第10話 獣の爪牙、終わりの始まり(後編)
「あの使えねークズ魔法士に、ギルドの火力が支えられてたって、そう言うのかティーゼ! どんな理屈で!?」
「あくまで第六階層と第七階層による、我々の状況の違いを指摘したにすぎないよ。後衛の火力低下の原因を外側ではなく内側に求めた場合、そこくらいしか差異がないからね」
逆に言うと、原因が外側──第七階層フロア側に無かった場合、ルクスの離脱が要因となっている可能性が高くなる。
「それって同時に原因が外側に無かった場合、ルクスの野郎でほぼ確定って話になるじゃねーか!」
私とまったく同じ思考に即至るガウル。相変わらず頭の回転は速いようで何よりだ。
「そもそも不味い携帯食でギルド内のモチベーションが下がり、それが戦闘時の士気にまったく影響していない事はないと考えると、あながち間違った話でもないのでは?」
「ぐっ……」
ガウルが顔をしかめる。
休憩の度に携帯食を不味い不味いと言って、一番悪態ついていたのは他ならぬ彼なのだ。
確かにルクスは魔法士としてはほぼ戦力にならなかったが、迷宮測量士や荷物持ちとしてはかなり優秀な部類だったと思われる。
一度の大規模探索で二、三泊することは多々ある。彼は十一名からなるギルドメンバーの食事管理から魔石、回復薬などの資源管理など、実によくやっていた。
「ルクスがいた時は携帯食などほぼ口にしていなかったな。休憩時の簡単な野営で、よくもまぁメンバー分の胃袋と舌を満たしていたものだ」
時間の経過とともに軽くなっていく食材や消耗品。重くなっていく金銀財宝や戦利品。その管理と運用をルクスは実に良くやっていた。
「……だが、魔法士としては使えねぇ」
「そうだ。その一点において、彼を切り捨てたことに私は異論はない」
このギルド──いや、私たちにとって、魔法士として機能しない者に用はない。
「三泊の予定だったが二泊──場合によっては今からの撤退も視野に入れておいた方が良い」
独占できる期間はできるだけ長く籠り、まだ手付かずな遺産を根こそぎ漁るのが定石だ。
だが、主力であった後衛の弱体化(厳密には従来の実力である疑いがあるが)、回復薬などの消耗資源の枯渇、何より迷宮測量がうまくいっていない。
「ああ、そういえば迷宮測量も彼の仕事だったか」
「……クソが」
何気なく口をついた独り言であったが、ガウルには何のことか察しがついたようだった。
第七階層の転移魔法陣までの帰路が怪しい。消耗資源の在庫も心もとない。退路を誤った場合、かなり厳しい状況になることが予測される。
いままではルクスの先導で進路を決めていた。いまにして思えば、迷宮の深度と消耗資源の在庫を測りながら、適切な進路を定めていたのだろう。
「帰還を言い出すのも──決まって彼だったな」
その度に、深追いしたがるガウルと口論になっていたが。
「あともう一つ、悪い知らせがある」
「ンだよ……」
「呪詛が返された」
「!?」
投げ槍気味に応じていたガウルの意識がこちらに向く。
「対策はしてあったのか?」
「対策といっても──診る者が視れば呪われている事の判別くらいは容易だからね。呪詛を気づかせない対策など、さほどないよ」
「そっちじゃねぇ! 呪詛返しの……ああつまり、テメーは大丈夫なのか!?」
なんだ、私の心配だったのか。
「無論そうなった時のため、変わり身の依り代くらいは準備してたので問題ない」
呪詛を掛けた術者に呪いを返す"呪詛返し"。当然、術者側にもそれから身を守る術はいくつかある。
「しかしこれで、私が上に行く以外、方法が無くなった……」
「………………」
「…………………………」
私たちの間に、沈黙が流れた。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
突如、上空から二人の沈黙を裂く咆哮が響き渡った。
視線をそちらに向けるまでもなく、私は呪文の詠唱にはいる。
視界の片隅にはガウルが、地面に叩きつた兜に手を伸ばしているのがみえた。
「密集陣形ッ! すぐに二陣、三陣、続けざまに来るぞ!」
ガウルがギルドメンバーに指示を飛ばす。
この第七階層と"獣の爪牙"は、あらゆる意味で相性が悪かった。
狭い迷宮で、堅牢な前衛が防衛している間に後衛の魔法士が強力な魔法を撃ち込むという、本来我々が得手としてきた戦術がまともに機能しない。
敵の進路を制限できない開けた荒野であり、何より大半が空からの襲撃となる。
ギルドメンバー総勢十一名、その状態で欠けることなくここまで良くもったと内心思っていたが。
──いや、ルクスがいないので今は十名だったか。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
「来るぞ!」
怪鳥ガルーダの咆哮が響く。
詠唱を終えた私は、杖を上空に向かって振りかざした。
──そして、壮絶な撤退戦が──終わりが始まった。
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