第27話 "業"も"業"も──その全てを
GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
イフリートが吼えた。
第六階層全域に響き渡るのではと思わせるほどの咆哮。アクシアなんか、両耳を抑えてその場にうずくまった。
ただの雄叫びに士気を挫く弱体化が込められているのではと思うほど、その音は僕の心臓を掻き毟る。
「ほう、まだ余力があったか」
だが、最も近くで相対しているアドニスは、まるでそよ風を受けるかの如くそれを受け流していた。
「いいとも、出し切るといい。我にその炎の全てを開示してみせよ!」
イフリートの体が、一回り大きく、そして、さらに熱くなる。距離は大分離れているのに、まるで間近に太陽があるかのような熱量を感じる。
GRUAAAAAAAAAAAAAA!
魔神が襲い掛かる。魔人がそれに応じる。
人外のモノたちの、この階層そのものを震わすような戦いが再開された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「吸血鬼は、そもそも持ち合わせた身体能力が、人間や他の種族と大きく異なる」
アドニスの戦闘から視線を離さず、サラが語り出した。
「無尽蔵な内魔力は奮うだけで天変地異を呼び、強靭な体躯はただそれだけで金剛石をも凌駕する」
眼前で繰り広げられている精霊王との殴り合いは、まさに同じ生命体として一線を画す、そんな異次元の存在に感じられた。
「故に、彼らは魔法を必要としない。故に、彼らは武術を必要としない。非力な人という種が、力を得ようと代々伝えながら練度を上げて来た知識、技能──その一切を必要としない」
力なき故に知識を蓄える。力なき故に技術を伝える。子へ、孫へ、そのまた先の世代へ。例え自分一人では届かなくても、いつかそれを引き継いだ誰かが極みに届くようにと。
「だが彼女は──魔法を使った」
古の言語を以て、太古の術式を発動させた。
「だが彼女は──武術を使った」
"神の拳"に連なる闘法を、縦横無尽に駆使して見せた。
「人がその非力さゆえに、力ある存在へ抗うために受け継いできた知識を──技能を──彼女は使うのか……」
ただ在るだけでも超常の存在である者が──弱者が強者へ挑むための技法を使う。
もし、そんな存在と戦う事になった時……"人"の身で勝ち目はあるのか?
「ましてや爵位持ち。本来であれば矜持の塊だ。人の業を使うなど──本来であれば憤死ものの筈なのに」
「爵位持ちって……なに?」
たしか、先ほどもそんなことを言っていた。思った疑問をサラに投げかける。
「黄金の髪と黄金の瞳を持つ、はじまりの吸血鬼。真祖とも始祖とも呼ばれている、最も古い吸血鬼だよ」
真祖──最も古い吸血鬼。
「彼らの間で定められた爵位──それこそ公爵級ともなれば、もう神に匹敵すると思っていい。思想も、生体も、完全に"人"のそれとは相いれない」
「あなたの知る吸血鬼が、どのような方々なのかは存じ上げません」
サラの言葉を、遮る声があった。
「私もまた、吸血鬼という種を、深く理解している訳でもありません」
戦神の神官少女、フェアが、その口を開く。それはまるで、巫女の神託のように厳かで──
「ただあの人は、何よりも"人"という種を愛している。それだけは、分かるのです」
まるで、聖女のような慈愛に満ちた声だった。
「人が積み上げて来た歴史、知識、技術──その賢明さも、愚かさも、全てを」
業も、業も──その全てを。
GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
イフリートの咆哮と同時に、轟音が響く。
アドニスが吹き飛ばされるのが見えた。
吹き飛ばされながら何回も回転し、勢いが殺されたあたりを見計らって立ち上がり、すぐに体勢を整える。
「いい膂力だ! もっと出力を上げろ、精霊王ッ!!」
流血していた。金剛石をも上回るという強靭な肉体から、陶磁器のような綺麗な額から、血が滴っていた。
それでもアドニスは笑っていた。楽しんでいた。この闘いを。精霊王との武闘を、魔神との舞踏を!
「生まれ落ちた直後、何一つ世界に刻まず、何一つ宣誓を成さず、虚無へと還るのは業腹であろう! もっとだ、その全てを吐き出してみせろ、炎の魔神!」
時折、アドニスの言葉に理解できない言語が混ざる。上位古代語だろうか……。
それが自然と口をついてくるという事実が──僕には理解できない言葉を紡ぐ事実が──一層アドニスという生命体との存在の乖離を認識させた。
GRUAAAAAAAAAAAAAAA!
アドニスに呼応するかの如く、イフリートが吼える。精霊王には伝わったのだろうか? 彼女の呼びかけ──その意味が。
闇と真紅のオーラが再びぶつかる。
それはもう、"人"が介入する余地のない──神話の戦いだった。
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