
「随分と豪勢な撒き餌じゃないか。精霊王を使いっパシリに使うとはね」
「ええ。そして、それが可能な存在は限られます」
「────」
「────」
それきり、アドニスとサラは黙り込んだ。沈黙が流れる。
精霊の頂点、精霊王。神に次ぐ、竜種と並び称される最強存在。
"神に次ぐ"
そして、緊迫感のないシアノの声が沈黙を破った。
「結局、番人級の雑魚沸きに関して詳しいことは分からずじまいか。第七階層が解放される前に、何かちょっとでも情報を得られればと思ったんだがなぁ」
「帰ったら組合の方にも、何にか新しい情報が入ってないか確認しておきます」
アドニスが参謀らしいことをマスターに伝える。
「ついでに"獣"の情報も。おそらく、第七階層は実質手付かずで一般開放されます」
──え?
「手付かずってどういうことだい? "獣の爪牙"が先行独占期間をもらったんだろ? 権利の放棄でもしたのかい?」
僕が思った疑問をサラが尋ねる。
「いえ、権利はしっかり行使しています。ただ……"獣"が第七階層に突入して四日。まだ一度も帰還してません」
──え?
「まだ微妙なラインですが、明日になっても帰還していないようなら、おそらく全滅した公算が高いかと。なので"実質手付かず"とはそういう事です。一般公開まで、第七階層の遺産は一切持ち出されない可能性が高いので」
ガウルたちが……戻ってない?
「どうしたんだ、そちらの彼は? 顔色が悪いようだか」
シアノの言葉が頭に入らない。
「ああ、そうでした。昨日怒らせてしまった後、改めて組合でそちらの彼のことを照会したのですが──"獣"の所属でしたね」
「そういう事か」
シアノの疑問にアドニスが答える。僕は、相変わらず呆けていた。
「"元"だよ! いまはボクら"妖精"の一員だい」
「その事ですが──一度、組合に照会しておいた方がよいかと」
「どういうことだい?」
「私の口からは何とも……。ご自分で知った方がよろしいかと」
含みを持たせた言い方をするアドニス。
世界樹の遺跡に挑むギルドならば、組合にメンバーを登録する必要がある。その事を指しているのだろうけど……。
ああ、確かに一度確認しておいた方が良いかもしれない……。メンバー登録周りの雑用、いまどうなってるんだろう……。
抜けた、もうどうでもいいギルトの事なのに……そんなことを考えてしまう……。
「ルクスン? 大丈夫かぁ?」
ノーネの心配そうな声が聞こえた。
「ん? ──ルー君? ルー君!?」
遠くでサラの声がする。
肉体的な損傷は治っても、精神的な消耗は当然別のようで……僕はゆっくりと再び意識を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移魔法陣で第一階層まで降り、拠点街の入り口まで来たところで"妖精"の面々とは別れた。
「で、実際のところどうだったんだい?」
そこを見計らってか、マスターが声をかけてくる。
「どう、とは?」
「『いま皆さんを皆殺しにするくらいの余力はまだ十分にありますよ?』のところかな」
「あはは、さすがですね。──向こうが切り札まで全部使い切るのを前提とした場合、実は勝ち目はほぼゼロでした」
しかも、こちらの余力はほぼなしときた。その状況下で魔神二柱とか、正直御免こうむりたい。
「アレはそんなに危険なのか?」
「──アレが、"この世界はもう役割を終えた"と判断を下した場合、この世界が実際に終わりかねないくらいには危険ですね」
マスターの表情は変わらない。ただ一刻、何かを思案するように口元の手を当て──
「体勢を立て直して、人数を集めて仕切り直すか?」
のちにそう発言した。
そこまで踏まえて、あのように立ち回ったのかこの女狐は……。
「おや? あそこで起こったことは全て忘れるはずでは?」
あの時の軽い意趣返しとばかりに、少し皮肉を込めて尋ねる。
「時と場合による。その判断は任せる」
このマスターの下で働くことになってまだ日は浅い──それこそ自分のような不死の者からすれば、瞬きする間の一瞬だ。なのに、ずいぶんな信頼を置かれているような気がする。
「──あの場でも言いましたが、当面は様子を見ましょう。危険性はあちらも理解しているようですし、現状そこまでの緊急性もないと思われます。それにあの様子なら、最悪自分たちの切り札を切ってでも、落とし前は付けてくれそうですし」
本当に、なにかの因果を感じずにはいられないよ……。ねえ、レンファ?
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