第三十七話「演劇を見よう」
第三十七話「演劇を見よう」
「あのもみじ鍋の中身は鹿肉なんかじゃなかった。人の……」
「やめろ、ウメ! 仕方がなかったんだ。あの鬼の肉がなければオラたちは村は全滅――」
「おめぇたちが鬼だァ! あの人は、あの人は!! う……うげぇぇ」
感動的な音楽が大音量で流れて幕が閉じた。
四幕目は人を喰うことになった娘の話。昼飯直後になんてもんぶつけてきやがる。
感動とかなんもない。下手したらトラウマ背負うぞ、これ。
「……すごい話だったわね」
「俺、肉食べてなくてよかったと思いました」
「……そう、よかったわね」
見れば加美川先輩はげっそりとしていた。
もしかしたらここに来るまでにハンバーガーでも食べてきたのかもしれない。
「俺、飲み物あるんでよかったら飲みます? ぬるいですけど」
とりあえずまだ口もつけてないし、俺はコンビニで買ったお茶を先輩に勧めた。
「ありがとう、サク君」
受け取ったお茶をこくこくと飲み、加美川先輩は大きく息を吐いた。
だいぶ劇のダメージを飲み込めたようで、先ほどよりかは顔色が良い。
「次、俺たちの高校ですね」
「ええ、そうね」
そう答えながら、加美川先輩はお茶を足元に置き、トートバッグからノートとボールペンを取り出して膝の上で構えた。
(何をする気だろうか。いや、あれは、恐らくーー)
次の劇のあらすじをノートに取るつもりだ。と察したところで開演のブザーが鳴り、観客席の明かりが落ちた。
そうして始まった黒木さん達の劇はロミオとジュリエットよろしく、立場によって結ばれない二人が、結ばれようと努力する話だった。
黒木さんは主演の男役。長い髪を後ろに纏め、小さい背丈を衣装や動きでカバーしながらうまく役を演じている。
(ん……なんだ、妙に引っかかるぞ?)
違和感を感じ始めたのは劇開始の10分ほど後、台詞回しのクセになにやら覚えを感じ俺は首を傾げた。
「僕はね。君のことを愛している!」
「それは私も同じことよ。でもあなたのお父様と私のお父様が争いを続ける限り、私たちは結ばれない」
まるで、加美川先輩の小説を読んでいるようだった。
俺はちらりと隣の先輩を見た。
舞台の明かりで照らされた彼女は瞬き一つも惜しいと真剣に劇を見つめ、何か言葉をノートを取っている。
これは先輩が書いた台本ですか、そう尋ねようかとも思ったが、今はその時ではないなと俺は再び劇に集中することにした。
物語は二人がそれぞれの父親を説得しようと試み失敗、そして二人までもが仲違いをしてしまう、クライマックスは抗争が激化し、黒木さん演じる主人公が銃弾が飛び交う中、ヒロインに向かって叫ぶシーンになった。
登場人物全員が、彼を殺そう、援護しようと必死に銃を撃ち合う。
激戦の中に飛び出す黒木さん。
すっかり男役がハマっている。
ギムレットっぽいセリフもあったし、もしかしたらTRPGが役に立ったのかもと俺は少し嬉しくなった。
ふと、舞台上で辺りを見渡す演技をしている黒木さんと目が合った気がした。だがそれはほんの一瞬のことで、すぐに彼女は大きく口を開けた。
「僕は! 君に謝りたいんだ! あの時言ってしまった大嫌いという言葉を取り消したい。叶うことなら愛している。大好きなんだと、君に伝えたいんだ! 君にもうその気がなくてもいい。僕の本心を君に捧げたい!」
主人公のセリフに彼の名前を叫びながらヒロインが飛び出してくる。
そして、銃弾と飛び交う中で、二人は抱きしめ合った。
愛は恐怖に勝てるのだ。
それと同時に感動的な音楽が大音量で流れて幕が閉じた。
会場は拍手の音で溢れ返った。
俺も拍手をした、二人を祝福する様に拍手をした。
最後の方は加美川先輩が書く小説では珍しいパターンだったけど、最後はよく纏まってきたし面白かった。
「いい劇でしたね」
「……ええ、そうね」
隣を見ると先輩は拍手はせずじっと前を見ながら考え込んでいた。
何か思うところがあったのだろうか。
「さっきの劇、なんだか先輩の話っぽい雰囲気受けましたけど、もしかして演劇部に脚本提供したんですか?」
加美川先輩が目をパチクリさせた。
あれ、もしかして俺、すごい気持ち悪いこと言ってしまっていないか?
「ええ、そうよ。よく分かったわね、サク君」
「ああ、いや、台詞回しがなんだか先輩の小説っぽいなって」
俺の言葉に目を細めジッとこちらを見てくる先輩。
やはりキモかったでしたか。
「率直に聞くけどどう思った?」
「どうといわれても……」
俺はもう一度先ほどの劇を思い出してみた。
展開は、確かに先輩が好んで書きそうな流れだった。
ただ――
「最後の銃撃戦、あれへ向かう流れがちょっと先輩ぽくなかったかなって」
「どうしてかしら?」
先輩がノートに何かを書き加えながら、俺の話を促してくる。
俺は感じたことを表せる言葉を探しながら先輩に応えた。
「アレはあれで面白かったですが、派手さやエンターテイメント性……っていうんですか? あそこまで分かりやすい表面的な面白さって、あんまり先輩書かないイメージなので」
先輩は、さらにノートに言葉を書き加える。
本当に努力の人だ。
「ありがとう。私もまだまだだったわ。一時間という劇ではもっと伝わりやすさが必要だったわけね」
ノートを読み返しながら加美川先輩は楽しそうに話してくる。
普通、こうはできない。自分の話を勝手に変えられたら、叫んでしまうだろう。
敵わないなと、心の中で呟きながら俺は舞台側を向き先輩から顔を逸らす。
この人は本当に文章を作るのが好きで、とにかくより良いものが書きたいのだと、改めて思い知らされた。
つい自分と比較してしまう。
胃がキリキリと痛む。おにぎりは二個で正解だった。
それでも先輩に離されたくなくて、俺は言葉を絞り出す。
「TRPGやっているときもそうですけど、みんなで話を作っていくと思いもよらない話が出来上がってきて、でもそれが面白い時もありますしね」
「ええ、そうね」
次の劇の開演のブザーがなった。
次の劇はなんだろうと、俺はパンフレットを開いた。
『そして誰もがいなくなった』
パンフレットにはそう書いてあった。
舞台上の登場人物は全滅した。
笑えないほどバッドエンドであった。




