第32話 星の裁定者
自分で煽っておきながらあれだが、その強化具合はいささか不可解だった。確かに「全てを吐き出せ」とは言ったが──これは持てうる力を出し切った全力──などと言った次元を超えている。
幼体だった精霊が、突如成体へと変態したという表現が相応しいだろう。本来長い年月をかけて、その土地の自然に根付き、精霊としての格を上げていく。その精霊としての成長過程を無視した変態だった。
『ただ単に迷い出たのか──それとも何者かの意図によるものなのかは知らない』
そんな台詞を何んとなしに言いはしたが、こうなると本当に何者かの意図を感じざるを得ない。
シアノから、もう一体の精霊王が沸いたとの叫び声が聞こえてからもう大分経つ……。
募る焦燥感……。ああ、焦燥を感じるなどというのは、いつ以来だろうか?
(フェア……ファイナ……ついでにシアノ……無事か……?)
意識をあちらに向ける余裕がない。成体の精霊王の相手で手いっぱいだ。
最悪、あちらにはアレがいる……そう、最悪の事態にはならないだろうと考えていた時──
突如、相対する精霊王の動きが止まった。
目の前に我を他所に、生まれたばかりの同族が気になるのか、そちらへ視線を向ける。
(誘いか、それとも本当に隙なのか……)
そんな駆け引き、読み、焦燥がなどが入り混じっていた感情が──怒りによって一瞬で上書きされた。
「我を眼前に、よくぞ目を逸らした!」
たとえ誘いだったとしても良い。その隙めがけて、渾身の一撃を見舞おうとして──
我も、動きが止まった。
同じ方向を──意識を向ける余裕がなかったフェアたちの方へ、視線を向ける。
そこに、何かが、降臨していた。
いや、あれは……。
覚えのある神気。覚えのある存在感。覚えのある雷光……。
「次から……次へとッ!」
隙だらけの精霊王へ打ち込む。呆けていた精霊王も、それに応じる。
双方打ち合い、距離が離れた。
唇から伝う血をぬぐって、我は眼前の精霊王を睨みつける。
「そういうことか……」
精霊王は答えない。
「そういうことか!」
恐らくあれは、今代の星の裁定者。
「アレの目覚めを助けるためか……貴様ら、星からの回し者か!?」
精霊王は、答えない。
この世界への危険度で言えば、アレはこれら精霊王を遥かに凌ぐ。
この世界は既に──約五十年前にその役目を終えている。
いま、"星の裁定者"を降臨させるのはまずい! 絶対にまずい!!
「そこをどけ! 三下ァ!」
口汚い言葉が口から出る。
爵位持ちとしての自覚を持てと──遥か昔に師匠から繰り返し受けていた小言が──本当にどうでもいい言葉が──こんな緊急事態にふと頭をよぎった。
『 天地の法 六芒の制約 束縛するは未来の調和 』
精霊界からの純正でなく、神界からの尖兵だというなら──
『 夢想し 幻想を抱き 理想に微睡め 』
こいつが天敵のはず!
『 暁と蝕の交わる時 その約定を破却する 』
ただ、外せばもう後がない。この状態を、解放状態をおそらく維持できない。
最悪、この後"星の裁定者"との連戦になるが、そんなことは気にしてられない。まずはこの精霊王を──神の尖兵を排除する!
『 空帝解法 』
無色の光が、イフリートを包む。同時に、その輪郭が希薄になっていく。そこにあった熱が、強烈な威圧感が、どんどんと失われていく。
(うまくいったか……)
対象に附随している、あらゆる盟約、契約、制約の類を強制的に解除する反則級の禁呪。何者かに使役されているモノ、現界するのに何かしらの約定を用いているモノにとって、極めて強力な効果を持つ。
半面、消費魔力も膨大だった。消えようとする魔神と同じように、我の──僕の魔力も失せていく……髪の色が、黄金から白銀へ移り変わる。
炎の魔神が完全に消え失せた時、僕の姿も血を吸う前の状態へと戻っていた。
「最悪──この後"星の裁定者"との連戦──ですか……」
先ほど考えた可能性を、改めて口に出す。
肉体的ダメージはさほどではないが、魔力の枯渇が非常にまずい。再度フェアの血を吸ったところで、おそらく封印状態を解除するまでには至らない。
ギルドメンバーを連れて一度逃げるか? "妖精"のメンバーは? 敵側に回る公算が高いか?
封印を施された肉体が忌々しい。
「……結果的に、あなたの判断は吉と出るのか凶と出るのか……ねぇ、レンファ?」
こんな封印を施した忌むべき女の名を、僕は100年ぶりに口にした。
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