第28話 二つ目の煉獄
最初に振り返ったのはサラだった。
その後ろに、眼前で繰り広げられる神話の戦い以上に見るべきものがあるのかと、つられて僕も後ろを振り返った。
何も、なかった。
だかそこには、確かに何かを感じた。
火の精霊魔法士であるサラだったからか?
自然と一体化する風水士である僕だったからか?
僕たち二人が、そこにこれから起こるであろう何かを察知できたのは。
「「────来る!」」
僕とサラの言葉が被った。
その台詞を受け、他の皆も僕たち二人の視線の後を追った。
そして皆が、その瞬間を目撃した。
何もない空間から、一つのか細い火の玉が出現するところを──。
最初は小さな火の玉だった。
だが、それはすぐさま大きな火球となり──人の大きさを超え──人の形を象り──頭部と思わしき場所に二本の大きな角を出現させた時──皆は眼前で何の生誕を目の当たりにしているのかを、恐怖と共に理解した。
「アドニス! こっちにもう一体沸いたッ!!」
現状を把握した後のシアノの動きは速かった。
一団から真っ先に跳び出し、まだ形状が定まっていない炎の揺らぎに突撃する。
腰に帯剣した片手剣は抜こうとしない。ただ、右手には何か──目に見えない何かを握っているようにも見えた。
「硝子の剣!」
シアノが目に見えない刃を振るう。陽炎のように揺らぐ炎は、その不可視な斬撃を受け霧散する。
だが──
「伏せろ!」
サラの叫びと同時にシアノが頭を下げる。
刹那、霧散した陽炎が爆発した。
「マスター!」
「だめだ!」
フェアが悲鳴を上げる。傍らにいたファイナが円形盾と戦棍を構え前を出ようとしたところを、エルフィに取り押さえられた。
代わりにサラが駆け出す。
「サラ!」
そのサラを追うように、アクシアが飛び出そうとして──
「お前もダメだ! ノーネ!」
「あい!」
後ろからノーネがアクシアを抱き止める。
「離してください、ノーネ!」
振りほどこうと体をひねるアクシア。
「魔力がほぼ空の状態のお前に何ができる! 状況が悪化するだけだ!」
エルフィの言葉に、アクシアは唇を噛み締めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「生きてるか、庭師!」
「何とか!」
サラの呼びかけにシアノが応える。剣風で煙を振り払い、その姿を現した。その手には不可視の剣ではなく、帯剣していた片手剣が握られている。
生きてはいるが──無傷とはいかないようだった。全身に、火傷の跡がうかがえる。
「あの瞬間じゃ風を操作して直撃を避けるのが精いっぱいだった。文句は言ってくれるなよ?」
「生きていれば十分おつりがくる。死なない限りは安い!」
前方の噴煙から警戒を解かず、二人はそんな軽口をかわす。
「付与魔術が出来るなら頼めるか? この剣では精神体には通じない」
「最初に斬り込んだ時に使っていた透明な剣。あれは魔法か魔道具かい? あれはどうしたんだ?」
言いながら、サラがシアノの片手剣に杖をかざす。
「硝子の剣。地属性の具現化魔法。対物理対魔法両方いけるが、振るえば必ず砕ける。しかも使用は一日一回限り」
「そりゃ大層便利な仕様だね。──風の魔力を付与した。アクシアに水属性を付けさせてやりたいところだが、彼女の魔力残量を考えると厳しい」
続いて、シアノの顔に手をかざそうとする。
「治癒の方はいい。動きに影響がでるほど焼かれちゃいない」
「時間が経過すると影響がでるんじゃないか?」
「アレ相手に、長期戦できる自信は?」
「──────ないなぁ……」
噴煙が巻き上がる。
煉獄が顕現する。
もう一人の王が、その姿を現した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「二体目の……イフリート……」
自分の声が、震えているのが分かる。
そこに出現したのは、まぎれもなく炎の精霊王、もう一体の炎魔神イフリートだった。
「アドニス様ッ!」
フェアがアドニスの方を振り返る。
あちらの魔神と交戦を続けていた彼女の顔からは、笑みが消えていた。
最初の魔神は、明らかその体の容積を増やし、火勢を増し、膂力を増してアドニスと互角に渡り合っていた。
──こちらを助ける余裕がないことは、明らかだった。
そもそも最初に彼女も言っていたではないか。アレを相手にしながらこちらに気を回すのは難しいと。
前と後ろに二体のイフリート……。いったい誰が、こんな事態を予想できただろうか?
第六階層"溶岩渓谷"にて、その日、二つの煉獄が顕現した。
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