異世界転移最強猫の後始末 〜猫になりたくて研究してたらついでに最強魔法を覚えたり異世界転移して、いじめられっ子の少年に力を与えてしまいました。弟子の後始末はボクがします〜
久しぶりの短編となっております。よければ最後までよろしくお願いします。
ボクは猫になりたい。
と、いうことで、ひたすら怪しい本やらオカルト的なものとか魔術的なものとか宗教的なものに手を出した。どれも根拠も前例も無いから、全て手探りの状態だった。しかし、ボクはどうしても猫になりたいんだ!
だって、絶対楽しいもん!
そうして研究を初めて二年。
「き、来た……!」
ついに耳と尻尾が生えた! それも、ボクがなりたいと望んで止まなかった白猫そのままの純白さ!
ボクは希望を見出した。ここまでの二年間。全然関係の無い魔法ばっかり覚えたりしてたから、目に見える進捗に思わず泣いてしまった。尻尾の触り心地最高。
満足したボクはいつも通りガスの通ってないコンロに魔法で火をつけて、それから水を生成してごくごくと飲んだ。
さあ、ご飯を食べたらすぐに再開だ!
そうしてさらに三年。
「こ、これでいいはず……」
ボクは白い毛の生えた手で、真っ白い魔力の床へ魔法陣の最後の文字を書き終える。
あとはこの上に乗って魔力を起こせば、ボクは完全な猫となって、人生、いや猫生を謳歌できるはずだ。ついでに異世界へ転移するはず。ああ、さよなら忌々しい人間。さよなら地獄の日常!
ボクは、魔法陣の中へ飛び込んだ!
「おお、おおお……!」
漫画やアニメで見た通りに、視界が白く染まったーー
ーー ーー ーー ーー ーー
光が収まって、鼻腔を青々しい若草の匂いが刺激した。……どうやら、ボクの体は横たわっているようだ。ボクは目をつぶったまま、体を動かしてみた。
今のボクの体は明らかに人とは骨格が違うし、筋肉も違う。試しに地面を踏んでみると、手の裏に柔らかい感触を感じて、それから草を感じた。
ボクは目を開く。
そこには、立派な白い毛並みの前足があった。
「にゃあああああああ!」
やったあああああ! 成功だああああ! でも、全然体動かない!
猫の体の動かし方を知らない脳みそは、頑張っても前足を曲げたり伸ばしたりすることしかできなかった。けれど、そのどれもがボクに最高の幸せを与えてくれる。
にゃんにゃん自分の鳴き声を堪能していると、自分の声の間に何かが近づいている音がした。聴覚も鋭くなってるね。
ボクは首をもたげてその方向を見る。微動だにせずにじっとその方向を見つめていると、一人の茶髪の少年が姿を表した。
「やっぱり。こんなところに子猫がいるなんて。危ないよ」
彼はボクの身を案じてくれているようだ。とても助かる。今のボクでは、たぶん逃げることはできないからな。
「親猫はどこにいるんだろう。とりあえず、一回連れて帰ってあげようかな」
少年はボクを抱き抱えて立ち上がった。高くてちょっと怖い。
少年の肩の上でボクは精一杯の感謝を伝える。
『ありがとう』
「どういたし……え?」
少年は驚いた顔でボクを見た。
「は、話せるの?」
『ああ、話せるよ』
「な、なんで?」
『たくさん魔法を勉強したからね。翻訳も正しいみたいだ』
にゃはんと耳元で誇らしげに鳴いてやると、少年は困惑した様子でボクを三度見した。いやだなぁ。いくら可愛らしいとはいえそんなに見ないでおくれよ。
それにしても慣れないこの体。うーん。飛び跳ねたり狭い隙間を液体みたいに通り抜ける体験はまだ先かな。
「えっと……。君って猫?」
『見ての通り猫だよ。あ、でもついさっきまでは人間だったかな』
「も、もうよくわかんないや」
異世界だから当たり前かと思ったけど、そうでもないのかな、テレパシーは。
『そろそろ降ろしてくれていいよ。自分で動くから』
「わ、わかった」
少年はボクを地面へ降ろした。けれど、ボクは変わらず自分の力では立てない。だから、魔法を使うことにした。
体を浮かせる魔法だ。
見えない力で体が支えられて、ボクはふわりと少年の顔の前まで浮かぶ。やっぱりちょっと高いから少し低くしよう。それを見て少年が何度目かの驚き顔になる。
「ま、魔法?! どうして魔法なんて使えるの?」
『さっきも言ったじゃないか。どうしたんだい、そんなに驚いて。ここは異世界だろう? 魔法のひとつやふたつぐらいあるはずだ』
「何を言ってるんだよ。魔法はもうとっくの昔に失われた技術だ。もうこの世界には存在しないよ」
『……そうなのかい?』
それは残念だなぁ。最後の一年は純粋に魔法が楽しくなっちゃってたから、この世界で未知の魔法と出会えるのを楽しみにしていたのに。
尻尾がボクの萎えた心と連動して、おしりから垂れ下がった。
と、しょげて折れた耳にも音は届く。
『人じゃない音がする。それも空を飛ぶような音がたくさん』
「ええっ?! ど、どうしよう。俺、戦えないよ?! 学校でも剣術は最低ランクなんだ!」
『そうなのかい? なら、魔法にでも手を出してみる?』
「そんな冗談言ってる場合じゃないよ! ほら、逃げないと!」
『それはつまらないなぁ』
ボクはそう言って笑う。少年は、はぁ? と焦った顔でボクを見た。ボクは、意気揚々と音の近づく方へ体の向きを変えた。
そして、考える。なんの魔法を使おうか。なんでもいい気がするから悩んでしまう。そうだなぁ。
よし、これで行こう。
『いくよ!』
ボクが頭の中で想起すると、ボクの体の二倍はある大きさの八つの水色の魔法陣がボクの周りに現れた。
もう無詠唱でなんでも魔法が使えるようになってしまった。しかも、この世界は魔法の元となる力が飽和していて、小さな魔法なのに大きな力が発してしまうようだ。
ちゃんと加減しないといけないね。
敵は、木の影から姿を表した。それは巨大なハチの大軍だった。どれもボクより大きい。だけど、魔法陣よりは小さい。
可哀想に。ボクを弱者だと勘違いしたのかな?
『勘違いは、罪だよ』
ボクはあの世界の“学校”を思い出していた。
ちょっと人より頭が良いからって異物扱い。妬まれ蔑まれ、普通じゃないって責められて。頭の悪い馬鹿ばっかりで、大人も大したことなくて、親も白旗を上げてボクを教育して。
全部勘違いなのに。ボクは何もおかしくないのに。ボクは、優秀だったはずなのに。誰もわかってくれない。誰も理解してくれない。
だからボクは、人間が嫌いだ。勘違いが嫌いだ。ちゃんと物事の本質を見る猫はーー大好きだ。あと可愛い。
おっと、そんな雄弁に頭の中で語ってる場合じゃないや。
『残念。ボクはこの世界じゃ強者なんだ』
魔法陣が淡く光る。
『ごめんね』
大量の氷柱が生成。同時に、ハチへ向けて発射される。
氷柱の横殴りの雨に体を貫かれ凍らされたハチたちは、次々と地面へと落ちていった。
残ったのは、木漏れ日と白い冷気。あとは凍ったハチと、森。氷柱を発した方向の森が凍りついてしまった。
『……やりすぎちゃった』
「す、すごい……」
少年は、若干引き気味でボクを見ていた。
ボクは少しがっかりする。この反応はボクが前に何度も感じていたものだ。畏怖というのだろうか。ともかくボクはそれは好きじゃない。少なくとも良い感情ではないから。
「あ、あの、猫さん!」
『なんだい。君もボクが異常だって言うのかい』
「そんなわけないよ! あの、すごすぎて言葉を失ったのは確かだけど、でも、俺、なんか感動しました!」
『はあ?』
ボクは少年の目を見た。するとどうだろう。キラキラと輝くサファイアのような目じゃないか。今度はボクが引く番だった。こんな目は、初めてだ。こんな感情を向けられるのは……久しぶりだ。
ボクは少し、上機嫌になった。
『魔法を学んでみたいかい?』
「はい!」
『いいよ。教えてあげよう。その代わり、条件がある』
「はいっ、なんですか?」
『ボクを師匠と呼ぶこと。ボクに美味しい……魚を三十日に一度は食べさせること。そして、ボクを可愛がってくれることだ』
「もちろん、全部やります!」
『よし、ならいいだろう』
ボクは地面にぽすんと座った。そして、少年の顔を見上げる。
『君、名前は?』
「俺はベルって言います」
『よし、ベル。よろしくね』
「はい!」
―― ―― ―― ―― ――
『……ここがベルの家?』
「は、はい。汚くてすいません」
『いいや、これは汚いというか……』
ボクはそのあまりの酷さに言葉を失った。
ベルの家の壁は汚い言葉の落書きで埋め尽くされていて、周りはゴミが散乱している。まさに目も当てられないような状態だ。
『何があったんだい?』
「ちょっと、いろいろありまして」
『いろいろ、なんて誤魔化すのはやめなよ』
ボクはベルの正面まで浮かび上がった。
『ボクは君の師匠なんだ。だから、きちんと聞く義務がある。ほら、話してみなよ』
ベルは少し困ったような表情になって、それから顔をそらしてぽつりぽつりと語り始めた。
「あの、師匠は別世界から来たんですよね?」
『ああ、そうだよ』
「この世界は、基本的に実力が全てです。俺はその中でも底辺の底辺。剣もまともに扱えなければ、弓も槍も使えません。だから、なんというか」
『虐められてる?』
ベルはこくりとうなずいた。やっぱり、そんなことだろうとは思ったけど、どこの世界も変わらないね。異世界だから、なんてことはないんだ。
人間という人種は変わらない。
ボクは密かに怒りを感じていた。だから、一層やる気が出た。
『見返してやろうよ』
「え?」
『君はこれから、この世界でも数少ないであろう“魔法使い”になるんだ。そうすれば、君を虐めるようなやつらなんて、赤子の手をひねるように倒して屈服させることができる』
ベルは目に戸惑いを浮かべた。ボクはここまでの道のりの会話やそもそもの出会いからして、彼が優しい人間であることを理解した。ボクの今までの人生でも身の回りに居なかった人種だ。ボクは普通に扱いに困っている。あまりにも純粋だ。
だから、少し気になった。ベルに魔法を教えたらどうなってしまうのか、と。
「屈服、なんてさせませんよ」
『え?』
ベルは、ボクの方を見た。その表情はどこか希望に心を躍らせているようで――
「師匠、今日からよろしくお願いしますね」
『あ、ああ。ま、せいぜいついてくることだね』
家の中は、思っていたよりも普通だった。ボクは木製の机へ降り、横になってベルに言った。
『さあ、まずはボクの体を撫でておくれよ』
「え、いいんですか?」
『もちろん!』
触られる喜びとやらを知りたいんだ。猫になった今、それはとても気持ちのいいことだろうから。
ベルの男の手が、ボクの体を優しく撫でた。うーん、背中を毛並みに沿って撫でられるのもいいけれど、やっぱり首かな。ここが一番気持ちが良い。
と、思ったら、ベルの手がボクの尻尾の付け根に触れた。
「にゃん」
「え?」
ボクは恥ずかしくなって、もがいてベルの手から抜け出した。
『……ボクは女の子だからね?』
「え?」
『とりあえず、尻尾の付け根は禁止だ!』
「は、はあ」
なるほど。猫の性感帯っていうのはこんな感じなんだね。……これは、あの時期が来ると大変なんだろうなぁ。
『そ、そろそろ、魔法の勉強を始めようか』
無理矢理話題を変えると、ベルはきょとんとした顔をしていた。とりあえず、その目の前で空気を弾けさせる魔法を使ってやった。
こうして、ボクとベルの修行が始まった。
―― ―― ―― ―― ――
それからおよそ二週間。
『ほんと、君は要領が良いね』
「そんな言葉、これまでに一回もかけられたことないですよ」
そうは言っても、魔法に関してはそう見えるのだ。人、いや、猫に教わっているとは言え、こうもぽんぽんと上級魔法(ボク調べ)を覚えてもらっちゃうと、ボクの肩身が狭いや。
ボクは自由に動かせるようになった体で、ぐーっと伸びをした。猫の伸びは最高に気持ちが良いね。
「あの、師匠。ここの単語は、大きさを指定しているんですかね?」
『うん? いいや、これは大きさじゃなくて、質を指定しているんだ。魔法のスペルで大きさを指定する単語は無くて、そこは術士の魔力の扱いに左右される。代わりに、質を変化させる単語が存在するわけだね。見てて』
ボクは魔法を唱える。
『バーン』
実験でよく使うレンガの上に赤い魔法陣が浮かび上がって、ろうそくの炎のようなか弱い炎が発生した。続いてもうひとつ唱える。
『バーン・ネール』
さっき生まれた炎の隣に、今度は若干赤紫っぽい魔法陣が生まれて、今度はボクの世界で言う百均のスライムのような、赤い粘ついた物体が現れた。
『つついてみなよ』
促されて、ベルは恐る恐る指を伸ばした。つんと触ると、赤い物体は外からの力に合わせて形を変える。そして、ベルは脊髄反射で手を引いた。
「あ、熱い……けど、耐えられないほどじゃないですね」
『うん。これが質の変化だ。他にも、超高温にしたり、気体状にできたりもするけど、それは難しいからまた今度ね。今やるのは別の課題だ』
「そうですね」
ベルが席に着いて、それから羽ペンを持ってカリカリと羊皮紙に文字を綴る。書きながら、ベルはボクを見ずに言った。
「また今度教えてくださいね」
『ああ、もちろんだ』
けれど、ボクはなんだか教えてはいけないような気がしていた。
風が窓を揺らして音を立てた。
―― ―― ―― ―― ――
ボクがベルに魔法を教え始めてから、半年が経った。
ベルは、いつの日かボクの前から姿を消していた。
その日、とある兵士の養育場が燃えたらしい。
―― ―― ―― ―― ――
彼は力を手に入れてしまった。
今ややりたい放題。あらゆる悪事を行っている。
あの善人が、力を手に入れた途端にこうも豹変してしまうとは。ボクも予想外だった。
これはボクの好奇心が始めたことだ。だから、この後始末は師であるボクが取るしかあるまい。
『あの日々は、楽しかったのになぁ』
にゃあ、とボクの寂しそうな鳴き声が、造られた曇り空に上っていった。
―― ―― ―― ―― ――
――酷い有様だった。
ベルが乗っ取ったその国には、兵士の無惨な亡骸がゴロゴロと転がり、家々は破壊され、家の中は描写も躊躇われるほどの惨状だ。
そして、ボクは風の便りである噂を聞いていた。
曰く、魔法使いは同士を増やしている、と。
物陰から、二つの人影がボクの前に躍り出た。
「教祖様の言っていた、純白の猫だ!」
「殺せ!」
ボクはふうと息を吐いた。二人の魔法使いは、ボクに向けて魔法を唱える。だが、あまりの遅さにボクは困ってしまった。ベルはいったいどんな教育を行ったんだろうか。こんなレベルでは力を持たない人間にとっては驚異だろうが、ボクにとっては赤子の手をひねるのと変わりは無い。
ボクは無詠唱で魔法陣を展開する。
「ええっ?! い、いつ詠唱を」
詠唱が必要だと思っているのなら大間違いだ。
それは、魔法の本質じゃない。
魔法とは、術士の心と連動するものだ。自分のやりたいことを全て察してくれる、親友のようなものだ。ただの道具じゃない。
『ばいばい』
ボクの背後で、白い門が開いた。二人の魔法使いは目を丸くする。
悪いけど、しばらくここでお休みしてもらおう。ボクの作った特別な空間だ。
白い門から伸びる手に掴まれて、二人の魔法使いは悲鳴をあげながら白い光の中に消えていった。
ボクはテクテクと歩みを進める。そして、大きくため息を吐いた。
『まったく。懲りないねぇ。そんなにベルを守りたいのかな?』
ボクは五十を上回る数の魔法使い達へ向けて、そうぼやいた。
―― ―― ―― ―― ――
そうして進み続けて、ボクは大きな城の大広間にたどり着いた。
『はー。疲れた疲れた。久しぶりだね、ベル』
「……あなたを疲れさせることができたなら、彼らも本望でしょう」
ベルは、黒いローブに身を包んでいて、雰囲気もボクと初めてあったころとはまるで変わってしまっていた。ボクは雄弁に話しかける。
『調子はどうだい?』
「まずまずです。無詠唱もだいぶ慣れてきたんですよ?」
『そうかいそうかい。無詠唱であることを誇るうちは、まだまだ未熟者だね』
ボクがそうあおると、ベルの眉がぴくりと動いた。そして、苦々しい表情になって話はじめる。
「こうなったのは、あなたが俺に力を与えたからなんですからね?」
『そんな喋り方を教えた覚えは無いけれどね。教祖気取りかい?』
「あなたがそう思うならそうなんでしょうね」
その怒りたるや、こめかみに青筋が浮かぶほどだ。ボクは猫の肩をすませてみせた。まったく、本当にベルは、どうしてこんなにも変わってしまったのか。
ボク自身、反省しない点が無いわけでは無い。ボクは彼の道を正すことができたはずだし、気づいていたはずだ。それをないがしろにして、放ってしまった。それはボクの責任。
『……ボクもね、君と同じ境遇にいたんだ』
ボクは独り言のように語り出す。
『ただ、ボクは君とは違った。ボクは、その恨みをボク自身。いや、ボクではない、他のものに向けた。それが魔法だ。オカルトだ。ボクの世界にも、魔法は無かった。いろいろな文献を漁って、ほとんど暇つぶしのような気分で始めたことだったんだ』
「あなたが俺と違っただけだ。あなたは何も悪くない。ただ、ボクに力を与えるという過ちを犯しただけだ」
『ほんと、そんなつもりは欠片も無かったんだけどね』
自嘲気味にそう言うと、ベルは無言で手のひらをボクへ向けた。戦いの合図だ。ボクはいやいやというふうに首を振る。多分、ボクの尻尾は垂れ下がって地面の上をゆらゆらと左右に動いてるはずだ。
まあ、こうなったら仕方がない。
『けりをつけてあげるよ』
全力でね。
ベルは身構えた。そして、魔法陣を三つ展開する。まったく、そんなものでボクに勝てると思っているのかな?
『三つの魔法陣で何をするっていうんだい?』
「この部屋の魔法陣を、発動させる」
ピリッとボクの肌を嫌な魔力が刺激した。ボクはすぐに魔力でバリアを張る。すると、地面が灰色に輝いた。
この魔法は、衰弱の魔法か。もっと下の階層が発生源だ。結界も張ってあるし、解除は面倒だね。
『狡い手を使うね』
「なんとでも言ってください。俺はこの世界を正すんだ。魔法の才で生き方が決まる世界に!」
『自分がやられたことをやり返したいだけじゃないか』
「うるさい!」
ベルの魔法陣が新たに二つ増えて、そこから無数の氷柱の雨がボクのバリアへ衝撃を与える。足下の衰弱魔法も無視はできなくて、ボクはいつもの二倍の魔力を消耗させられている気分だった。
なら、短期決戦しかあるまい。
赤い魔法陣が三つ浮かぶ。そこから、火柱が地面と平行になってベルに襲いかかった。
ベルは慣れた詠唱でバリアを張る。ほう、なかなかやるじゃないか。
それからしばらく、魔法の攻防が続いた。試すようなボクの攻撃を、鮮やかなまでにベルは捌いてみせた。ボクも感心せざるを得ない。
しかし、終わりはやってくる。ボクの風の刃が、ベルの左足を奪った。
ボクはベルに歩み寄る。
『ベル』
ボクは彼の名を呼んだ。
「何も言うな」
『いいや、そうもいかない』
「何も言わないでくださいよ!」
その声は、悲痛に満ちていた。
「俺があなたに勝てないことは、誰よりも俺自身が知っている! だって!」
「俺は、あなたの弟子だから!」
……意地っ張りだね。男の子は。
自分の復讐をして、それで済まそうとしたら、そうもいかなくなった。そんなところじゃないのかな。まったく。哀れだよ。哀れで、可哀想な弟子だ。
ボクは床に腰を下ろした。そして、間を空けてから言う。
『ボクは、やり直そうと思う』
「……え?」
『ボクは、この世界で唯一で最強の魔法使いだ』
その時、ベルは何かを勘づいたようだった。さすが、ボクの弟子なだけはある。きっと、この世界全土を覆わんとしている巨大魔法陣の魔力に気づいたんだろうね。
ボクは窓の外に目をやった。巨大で果ての無い魔法陣が、雲を散らしながらどんどんとその範囲を広げ、青空を覆っていく。
『こうならなかった、素晴らしい世界のために、ボクはもう一度君に会いに行くよ』
ボクは、ボクの償いをしなければならない。この世界を狂わせてしまった異分子なのだから。
だから、ボクは全てをやり直そう。
「……師匠」
『今更師匠なんて、呼ばないでくれよ』
猫だって涙を流すんだから。
ボクは覚悟を決めた。魔法陣を発動させる。
世界を、真っ白な光が包み込んだ。
『またね』
「師匠……!」
にゃあんと声をあげた。
―― ―― ―― ―― ――
草の匂いがする。
体は地面に横たわっていて、肉球越しの草の感じが心地良い。
にゃあんにゃあんと声を上げていると、森の奥から誰かがやって来た。
「やっぱり。こんなところに子猫がいるなんて。危ないよ」
その少年は、ボクを抱えて立ち上がった。
ボクは、感謝の意とともにこう言う。
『ありがとう。久しぶり』
まあ、どうせこの言葉の意味を、今のベルは理解してくれないだろうけど。
「久しぶりですね、師匠」
ボクは、自分の耳を疑った。
ばっとベルの顔を見ると、ベルはいたずらに成功した子供のような顔で、ボクを見ていた。唖然とするボクへ、ベルは説明をする。
「全ての力を使って、最後に俺の記憶をこの世界の俺へ託したんです」
『……ボクの魔法陣の繋がる世界と時間軸を特定したのかい?』
「たぶん、そういうことですね」
なんということだ。ベルは、ボクの思っているよりも遙かに頭が良かった。
『……要領が良すぎないかい?』
「よく師匠に言われます」
そう言って、ベルはくすりと笑った。
心地のいい風が、ボクたちの間を通る。
「……俺は、この世界で贖罪をするつもりです。別の世界とは言っても、あの世界で俺がしでかしたことを無かったことにするなんて、到底できない。……だから、師匠」
ベルはボクを地面に下ろして、深く頭を下げた。その額が、地面へと付くほどに。
「俺に、魔法を教えてください……!」
ボクは、ふうと息を吐いた。おい、尻尾。そんな嬉しそうに天へ向かって伸びるんじゃないよ。まったくもう。尻尾は口ほどに物を言う。ベルがボクを見ていなくて良かった。
『もちろんだよ、ベル。ただし、条件がある』
ベルがボクを見る。
『ボクを師匠と呼ぶこと。ボクに美味しい魚を十日に一度は食べさせること。そして、ボクを可愛がって、ボクから離れないことだ』
ベルが、目を潤ませた。泣きそうな表情で口を開く。
「はい、はいっ……! もちろん、全部やります!」
『なら、交渉成立だ』
ボクはベルの目の前まで歩いて行って、右前脚を上げた。そして、ベルの左手にかぶせる。
『よろしくね、ベル』
「よろしく、お願いします……!」
ベルは涙を堪えきれなくなって、ボタボタと芝生に水を与えた。そこには綺麗ではない水も混じっていたけれど、美しかった。
と、ボクの耳に異常な音が聞こえた。
『さあ、立つんだ、ベル』
それは確か、たくさんのハチの群れ。
『まずは、あれを全部倒してみな。それから君の家に言って、どうやったら君の罪を償うことができるのか、しっかり話し合おう』
後に世界を救うこととなる一匹の猫と少年の話は、また別の機会に。
最後まで読んでいただきありがとうございました。いかがでしたか? ポイントが伸びれば連載も……などと考えています。自分としては、久しぶりに人外が書けて満足です。よければ評価等よろしくお願いします。