第23話 薄氷の上
精霊の頂点に君臨する王クラスの精霊を総じて精霊王と呼ぶ。
炎の魔神。地獄の業火。精霊王の中でもイフリートを形容する言葉は多い。絶対的な破壊の権化、狂える竜との遭遇に同義。
「なんで……こんなところに……」
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
僕がそう呟いたのと、魔神が叫んだのはほぼ同時だった。
「飛び降りろ!」
間髪入れずサラが叫ぶ!
妖精メンバーとシアノは何一つ躊躇うことなく、溶岩が沸き立つ崖の下に向かって飛び降りた。遅れてアドニスが、庭園のメンバー二人を抱えて崖の下へとその身を踊り出す。
僕たちがいた場所に爆炎に包まれたのは、その直後だった。
耳をつんざく轟音。空気が焦げる匂い。眼球が焼けるような光と熱。溶岩へと落下していく恐怖よりも、上にあるであろう煉獄の恐怖の方が、何倍にも勝った。
「エルフィ!」
『 風浮遊! 』
サラの指示と、それに呼応するエルフィの魔法が無詠唱で発動する。
僕は言われるまでもなく、領域を極限まで強めて展開した。
『 太古の凍土 静謐なる静寂 冷徹なる暴君の即位 賢帝の崩御 』
続いてアクシアから、聞き覚えのある詠唱が聞こえてくる。
緩やかに落下を続ける僕たち九人。その下で煮えたぎる溶岩に向かって、アクシアは杖をかざした。
『 生きとし生けるモノ全ては その大地の終焉を知る 』
「ルー君、領域は!?」
「最大展開中!」
サラの確認を僕は即答する。
「上々! アクシア、全力でやっちゃって!」
その言葉を待っていたかのように、アクシアは最後の言葉を発言した。
『 凍る大地! 』
アクシアの杖から放たれた吹雪が、直下の溶岩へと向かっていく。そして接触と同時におびただしい水蒸気を発生させ、緩やかに落下を続ける僕たちの視界を覆った。
足元に迫っていた熱気が冷気へと変わったのはそのすぐ後だった。僕は風水術で風を発生させ、視界を隠していた水蒸気を吹き飛ばす。
そこには、僕たち九人が着地するには十分な氷の足場が出来上がっていた。
一人、また一人とそこへ着地していく。
「アクシア!」
「大丈夫です……」
一瞬ふらついたアクシアを、サラが支える。
溶岩の海すら一瞬で凍らせたんだ。そうとうな魔力消費量だったはず。
「さて、疲労困憊であるところ申し訳ないのですが、この後の展開について相談しましょう」
なんか場違いのように感じられる、透き通った声がする。
「足場の時間的猶予もあまりなさそうですしね」
アドニスだった。彼女はそう言って、足元の氷をトントンと軽く踏みつける。
「金髪のエルフのお姉さん。風浮遊で崖の上まで持ち上げようとした場合、何人まで同時にいけますか?」
僕らの返事を待たず話を進めるアドニス。軍師らしく、状況の確認を始める。
エルフィはサラと視線を合わせ、彼女が頷くのを確認すると可能人数を告げた。
「四、五名は行けると思う。この人数全てを一度には無理だ。一度往復する必要がある」
おそらく、僕の領域込みの数字だろう。
「青髪の片目が隠れたお姉さん。足場の維持を行えるだけの魔力はまだお持ちですか?」
「……申し訳ないですが、難しいです。あと中級の攻撃魔法をいくつか撃てれば御の字と思ってください」
溶岩を一瞬で凍らせること自体、離れ業だ。魔力のほとんどを使い切っていたとしてもおかしくない。
「だとすると、往復する件は無しですね」
そう言って、アドニスは上を見上げた。
「そもそも、のんびり往復を待ってくれそうな状況でもなさそうです」
つられるように、僕らも上を見上げた。
風水士だとか、精霊魔法士だとか、そんなの関係なしに、皆が理解した。
"いる"──と。
絶望が、逃れられない死が、"人"という種ではどうにもできない、小さな太陽がそこにあると。
「火の箱なら……」
絶望的な状況から逃れようと模索していた中で、一つの可能性をそこに見出した。
"絶消"の摂理干渉。当てさえすれば、きっと精霊王だって消せる!
「それはダメです……」
サラの肩を借りているアクシアが、か細い声で言った。
「どうして!?」
「"絶消"は『この世に存在するあらゆる物質』に対して有効なんです」
「あ……」
そうだ、精霊は──
「精神体である精霊には──効果がありません」
ご覧いただき、ありがとうございました。
あなたのブックマーク登録や【☆☆☆☆☆】で頂ける評価ポイントが、新たな創作の励みになります。




