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第19話 草花の名 石の姓

 ブラッドルビー。僕にとっては初めて目にする魔石だ。

 

 そして、その名称には聞き覚えがある。確か──

 

「よくご存じで。かつて世界樹の学院(ユグドラシル)でも三指に入った教室(クラスタ)と同じ名を持つ、最高級の魔石の一つです」


 サラの呟きに、アドニスがそう反応した。


「"庭園"のギルマスが、ボクにこれを?」


「ええ。こたびの感謝と友好の意を込めて、秘蔵の一石をお贈りする、と。そのギルド名からよく花を愛でているようなイメージがあるのですが、花だけではなく光物もこよなく愛しているようでして……」

 

 ここでいう"花"は、多分"女の子"のことを暗に示している気がする……。

 

「花を愛で、鉱石を収集するか……。まるでかの、世界樹の学院(ユグドラシル)の賢者たちに(なら)うようじゃないか」


 草花の名に、石の姓。

 

 世界樹の学院(ユグドラシル)において、一角(ひとかど)の魔法士として認められた者にのみ名乗ることを許される姓名。

 

 姓は教室を治める室長のものを名乗り、名はその教室入りを認められた際、室長より草花の名から与えられたという。

 

「ああ、そういえば、キミの名前も──確か同じ音の花があったね、アドニス君?」


「よくご存じで。ですがそれは、あなたも同じでは?」


「なに?」



 ──周囲の空気が、変わった。

 

 

 何と言い表せばいいのか、分からない。

 

 重い。空気に押しつぶされる。

 

 寒い。肺が凍る。

 

 この重圧は、サラ──? それとも、アドニス──?

 

 

沙羅双樹(さらそうじゅ)──。この世界ではない、遥か遠い異界にて咲く、死と再生を意味する聖なる樹、というのを聞いた事があります」



 空気が、はじけた。

 

 張り詰めていた糸が切れ、サラの表情が凍る。

 

 アクシアが、声にならない声を飲み込む音がした。

 

「違いますか?」


 そう言って、アドニスがサラの耳元に口を寄せる。

 

 サラとアクシアは呆然としたまま、動こうともしない。



「****・*******?」



 そして、僕からは聞き取れない小声で、サラに何かを呟いた。

 

 何かが、僕の中を()き立てた。

 

 気が付いた時には、僕はサラとアドニスを力づくで引き離していた。

 

 この二人を、これ以上近付けてはいけない(・・・・)

 

「おっと、失礼。少々おふざけが過ぎたようです」


 無理やり引きはがされたのを気に留める様子もなく、アドニスは屈託なく笑う。

 

「──? "妖精の旅団"も、確か女性のみの集団であったと記憶していますが、君、男性ですよね?」


「なっ!?」

 

 た、確かに童顔で男らしいとは言えない顔かもしれないけど、あんまりな問いかけに一瞬頭に血が上りそうになる。

 

「つい数日前に加入した期待の新人さ。彼の能力を知ったら、希少技(レアスキル)大好きなキミのギルマスは垂涎ものだろうよ」


 いつもの調子の、サラの声が聞こえてくる。

 

 (ありがとう、ルー君)

 

 今度は僕にだけ聞こえるような小声で、そうささやいてくる。

 

「どんな希少技(レアスキル)の持ち主でも、アレ(・・)が男性を欲するとは思えませんが……」


 彼女も"庭園"では新人とのことだが、その新人に"アレ"呼ばわりされるギルドマスターって……。


「実は本日、お礼以外にもう一ひとつ、用件があってこちらへ伺ったのですが」


「"庭園"への勧誘かい?」


「おや、話が早い」


「有名だからね。ボクはそちらの"庭師(ガーデナー)"のお眼鏡にかなったと言う事かな?」


「ええ。それもあなただけではなく、"妖精の旅団"全員を迎え入れると。ただ、事前に最新の情報を仕入れていなかった私の非でもあるのですが、そちらの彼に関しては男性なので見合わせてもらうことになると思います」


「なるほどなるほど。いやー光栄だね、五大ギルドの一角にパーティごと勧誘してもらえるなんて」


 あ、分かる。まだ付き合いは浅いけど、笑顔で話しているこの声のトーンは絶対怒ってる……。

 

「アクシア。水」


「はい」


 そんな必要最小限のやりとりの後、アクシアが右足で地面を叩いた。

 

「わっぷ!」


 次の瞬間、アドニスの頭上から突如水が降り注いだ。

 

「……これが返答ということでよろしいですか?」


 綺麗な銀髪や白い顔に水を滴らせながら、笑顔でアドニスはそう言った。

 

「"庭園"のギルマスによろしく伝えておいてくれ。『おとといきやがれ』ってね」



   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ボクとアクシアは、あのいけすかないアドニスが出ていった扉をいつまでも眺めていた。

 

 ルー君は水びだしになった床を掃除するため、清掃道具を求めて宿の使用人を探しに行ってしまった。

 

 ──いい子だよホント。聞きたいこと、山ほどあるだろうに。

 

「面倒なことになると予想はしていましたが──これは想定外でした」


「あはは」


 苦笑いを浮かべるしかない。

 

 "庭園"のギルドメンバーを助けたことに後悔はないが、さすがにこの事態はボクも予想外だった。

 

「サラは──彼女は──」


「ああ、ボクの真名(・・・・・)を知っていた」



 彼女の目的が──いや、最悪"庭園"そのものが──ボクたちの目的と被らなければいいのだけれど……。


ご覧いただき、ありがとうございました。


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