第16話 反響音
「おや、いまごろ到着かい」
アクシアと共にサラのところへ歩み寄ると、ちょうど庭園のメンバーと別れた後だった。
「後日正式にお礼に来てくれるらしい。五大ギルトの一角だ。これは期待していいんじゃないかな?」
「サラ」
ご機嫌な様子のサラを、アクシアが強い口調でたしなめる。
「安易に治癒を施すのは──やめてください」
「それは承服できないと、前にも言った」
サラの口調がきついものになる。
「あなたのために言ってるのです」
負けじと、アクシアの口調もきつくなっていく。
「だからあの子たちや……ルー君のことも見殺しにしておけば良かったと……そう言うのかい?」
「それは……」
「それに、ボクのためだって? 自分の使命の間違いじゃないのかい?」
パンッ!
石の空洞に、乾いた音が反響した。アクシアが、サラの頬をはたいていた。
「あ」
サラの頬を叩いた自分の手を、アクシアが驚いた表情で見つめる。
「お二人ともそれくらいに。でないとノーネが──」
そんな張り詰めた空気を意にも介さないというように、エルフィが口をはさんだ。
──ノーネが?
「泣きますよ?」
「「あ」」
サラとアクシアが間の抜けた声を同時にあげる。
するとアクシアが、普段ののんびりした動きとは程遠いスビートで、両方の耳を手で塞ぐ。
ノーネの方を見ると、瞳に大粒の涙を溜め、いまにも泣き出しそうな状態だった。
「ああ、違う違うノーネ! 大丈夫、ダイジョウブ、ケンカじゃないよ~?」
慌ててサラがノーネを宥める。
アクシアは両の耳と髪の間から覗く右目を閉じ、いつ天変地異が来てもいいように覚悟を決めた表情をしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
サラが懸命にあやした甲斐あってか、ノーネはなんとか落ち着いた。いまはエルフィがノーネの頭を撫でて大人しくさせている。
「あーなんだ……」
その様子を見ていたサラが、アクシアの方に向き直った。
「すまない……さっきのは少し、意地悪だった……」
目を伏せ、叩かれた頬を抑え、サラが言った。
「いえ……わたしも……手をあげたことを謝罪します」
アクシアも叩いた手を抑え、視線を逸らしながら言った。
重い沈黙が流れる。何と声を掛ければいいのか、思いつかない。
前のギルドでは仲裁役など良くやっていたけれど(もっぱらガウルが原因だったけど)、僕はまだ、この二人のことをよく知らない。
そう、まだ出逢ってから、四日しかたっていないのだ。
「ノーネお腹すいたー!」
その声で、力の抜けたサラの膝が見事にガクッと曲がった。
「やれやれ、さっきまで今にも泣き出すかと思えば……ホントうちの問題児は本能に忠実だねぇ」
「ええ、まったく」
そう言ってサラとアクシアが顔を見合わせ、苦笑した。
「そろそろ帰還するとしようか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひとつ忠告しておこう。ノーネがガン泣きする予兆を見せたら、とにかく耳を塞ぐこと」
転移魔法陣まで戻る道中、先頭を元気よくあるくノーネを見ながら、サラがそんなことを言ってきた。
「──うるさいの?」
「そんなレベルじゃない。聴覚が鋭いアクシアにとっては、結構シャレにならないことなる……」
それを聞いていたアクシアが、深いため息をつく。
ああ、だからあんなに素早い動きで耳を塞いだのか。
「まぁ、一度機会があったら経験してみるといい。忘れられない体験になるだろうから」
「そんな、ノーネが泣くのを話のネタみたいに……」
ノーネの鳴き声が、どれだけ忘れられない代物かはまだ分からないけれど──僕には、サラの頬が叩かれた時の反響音のほうが、いつまでも耳に残っているような気がした。
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