第20話 知ろうとしないこと
夢を見る。
昔の夢を。
何も知らなかった時代。無知で無力な子供の頃。
何も識ろうとしなかった頃。
『なんで裏切られたかって?』
その男は言った。
『"信じた"からさ』
下種な笑みを浮かべて言った。
『なんで利用されたかって?』
その男は言った。
『何も"知らなかった"からさ』
知らないことは罪なのか?
──違う
疑わずに妄信していれば楽だった。
彼についていけば"大丈夫"だと、思考を放棄することは楽だった。
そこに罪があるのだとすれば、"知らない事"よりもさらに前。
知ろうともしないこと。思考することを、選択することを放棄したこと。
知ることにおける"怠惰"の罪。
──そして、取り返しのつかない事になった。
打ち付ける雨。圧し掛かる瓦礫。流れ滴る血。
無知であることは、"選択肢"がないということ。
無知であることは、"利用される側"でしかないということ。
知ろうとしないことは、"知っている側"にとって都合が良いこと。
(死にたくない、知りたい)
自分の動機の源泉。
もし"次"があるなら、知ろうとしないのではなく、識るために動こう。
もし"次"があるなら、"選択肢"を選べるように。
もし"次"があるなら、"利用される側"にならないように。
失われていく血。落ちていく体温。薄れていく意識。
(知りたい……死にたくない……)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何かに突き動かされたかのように飛び起きる。
全身に感じられる汗が不快だった。
僕にあてがわれた個室を見回し、夢であったことを察して安堵する。
そして安堵ののち、訪れる後悔。
「僕は……何も……変わってない」
そう呟いた。
"あの頃"に比べ、いくらかの知識は得た。"あの頃"に比べ、いくらかの力も得た。
僕は手のひらを上に向け、風水術で風を起こす。撫でるような簡単な風なら、もう祝詞の詠唱も必要ない。
さわやかな風が、不快だった汗を乾かしていく。
その風を維持したまま、僕は別の事を実行する。
空気の滞留を維持。水の精霊力の排除。帯電の力場の形成──
風の上位元素、"雷"の生成。
四大元素には、全て上位元素と呼ばれるものがある。
火の上位元素"炎"。水の上位元素"氷"。地の上位元素"金剛"。そして、風の上位元素"雷"。
火と水の上位元素は純粋に温度の高低によるもので、上位元素の中でも難易度はそう高くはない。
火は一定の高温に達すると青くなり、この状態を"炎"、別名"紫炎"とも呼ばれる。
水は一定の低温に達すると固形化し、この状態で上位元素の"氷"となる。
地の上位元素である"金剛"はおもに硬度で、それも火や水の温度調整と比較して、さほど難易度は変わらない。
そして上位元素の中で、最も発現・維持が難しいとされているのが風の上位元素、"雷"だ。
空気の滞留を維持し、水の精霊力の排除し、帯電の力場の形成し、生成された電流を放つ。発現までの工程が他の上位元素よりも格段に多いのだ。
「痛たッ!」
帯電の維持に失敗し、手元で霧散した雷に軽く手を叩かれた。
それでも、上位元素の中で最も難しいとされる"雷"の生成を、魔力消費なしでやってのけたのは本来であれば──喜ぶべきことだ。
でも、僕の心は晴れなかった。
「こんなこと……ばかり……」
知識が増えても──力を得ても──僕の本質は変わってはいない。
あの、"絶望の瓦礫"から這い出した時のまま。
「僕は……何も……変わってない」
もう一度、同じ言葉をうわごとのように繰り返した。
ただ臆病だっただけだ。
疑わずに妄信していれば、楽だったから……。
ご覧いただき、ありがとうございました。
あなたのブックマーク登録や【☆☆☆☆☆】で頂ける評価ポイントが、新たな創作の励みになります。




