第四十一話「プールで遊ぼう 釣り編」
第四十一話「プールで遊ぼう 釣り編」
一息ついて話を聞くと、須山さんの企画はこの海辺のホテルに備え付けているプールを借りて遊ぶということだった。
お盆も開けて、旅行客が少ないこのホテルは、施設単独の貸し出しも行っており、貸し切りとまではいかないものの、かなり人が少ないそうだ。
城戸の件もそうだが、それならそうと先にいってほしい。
「いやー、ごめんね。でもこっちの方がゲームっぽいじゃん」
そう弁明する須山さんに何となく、昔フィクションを探していた自分をダブらせてしまい、文句の言葉を飲み込んだ。
(チケット用意したのは須山さんだし。なんか本当の目的のダシにされた感じがないわけではないけど)
ちらりと城戸を見る。
沈んでいる彼をみると、思うところは山ほどあるが、何が琴線に引っかかっるのかわからないので、思うだけにしておこうと、俺は心を大人にした。
ややあって、宇和島先輩と黒木さんも合流し、俺たちはホテルのプールを借りることになった。
受付でチケットを見せ、案内と注意事項に名前を書き、更衣室まで移動し、男女に分かれ、着替えを済ませて、俺たちはプールへと移動した。
「これまた……」
「おお、海が見えるぞ!」
「すごい……」
男三人揃いも揃って似たような短パンの水着を着て、各々感想を口にした。
海を眺める宇和島先輩の腹にはシックスパックがうっすら浮いている。
俺と、城戸は、まあ、平均男子並みだ。
心情的に先輩の隣には立ちたくない。
気を取り直してあたりを見渡すと、ホテルのプールは海側がガラス張りの造りになっていて、海が一望できるようになっていた。
肝心のプールはというと25メートル6レーンのプールがでんと中央に、あと気持ちばかりのサウナとビート板置き場、プールサイドは結構広めにとられている。
窓一面のオーシャンビューを取り、予算が施設の充実に当てられなかったのがものすごく伝わってきた。
いや、もしかしたら、人が多ければ多少見え方は違うのかもしれないが。
(びっくりするほど人がいない)
貸し切りに近いとは聞いていたが、本当に誰もいない。
立地的な交通の便の悪さのせいだろうか、旅行客も遠出してわざわざ何もないプールに入るより、同じく海が見渡せるとパンプレットに書いてあった露天風呂に行くのだろう。
穴場とはこうして生まれるものなのかもしれない。
「おまたせー」
逆サイドの入り口から声が聞こえ、そちらに視線を送ると須山さんがこちらに笑顔でで駆け寄ってきていた。
いつもの伊達眼鏡をつけた彼女は、学校指定の水着を着ている……のかと思ったら何かのアニメで見たことのある水着を着てらっしゃる。あれはスクール水着に似た何かだ。
「城戸、お前の彼女でかいな……」
宇和島先輩が呟く。
「あまり本人には言わないであげて下さい。結構気にしているんです」
城戸がそっと宇和島先輩の呟きに返す。
彼らの言う通り、着痩せするタイプなのだろう。須山さんの胸は豊満であった。
城戸に駆け寄っていく須山さんのそれはワンテンポ遅れて揺れていた。
なんだそれは。
心の用意ができていなかった俺は思わず視線を持っていかれてしまった。
異質な動きをするものに視線がいくのは動物的本能だと、俺は心の中で言い訳した。
「須山さん、ちょっと待って」
「……海が見える」
須山さんの後には、黒木さんと、加美川先輩がおずおずとこちらにやってくる。
黒木さんはフリルの付いた黒いトップとビキニ、たしかフレアビキニとかいうやつだ。白い肌とのコントラストが「あぁ、これが受けるんだろうなぁ」という印象と、綺麗な黒髪とすっと静かな佇まいが似合いすぎて、少し怖い。
スタイルはほっそりとしていて、須山さんと比べると、うん、まあ、そのーー。
「……似合う?」
「鉄板かと、思う」
俺はそう一言返して置いた。
よく似合っているのは事実だ。
これ以上ない組み合わせだとは思う。
俺の回答に疑問符を浮かべた黒木さんは一度置いて俺は隣の加美川先輩に顔を向けた。
加美川先輩は三つ編みをほどき、ゆるくウェーブがかった髪を、肩より少し下で遊ばせている。
着ている水着は黒木さんとは対照的にぴったりと胸全体を覆う、飾り気がない白のトップと同じ色のスパッツのようなボトム。
トップは胸を守っているものの、丈は短く腹部が見えている。縦にスッと入ったヘソが見え、普段見えない部分を見てしまったと、俺はなんだか気恥ずかしくなった。
例えるなら、陸上競技かトライアスロンにでも参加する人みたいな格好だ。
シンプルなデザインなだけに露骨に体のラインが出るので、すらりとした印象と柔らかそうな曲線部分が眩しい。
「うぐ……」
あまりの眩しさに俺は膝を折った。
下を向き目頭を押さえる。
体中がバグったように寒かったり、暑かったり、頬に血が集まったり、胸がつっかえたように息が上がる。
全部寝不足が悪い。
寝不足のせいにしておく。
「ちょっと! サク君どうしたの?」
「大丈夫です。ちょっと一杯一杯なだけで」
「そ、そう……? さっきみたいになりそうだったらはやく言ってね」
「は……い?」
顔を上げると先輩は屈んで視線を合わせようとしたのか、俺の視界に彼女の胸と太ももが眩しく写る。
「あ……」
限界だった。
俺は顔が火照るのを自覚した。
違うそういうつもりじゃないと叫びたくなるのを堪えて、俺は立ち上がり、プールに向かい走り出した。
逃げたいわけじゃない。
でも逃げないと、何かが壊れてしまう。
こういう時になんて言葉を用意すればいいのだろう。
日々本を読んでいれば丁度良い言葉が見つかるかもしれないのだが、生憎と今の俺には、この自分の気持ちを表す言葉なんて持ち合わせていなかった。
自分に着いた火を消すように、俺はプールに飛び込んだ。
プールの水の中は温水なのかややヌルく体に溜まっていた熱がゆっくり逃げていく。
顔の火照りも時期抜けるだろう。
(はぁ、生き返る……)
そのまま水中で人心地つく。
十数秒も潜りつづけていると、頬の熱も落ち着いたように思われる。
やや息が苦しくなってきたので、俺は呼吸のために地面に足をつけて、自らの顔を出すことにした。
さてここで問題。
完徹し、異様に強張りやすくなった足を準備運動でほぐさず、走らせ筋肉を張り詰めさせ、ヌルい水とはいえ冷やすとどうなるか。
答えは簡単。
「あ、い、痛ーーッ!」
見事、俺は足を釣った。




