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第26話 それは"教義"ゆえに

 文字通り地に足がついて安堵した瞬間、僕たちを包んでいた球体の結界が霧散した。


「では、うちのギルドメンバーをお願いします。最悪、マスターは放っておいてかまわないので、他の二人をお願いしますね?」


「おいおい、もっと他に言い方があるだろうが」


 事この期に及んで、アドニスとシアノがまったく緊張感のない言葉の応酬を繰り広げる。その胆力に驚いた。いや、アドニスに至ってはもう、人間の基準で判断すること自体が誤りなのかもしれない。


「アドニス様……ご武運を」


 アドニスに血を吸われた神官の娘──確かフェアと呼ばれていた少女が、祈るように手を合わせた。

 

「うん。ファイナも、お姉さんをよろしくね」


 今度は神官戦士の娘にも呼び掛ける。やはり姉妹だったようだ。ファイナと呼ばれた少女は、無言でアドニスの言葉にうなずいた。


「では──はじめますか」


 アドニスがイフリートに向き直る。

 

 炎の精霊王はこちらを──正確にはアドニス一点を見つめたまま、動こうとはしなかった。


「ただ単に迷い出たのか──それとも何者かの意図によるものなのかは知らない。──ただ」


 アドニスの口調が、再び変わる。

 

「久々に"この状態"になれたんだ。満足いくまで、楽しませてもらうとしようか!」


 突如、彼女から膨大な魔力が膨れ上がった。

 

 黒い、闇の魔力。激しくなびく黄金の髪とは対照的な闇の波動。黄金と闇の混ざり合うさまを、僕は場違いにも綺麗だと思った。


 そう思った瞬間──アドニスはイフリートの眼前まで一瞬で間合いを詰めていた。

 

「速い!」


 一瞬だった。イフリートですら、知覚しきれていない。

 

 イフリートが視線を下ろそうとした瞬間、魔神は遥か後方にまで吹き飛ばされていた。

 

「な、なにが?」


 何が起こってイフリートが吹き飛ばされたのか、理解できなかった。

 

「──殴った」


「え?」


 サラの説明を、僕は間の抜けた声で聴き返す。

 

「拳で殴った──精神体(アストラルボディ)を……」

 

 魔法攻撃や魔力を帯びた武器でないかぎり、精神体(アストラルボディ)である精霊には触れるどころかダメージを与えるなんて出来やしない。

 

「彼女を包んでいる膨大な魔力が、それを可能にしているんだ……」


 強靭な肉体。無尽蔵の魔力。不老にして不死。吸血鬼の真祖。


「どうした? 目覚めたばかりでまだ頭がはっきりしてないのか? このまま一方的に殴られ続けて終わるか?」

 

 超越者、アドニスが煽る。

 

 

   GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!



 身を起こすと同時にイフリートが吼えた。

 

「そうそう、そう来なくては面白くない」

 

 そして、漆黒の流星を見た。

 

 再び一瞬でアドニスが接近する。そして魔神の腹部に蹴りを放つ。

 

 今度は吹き飛ばされることなく耐えたイフリートは、そのままの体勢で拳をアドニスへ打ち下ろした。

 

「いいぞいいぞ!」


 躱し……たのか? 目で追いきれない。体を旋回させるようなモーションをすると、アドニスはその遠心力のまま、再び蹴りを放つ。

 

 それがまともにヒットし、今度はイフリートも転げるようにして吹き飛ばされた。


 アドニスが追う。イフリートが身を起こす──と同時に口から火球を放つ。

 

「はぁっ!」


 アドニスは突進したままの状態で拳の裏を打ち出すと、迫りくる火球をそれで爆散させた。

 

 突進の勢いを殺さず、そのまま反対の拳を打ち出す。

 

 その拳を顔面に受けたイフリートは、再び後方へ吹き飛ばされていった。

 

「どうしたどうした!」


 再びアドニスが追う。勢いそのまま空中に跳び、旋回。そしてそのまま、空中で蹴る。

 

 三度吹き飛ばされていく炎の精霊王。

 

 ──美しい──と。一連の舞うような武闘を見て、僕はそんな事を思ってしまった。

 

 流れるように打突を繰り返す、その待っているような動きに。

 

「戦神──流?」


「え?」


 サラの口から、驚きの言葉が聞こえた。

 

「"戦神流"だ……間違いない! アドニスの使っている、武術の型!」


 戦神教団の修練僧兵(モンク)──"神の拳"が扱う武術、戦神流。


「どういう事だい!? そもそも吸血鬼(ヴァンパイア)不死種(アンデッド)なんて、キミら聖職者にとっては教義を賭けて滅ぼすべき天敵のはずだろう!?」

 

 そう言ってサラは、戦神(・・)に仕える二人の聖職者──フェアとファイナに問いかける。


 この大陸で信仰されている六大神、六大教団。その教団ごとに、それぞれ信仰する教え、"教義"がある。秘匿されるものから、広く教え伝えられているものまで様々だ。


「いや待て……"教義"? ……まさか……まさかそうだというのか?」


 中でも、戦神教の"教義"は有名だ。この大陸で、最も有名と言っていい。


「ええ。あの人こそが私の──"勇者"です」

 

 戦神の神官の少女は、誇らしくそう言い放った。

 

 

 『勇者を見出し、導くこと』

 


 その"教義"の前には、種族すらも問わないというのか?

 

 例えそれが、吸血鬼(ヴァンパイア)であったとしても。

 

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