第25話 浮上
不死種の最高位は、主に二種類存在する。
一つはリッチ。魔法を極めた人間種が、生命の維持活動に肉体を不要として捨てさった偉大なる骨。人里離れたところに工房を持ち、魔法を極めんと寝食を忘れ狂気へと至った、隠者の成れの果てという話もある。
そしてもう一つが吸血鬼。人の血を吸い、強靭な肉体と膨大な魔力をもった不老不死の魔人。
それらは主に"真祖"と"眷属"に分類される。
"眷属"は後天的に吸血鬼へと至ったケース。血を吸われ、魔力を与えられ、眷属へと生まれ変わった"真祖"の従者。
そして、"真祖"。そのはじまりを知る者はいない。太古の昔よりこの世界に存在する、不老不死の超越者。
「結界を張ります。動かないでください」
透き通る声でアドニスがそう言った。
黄金の髪に黄金の瞳。雰囲気が変わっても、その人外の美しさは変わらない。
『 人と神を別つ 天と地を分かつ 』
唄うように。アドニスが聞き覚えのない言語を唱え始めた。
「アクシア、これ!?」
サラが驚きを隠さずアクシアの方を振り返る。
「上位古代語……」
引きつった表情で、アクシアがそう呟いた。
現存する魔法大系から失われた、太古の魔法──古代語魔法。その発現を可能にする、古の言葉。それが、上位古代語。
『 祖は星の深淵 其は虚無 の真円 』
アドニスが紡ぐ。謳うように。
『 神話の時代の終焉を告げる 訣別の宣誓をここに 』
それはどこか、風水術の祝詞のようにも──何か神聖な儀式のようにも感じられた。
『 断絶の球儀 』
その詠唱を終えるのと共に、僕らを淡い青色の球体が包み込む。
「この球体内にいる限り、外側からの魔力や精霊力、神霊力を帯びた攻撃はほぼ遮断できます」
「相手が……精霊王でも?」
「はい。精霊王といえど」
僕の質問を、アドニスが肯定する。
「ただし反面、物理攻撃に関しては無力ですので、不測の事態が起こった際には対処をお願いします。あと、私がイフリートと交戦を始めると、さすがにこの結界は維持できませんので、そのつもりでいてください。──まぁ」
アドニスが不敵に笑う。
「"いまの状態"の私を前に、こちらへ注意を回す余裕が幼体ごときにあるとは思えませんが」
"ごとき"と言ったのか……幼体とはいえ、火の頂点、炎の精霊王を。
「では、上昇しましょうか。準備はいいですか、エルフのお姉さん?」
「あ、ああ」
アドニスの呼びかけに、エルフィが慌てて応じる。
『『 舞い上がる風 大地からの解放 自由の翼 無限の廻廊 風の旅路を契約する 』』
そして、二人同時に詠唱を開始した。
『『 風浮遊 』
詠唱が終わり、球体ともども僕たち九人が浮上を開始する。
足が氷から離れた瞬間、維持していたアクシアが魔法を解いたのか、足場は溶岩に包まれた。
そのまま、球体は緩やかに浮上を続ける。
「上ッ!!」
僕が上を見上げた瞬間と、サラがそう叫ぶのは同時だった。
巨大な火球が、こちらに向かって放たれた。
「問題ありません」
アドニスが言い終わると同時に、轟炎の火球が僕らを包む球体に直撃した。
鼓膜を震わせる爆音。視界全てが赤い光に染まる。
しかしその炎は、僕らを焼くことはおろか、僅かな熱を感じさせることすらなかった。
やがて四散し、前方の景色はすぐに回復した。
「──いる」
サラが呟く気。
崖の上には、こちらを覗く炎の精霊王がいた。
だが球体はそのまま浮上を続け、やがてその高度はイフリートを超え、見下ろせる高さにまで達した。
「──誰の許可を得て我を見上げるか、生まれたての小僧が」
一瞬、誰の声か分からなかった。
アドニスだった。冷たく、刺すような声。その音にすら、重圧を感じるような威圧感。
イフリートが後退する。一歩、また一歩。炎の精霊王が、恐怖しているのか……?
アドニスは空いたスペースに球体を下ろした。
「分をわきまえてはいるようだな、新生したての精霊王よ」
アドニスの声が響く。
魔神の表情は分からない。
だが、心なしかアドニスを警戒しているような──そんな感じがした。
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