第31話 神話の戦い──光の化身と闇の魔人
『 其は天威の代行者! 』
"宣誓"の最終節──そのルー君の声は、明らかに今までの詠唱とは異なっていた。
『 天威無法ァァァァァァァァァ! 』
その叫びを、轟雷の音と共にボクは聞いた。
雷が縦横無尽に周囲へ飛び散る雷音の中で、この声はその何よりも良く響き、ボクの胸に届いた。
"彼"の言葉だ。無機質な音じゃない。心のない音じゃない。
"還って"きたんだ!
「ルー君!」
閃光の中心にいる彼の名を、叫ぶように呼ぶ。
そしてゆっくりと、彼が振り返った。
「下がってて」
そう一言。そしてすぐに前を向き直ると、眼前のイフリートに向かって歩き出した。
魔神は動かない。先ほどから、何かを警戒しているのか、何かを待っているのか、微動だにしない。
そして、一瞬の光が──閃光が疾走った。
ルー君の姿が搔き消え、次の瞬間、その背中を魔神に叩きつけるようにしてぶち当てた!
まるで何倍もの質量を叩きつけられたかのように、炎の魔神が吹き飛ぶ。アレは──
「鉄山靠……」
それだけじゃない。その後も、流れるように次々と技を繰り出していく。
肘が、掌が、拳が、脚が、光の流星となって次々と魔神に打ち込まれていく。
あのバルコニーの上で、ボクがルー君を相手に使って見せた、技の数々を──光の速さで、あの人のように……。
「また……この光景を目の当たりにできるとは……思ってもみませんでした」
アクシアの声が聞こえる。
ああ、ボクもだ。
流麗、かつ重厚。あの人がこの世界に降りてから改めて練り上げた、八極掌の神髄。
それに雷を纏わせた秘技、雷卦八極掌。
ただの八極掌を、ボクはまだ数えるほどしか見せていなかったのに、彼はその神髄を極めたかのように、乱舞をやめない。魔神の周りを、閃光が轟音を奏でながら舞っている。
肘が、掌が、拳が、脚が、イフリートに当たる度に、重い音が灼熱の渓谷に響いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
知覚の速度に、肉体が追い付かない。
思考が加速する。全身を巡る雷が、光が、僕の認識するもの全てを置き去りにしていく。
僕の脚は、手は、付いてきているのか?
体が軋む。
拳が砕けた音が聞こえた。
それでも、速く、速く!
打て、打て、打て、打て、打て、打て!
もう絶望しないために。護るために。
拳が砕けたのなら、そこを雷で纏え。体が千切れたのなら、そこを雷で補え。
纏うこの雷は精霊じゃない。この光は自然じゃない。この力は世界じゃない。
それは分かっている。これは、裁定する側の力。
それでもいい。今はただ──打て、打て、打て、打て!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふふ……ふははは……」
ボクの隣で、シアノが笑う。
「何が、おかしいんだい?」
「これが、笑わずにいられるか! 片や、光の化身」
シアノはそう言って右手を差し出す。その先には、魔神の周囲をまとわりつくように雷撃を打ち続ける雷の拳士がいる。
「片や、闇の魔人」
そして今度は後ろを振り返り、左手を差し出す。その先には、もう一体の炎の魔神と打ち合う吸血鬼の真祖がいた。
「それが、炎の精霊王と互角以上の戦いを繰り広げている……。いま私は、人の身でありながら、神話の戦いを目撃しているのだから!」
神話の戦い──。確かにその通りだ。人の力で成せる領域をとうに超えた戦い。
ただそこに、人の身で踏み込んでしまった者がいる。
ルー君には硬気功を──体の硬度を上げる技術の一切を教えていない。あの人が体にかかる反動、負荷を殺すために使用した技法を一切使わず、彼は雷卦を使い続けている……。
拳が砕ける音を聞いた。
脚が軋む音を聞いた。
肉が引き裂ける音を聞いた。
──それでも、雷は止まらない。
打つ、打つ、打つ、打つ、打つ……。
目の前の火が消えるまで、その閃光は光り続けるのだろうと、なぜか確信があった。
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