第24話 魔人
精霊や死霊などに代表される精神体にダメージを与えるには、魔法か魔力を帯びた武器が必要になる。
そして"絶消"は『この世に存在するあらゆる"物質"を消す』という摂理をただ実行する。"物質"ではなく"精神体"であるイフリートは、そのルールの下にいない。
火の箱を撃ったところで、火の魔法部分の効果しかない。ましてや相手は炎の精霊王。火属性の攻撃にいったいどれほどの意味があるというのか。
そう頭を抱えていたところに、緊迫感のないシアノの声が聞こえてきた。
「そちらの打つ手はもう特にない感じかな?」
それを、サラが険の含んだ声音で返す。
「まるでそちらには打つ手があるような言い方だね?」
「アドニス、いけるかい?」
サラの問いに答えるように、シアノはアドニスを振り返った。
「……ええ、まぁ、大丈夫だと思います」
マスターの確認に、アドニスは軽く嘆息したのち、そう言ってのけた。
いま、何ていった? 大丈夫だと、そう言ったのか?
「おい、自分が何を言っているのか理解しているのか? 相手は精霊王、破壊の権化とも言われている炎の魔神なんだぞ!?」
「ええ、承知しています。見たところ生まれたての幼体のようですので、アレならばなんとかなると思います」
「幼体って……そんなこと分かるの?」
思わず頭に浮かんだ疑問が口から出た。あれが幼体だと知っているということは──
「ええ。成体ならもう二回りほど大きいです」
そう、成体の姿を知っていることになる。
この人は、いったい何者なんだ!?
「ただ皆さんに一つ、お願いがあります。これからここで起こることは、他言無用でお願いしたいのです」
そう言って、アドニスは自分の口元に人差し指を立てた。
「もちろん私も、あなた方の事に関して一切他言いたしません。そちらの彼が摂理干渉者であることとか、秘密にしておいた方が何かと都合がいいでしょう。それでいかがでしょうか?」
一瞬、サラとアクシアの表情が強張った気がした。
ここで言うあなた方とは、いったいどこまでの範囲を指しているのだろうか?
「この窮地を抜け出せるなら、こちらに異論はない。そして時間もない」
そう言ってサラは足元を見た。氷の下にある溶岩が、徐々に近づいてきているのが分かる。
「だが、いったいどうする気だね?」
再びアドニスの方を向き直ってサラが尋ねる。
「エルフのお姉さん。ご自分のパーティー五名の浮上はお任せして大丈夫ですか? 私はこちらのギルドメンバー四名を持ち上げます」
「あ、ああ。それは問題ない。だが、崖の上まで浮上させたらどうする? いや、安全に浮上できる保証すらない」
上で、待ち構えているように動かないイフリート。あの魔神がそのまま大人しく待ってくれる保証はない。
「上昇時は私が先行します。あなたたちは私の後ろに付いてきてください。球体の結界を張るので、それで防げるはずです」
炎の精霊王の攻撃を──防げると言ったのか?
「あと崖の上に上がったら、こちらのギルドメンバーの護衛をお願いします。さすがに幼体といえ、あれを相手にしながらそちらに気を回すのは難しいと思いますので」
「あ、ああ。分かった」
サラが承諾する。
いろいろ尋ねたい事があるだろうが、足元から熱を感じるようになってきた。もうあまり、時間的猶予はない。
「それでは始めます。おいで、フェア」
「……はい」
アドニスはそう言って、"庭園"のギルドメンバーの方を見た。
フェアと呼ばれた神官の少女が、なぜか頬を染めながらアドニスの前に出てくる──かと思うと、突如上着をはだけさせた!
「ちょ、何をやってるんだい! ルー君も見ちゃだめ!」
そう言ってサラが僕の視界を塞ごうと手で顔を覆ってくる。
だが、僕は見た。その指の隙間から──アドニスが、フェアと呼ばれた少女の左胸に噛みついたところを!
「あ」
少女の小さな息を吐く声が、艶めかしく響いた。
アドニスの歯が──いや、あれはもう牙と呼べる鋭利な刃が、フェアの柔らかそうな肌に突き立てられる。
流れる鮮やかな赤。それを──アドニスは吸っているのか!?
次の瞬間、アドニスの長い銀髪が黄金の色に変わった。
そして間を置かず、彼女の全身から黒い膨大な魔力が発せられるようになった。
抑えきれないほどの魔力の発露。畏怖すら感じられる存在感。その圧倒的重圧は、先ほど崖の上で感じた炎の魔神と比較しても遜色ない。
「こ、これはいったい!?」
驚愕の声を上げたサラに、シアノが眼前で起こっている現象の説明を行う。
「吸血暴君──。血を吸った対象の技能を一時的に使用できるようになる、彼女の希少技」
「吸血暴君? 希少技? ふざけるのも大概にしてくれたまえ。そんなの、対外的に誤魔化すための方便だろ。他言無用といったのはコレの事だね?」
サラの問いに、シアノは答えない。ただその口元が微かに緩んだのが、サラの問いかけを肯定していた。
「黄金の髪に──」
アドニスがこちらを向く。その瞳には、宝石のようだと思ったあの綺麗な青い光はもうなかった。
「黄金の瞳!」
サラが吼えるように叫ぶ。
「吸血鬼! それも真祖──爵位持ち級の……!」
それは不死種における、最高位の魔人。
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