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第17話 神の拳

 「うわっ!」

 

 サラの掌底(しょうてい)打ちに軽くふっ飛ぶ。

 

 "打つ"というよりは"押し出す"といったような手加減されたものだったけど、僕の体はバルコニーの半分くらいの距離を滑走した。

 

 第五階層でグランドタートルを討伐した翌日。僕は拠点宿のバルコニーでサラに稽古をつけてもらっていた。

 

 "発勁(はっけい)"を会得する上での、基本的な型や立ち回りを習っているのだが……

 

「い、一方的にボコられているだけな気がする……」


 体を起こしながら、そんな愚痴を漏らした。


「一方的なものか」


 その愚痴を、どうやらサラはお気に召さなかったらしい。

 

 口を尖らせ、腰に手を当てている姿はどこか可愛らしかった。

 

 ──これが素手で、第四階層の番人級である大魔亀(グランドタートル)を屠ったなど、誰が信じるだろうか……。

 

「これだけの時間立ちまわって、ボクの有効打なんて数えるくらいじゃないか。もう少し発散──もとい、"歩法"の重要性を説くいい導入になると思ったのに」


「──いま発散て言った?」


「──言ってない」


 ぷいっと、顔を真横に向ける。子供か!

 

 昨日のアクシアとのやり取り。彼女の中ではまだ割り切れないものがあるらしい。

 

「いい体つきをしている以外にも素養はあったのかな? ルー君、何かやってた?」


「え?」


「"歩法"というか──間合いの詰め方、立ち回りが素人じゃない」


 その言葉に、僕の心臓は早鐘を打った。

 

 

 思い出したくない過去(・・・・・・・・・・)が、次々と脳裏に浮かんでは消える。

 


「──まぁ、"戦神流"とは違うみたいだけど。いいよ、言いにくい事なら無理に言わなくて」


 その時の僕は……どんな顔をしていたのだろうか。そう言ってサラは逃げ道を用意してくれた。

 

「遺跡に挑む理由を含めて……ボクも……ボクたちも、全てをキミに話している訳ではないしね……」


 過去を詮索されなかったのは嬉しいけど、それは同時に"自分たちの事も聞いてくれるな"という拒絶に感じられた。

 

 妖精族であるならば、その大半は人間よりも寿命は長い。更に高位の魔法士ともなれば、人間ですら見た目と年齢は一致しない。

 

 サラたちの過去に触れようとするには──それなりの勇気が必要な気がする。

 

「"戦神流"と違うとか……分かるの?」


 話題を変えたくて何気なく選んだ言葉だったが、ひょっとしたらそれすら彼女の過去に足を踏み入れた言葉だったかもしれないと、少し後悔した。

 

「ん? まぁ基本的な立ち振る舞いくらいならね。昔ちょっとやり合った」


 僕の不安を他所に、サラは何でもないという風に答える。


 その答えは答えで、結構衝撃的だった。


「や……やりあった!? "神の(こぶし)"と!?」


 この大陸で、絶対に敵に回してはいけない集団や国家は大きく分けて三つある。

 

 そのうちの一つが戦神を奉ずる戦神教団──具体的にはその中の組織の一部で、素手で戦う聖職者、修練僧(モンク)だけで編成された修練僧兵団。

 

 通称、"神の拳"。

 

 戦神流はその修練僧たちが修めている体術で、一兵単体の質だけでいえば大陸最強と噂されている。


「べ、別にこっちからケンカを売ったわけじゃないぞ! むしろ売ってきたのは向こうで! ……まぁ、簡単に買ったボクの方にも、責任が全くないといえば嘘になるかもだが……」


 取り乱すサラ。

 

 そのトラブルをしょい込んた時の、頭を抱えるアクシアがなんとなくイメージできた。


 いや待って。その時アクシアは一緒だったのだろうか?

 

「このパーティって──"妖精の旅団"のみんなって、いつから一緒に?」


「…………」


 過去の詮索を避けようとしていたのに、沸いて出た疑問・好奇心を満たさずにはいられない自分の性格を少しだけ呪った。


「昔……ずっと昔……それこそ、世界樹の遺跡が王国によって解放されるよりも、ずっと昔さ」


 そういったサラの表情は、ここではないどこか遠くを見ているような気がした。


 王国に管理されていた遺跡が一般開放されるより前。──だとすると、どんなに少なくても一年以上前ということになる。

 

 彼女の口ぶりからすると、それよりも遥かに古い付き合いなのかもしれない。


「その長さの分だけ、アクシアの苦労が伺えるね……」


「いやぁはははは。まぁなんだ、清く正しく生きてれば、"神の拳"とやりあうことなんて、そうはないから、キミには無用な心配だよ」

 

 そう言ってサラは苦笑いを浮かべ誤魔化した。

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 『"人智の及ばない神秘"も"不都合な真実"も、たいていは側でそれを守る者がいて──たいていは、好戦的です……』

 

 

 『清く正しく生きてれば、"神の拳"とやりあうことなんて、そうはないから』

 


 この時は思いもしなかった。

 

 

 この先、世界樹の遺跡の高層で──僕は"戦神流"の使い手と壮絶に殴り合う事になる。

 

 

 己の存在意義、願い、その想いの全てを互いに賭けて。


ご覧いただき、ありがとうございました。


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