第三十六話「地区大会は血のかほり」
第三十六話「地区大会は血のかほり」
なんとか俺は開演時間までに心を取り戻し立ち直った。
フられたことにお礼を言われ、あまつさえ付き合ってもいない女子にフりたいと言われるなんて、どんな拷問なのだろう。
死ぬかと思った。主に心が。
自分を立て直すために心の中で独り言を呟き続けていると、いつしか大会の開演時間になり、俺は扉を開け、会場に入ることにした。
少し重い扉を引き、中の様子を伺う。
古い大きな扉の先は、少なからず俺が初めて見る光景が広がっていた。
まず右手には舞台、高さは1メートルちょっとだろうか、体育館の舞台と同じかもう少し高い。今は幕が降りており、時々中幕の向こうから指示の声が聞こえてくる。
上を見れば三列に並んだ大量のライト。天井から吊るされた棒に取り付けられ、そのすべてが舞台を狙っている。
左手には観客席、映画館のような階段状の配置で、背もたれのない簡単なプラスチック製の椅子が、四人分一組になって横四つ、縦四段、通路を確保できるように隙間を開けながら配置されている。
観客席席の少し前には長机とパイプ椅子が用意されているが、あれはおそらく審査員の席だろう。それっぽい紙が机の上に置いてある。
年末のテレビで見るような大きな劇場ではないが、アマチュアバンドが演奏したりする時に使うようなライブハウスのようだと、俺はキョロキョロ辺りを見渡しながら席の確保に動いた。
(この辺りなら全体が見やすいかな)
俺は最上段の少し左側の席と加美川先輩が来たときのために隣の席を確保しした。
ややあって、まばらだが各校の生徒やよくわかない大学生風の人や、保護者、教員など、かなり身内感溢れるラインナップの人たちが席をとりはじめる。どうやら大盛況とは行かないようだ。
俺が周りの様子を伺っていると、開演のブザーがなり、最初の舞台が始まった。
始まってしまった。
「ごめ、んね、ヨシオくん、私の分まで生きて……ね」
「ミチコおおおぉぉぉ!」
感動的な音楽が大音量で流れて幕が閉じた。
一幕目は伏線とかそういうの一時間でまとまらんかった。ごめんね、あ、泣けるでしょって話だった。
「がはぁぁ、オイラもうだ……め……」
「ヤスウウウウウゥゥゥ!」
感動的な音楽が大音量で流れて幕が閉じた。
二幕目はコメディしていたらヤスが死んだ。突然の心臓病だった。心筋梗塞は怖いって話だったのだろうか。
「危ない! シンデレラ!」
ーーバキューン!
「王子いいいいぃぃ」
感動的な音楽が大音量で流れて幕が閉じた。
三幕目はシンデレラだった。
結果を不服とした継母が突然スナイパーライフルを肩に担ぎシンデレラを狙撃しようとしたところ、王子に当たってしまったようだ。
(なぜ、こうも死体が増えるのか)
感動路線への解釈の違いに、俺は胃もたれを起こしていた。
大会のルールで一つの劇は一時間程度で終わるものと定めているのが悪いのか、それともとりあえずオチをつけたかったのか、とにかく今のところ死亡率100パーセントだ。
(これは酷い。が、経験にもなるな)
人が死ぬ話は確かに涙を誘うには有効な手法だと言える。
だが、同じ展開の話が何度も続くと人は胃もたれを起こす。少なくとも俺は起きた。
というか、泣いたからってそれは感動したってわけじゃないぞ。
次の小説は簡単にキャラを殺さないように気を付けようと、俺は心に誓った。
『このあと、一時間のお昼休憩になります』
アナウンスが流れ、俺は文字通り惨劇の会場から外へ出た。
会場前のエントランスでスマホを取り出してラインを確認する。
加美川先輩から、予備校が終わったと連絡が入っていた。だとすれば、もうすぐこちらに来るだろう。
俺は二階に降り、コンビニのご飯などが販売している自販機を見つけ、おにぎりを三つ買い、近くのベンチに腰掛け、おにぎり二つを腹に収めて、会場に戻ることにした。
炭水化物を取り過ぎて黒木さん達の劇で眠ったしまったら申し訳ないし。
「あ、サク君! どこ行ってたの」
会場に戻るなり、四段目の席から加美川先輩がこちらに向かってやったきた。どうやら入れ違いになったようだ。
今日の先輩はすっきりとした白いシャツに薄緑の透けたサマーパーカーを羽織り、下にはデニムのパンツを合わせている。予備校から直接きたのだろうか少し大きめのトートバッグを肩にかけている。
「じろじろ見てどうしたの。サク君?」
うっかり、じっと服を見てしまっていのだろう。
俺は慌てて、視線を先輩の顔に戻して言った。
「あ、いや、先輩のズボン姿珍しいなと、すみませんでした」
「そういえばそうかもしれないわね」
先輩がクスリと笑う。
何が面白かったのかよくわからないが、笑ってもらえたならそれでよかった。
「席取ってるんで、そっちに移動しましょう」
「分かったわ」
そうして俺と加美川先輩は事前に取っておいた四段目の席に二人肩を並べて座る。
制汗剤だろうか、先輩が席に座ったとき微かな柑橘系の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。
『制汗剤、柑橘系なんですね』とか話題に出したら絶対なんか言われそうなので、俺は何かを誤魔化すように先輩に話しかけた。
「午前の部、各学校の劇を見たんですけど、どの劇もオチで人が死ぬんですよ」
「ふふ、昔のサク君の小説みたいね」
懐かしそうにニコリと笑う加美川先輩。
確かに、俺も昔はそういう感じで死ねば感動するとか勘違いをしている時期もあった。
だが、人は無常を感じた時に涙を流すが、決してそれは感動で胸を打つわけではないのだと加美川先輩の小説を読み、心情的にはガツンと頭を殴られ、考えを変えた次第だ。
「それはひどい。いくら俺でもスナイパーライフルでシンデレラの王子を射殺するなんて思いつきませんよ」
「どうかしら、この間書いた短編、銀髪の女の子がレーザー銃で撃たれていたじゃない」
「……いや、でもあれ悲劇がテーマだったからで――」
俺が自作品の弁明をしようとしたところでちょうど開演のブザーが鳴る。
どうやら午後の部が始まるようだ。




