だいなし いち
「すみません、自殺についての本ってどこにありますか?」
制服を着た、高校生であろう少女に声をかけられた。学生が平日の二十一時にそんな本をお探しだなんて只事ではないのだろうが、ただの古本屋の店員が介入していい事でないということだけは明らかだ。どうやらこれまで泣いていたらしいその目元が変に微笑もうとしているので、なんだか気味が悪い。
「ええと、ちょっと待ってください。」
如何せんそんな本を探しているお客様は初めてお目にかかる。料理について、音楽について、教育について、のノリで自殺なんて言う客なんてそうそういては困るが。さて、こんなときに持つべきものは勤続5年の同僚。
「なぁ、自殺についての本をお探しらしいんだけど。」
「え、自殺?物騒だなぁ・・・う〜ん、哲学・心理学とかは?」
「あ、なるほどね、サンキュ。」
持つべきものは友、だった。
「ご案内します。」
軽く頭を下げた彼女を案内する。
「自殺、というジャンルはないので哲学・心理学のこの辺りになってしまいますね。」
「はい、ありがとうございます。」
気味の悪い少女だ。何故そんなに口角を上げることがあるんだろう。最近の女子高生は分からない。この少女を最近の女子高生と一括りにしていいのかどうかは微妙だが。
案内した直後は嬉しそうにしていた少女の顔はすぐに曇った。お目当ての本がなかったのだろうか。まぁ古本屋だ。そういうこともある。しばらくしてその少女は、自殺についての本を探していたとは思えないほど軽い足取りで店を出て行った。
一週間ほど経ったある日、彼女はまたやって来た。
「あの〜、すみません、以前自殺についての本を探してるって言ったら哲学・心理学のコーナーに案内して頂いたんですが、どちらかと言うと生物学的な、あの、自殺の仕方とかの方の本を探してるんですがそんな本、ない、です、よ、ね、?」
申し訳なさそうにしどろもどろで喋るのがなんだかおかしかった。
「ちょっとないですね。申し訳ないです。」
別に俺が悪いわけではないのだが、ここは謝っておくものだと接客マニュアルには書いてあった。俺はなんも悪くないけど。
「いえ、普通置いてないですもんね。」
なんだか恥ずかしそうに笑いながら言う彼女はやっぱりおかしかった。
彼女はそのあと漫画コーナーに立ち寄って流行りの漫画を読みながら口角を上げていた。自殺の本をお探しなのは死にたいからなのだろうか。死にたそうには見えないが。なんて俺には関係ないことを考えてしまった。