第二十話「言葉が見つからない」
二十話「言葉が見つからない」
放課後の文芸部。文句を言おうとした先輩はまだきていない。
俺は定位置のパイプ椅子に座り、いつものように本、もといルールブックを読んで、先輩を待ちながら、シナリオのことに思考を向けた。
シティアドベンチャーの作りはいまいちピンときていないが、物語の大筋は決めて置かないと前回の二の舞になってしまう。
(何か、ないだろうか。物語進行に便利な能力とかNPCとか)
技能の欄を見てみると【預言書使い】という特殊な技能を見つけた。
成長不可、取得すると預言書を一つ入手し、その預言書を装備している限り、セッション中3回までGMに質問できる【預言】、戦闘時の行動を有利にする【予測行動】を獲得できるというものだ。
ふむふむ、ならこの技能を持ったキャラが、自身の預言に出たからという理由で、プレイヤー一向に助けを求めるという流れで行こうか。
となると、プレイヤーの報酬はどうすればいいのか。
義賊団の目的はマティーニの王都奪還だ。そのために王都に蔓延る敵対組織を倒す必要がある。
敵対組織の目的は、おいおい考えるとして、まず義賊団に必要なのは王都で活動する上でのスポンサーだろう。
候補としては、敵対組織と対立している王都の組織、もしくは個人あたりが妥当だろうかできれば権力があればなおよし。
(なんか適当なキャラクターは……)
ペラペラと、都市設定の項目を開き、そこに紹介されている都市の内容や、主要人物を確認していく。
(堅物貴族ガリアーノ男爵か、若く、正義感に溢れ、困った人を放っておけない性格、か)
ちょうど良さそうなのがいた。
彼が、マティーニの敵と対立し、トラブルにあったというのはどうだろう。
解決できれば、王都内に貴族の味方ができる。
(うん、流れが作れてきた)
俺は部室の備品のであるノートパソコンを立ち上げ、USBメモリーを差し込む。
学校のパソコンはクラウド接続禁止なのだ。
(まずは、序盤からーー)
俺はUSBメモリー内にメモ帳を作り、頭の中で組み立てた流れを記述していく。
物語のきっかけ役の預言書使いは自身の力を使い、プレイヤーたちと接触、助力を乞う。
そして事件解決に向かい、シティアドベンチャ形式のシナリオを突破してもらう。
そして、ガリアーノを助け、プレイヤーは王都での活動に後ろ盾を得る。
(うん、この流れで行こう。しかし、シティアドベンチャがどう書けばいいのか掴めないな……。相談したくても、先輩もなんかこないし)
流れを書き出すのに夢中になっていたのか、時計を見れば、部活動の終了時間が迫ってきていた。
加美川先輩は、雨の日も、風の日も、インフルエンザが大流行した日も、毎日部室に顔を出すような人だ。
何かあったのだろうか。
――ころっせーーっ!!
窓の向こうで野球部の雄叫びが聞こえて来る。
時刻も遅くなってきているからだろうか彼らはラストスパートと言わんばかりに声を張り上げている。
声にこもった熱が、室内にいる俺まで伝わってきた。
(まったく熱いなぁ……)
熱に誘われたのだろうか、俺はつい、窓のそばまでより外の様子を見てしまった。
見なければよかったと後悔した。
野球部のグラウンドの端、ボール避けのネットのそばに、見知った姿が立っていた。
加美川先輩だった。
(なんで……?)
あたりを見渡せば野球部員だろうか、ユニフォームをきた男子がバットを掲げて、親しげに加美川先輩にアピールしている。
先輩も軽く手を振りそれに応えていた。
手先が冷たくなる。
緊張以外でこの感覚に陥ったのは初めてだ。
(なんで、こんな気持ちにならないといけないんだ。だって)
だって、だからなんだというのだろう。
考えても答えが見つからず、俺はため息をつき、鞄に本をしまい部室から退散することにした。
校庭は夕暮れに染まっていた。
ただ野球部のグラウンドは夜間練習用の照明が灯り、未だに奴らは練習をしている。
(……歩いて帰るか)
自転車を取りに行こうとしたら野球部のグラウンドによらないと行けない。
俺は、なんだか近寄りづらさを感じ、自転置き場にはよらず、野球部を避けるように校門を目指した。
「お、きたきた」
校門についてすぐに、よく通る声で呼び止められた。
「うちの黒木が世話になったみたいだな……っておい、佐々倉、凄い顔だぞ!?」
気がつけば足元を見ていた。
顔がわからないので、自分の顔を持ち上げると『敗者』と筆文字風のプリントがついたTシャツが目にはいる。
「あ、……宇和島先輩……」
もう少し持ち上げるとイケメン顔と視線が合った。
こんな気持ちの時でも憎たらしいぐらい整った顔だ。
「おっす。……大丈夫か?」
私服姿の宇和島先輩が、改めてと言うように手を上げた。
放課後、駅へ向かう道。
俺の家へ帰る道とは逆の道だが、宇和島先輩が少し話をしようと適当に街を歩き、話をすることになった。
「ねえ、あのひ、と……?」
「うーん? ねぇ?」
他校の制服の女生徒がこちらというか、宇和島先輩をちらちら見ながら通り過ぎていく。
改めて思うが、宇和島先輩はえげつないぐらい見た目がいい。
あんなやり取りがこれで三度目、宇和島先輩の顔を見て、目を輝かせ、シャツを見て、目を閉じる。
さすがに誰も、堂々と『敗者』Tシャツを着こなす男に声をかけるようなことはしない。
(なるほど魔よけってことか?)
俺が勝手に納得していると隣の宇和島先輩が話を振ってきた。
「黒木がお前をこっぴどくフったから励ましてほしいとラインしてきてな」
「なるほど、そうだったんですね。確かにアレは効きました」
思い出すとクスリと笑いが込み上げてくる。
人間、笑いが浮かんでくると少し気分が軽くなってくるようで、モヤモヤしていたものが少し軽くなった。
正直、湧き上がってくる暗い気持ちからどう立ち直っていいのか分からないので助かる。
「はは、それはよっぽどひどかったんだな!――それと、ありがとうな。黒木のために体張ってくれて」
「とんでもないですよ」
同じ部活の後輩のために礼を言えるこの人は本当に俺の僅か一つ上なのだろうか。
俺も一つ歳を重ねればこのようになれるのだろうか。
(ちょっと無理な気もするな)
俺は少し苦笑いをし、肩の力を抜いた。
「それにここまでしたんです。黒木さんにはいつか俺のゲームの声優やってもらいますよ。こっちには恩がありますし」
「それは黒木も高い買い物をしたな」
カラカラと笑う宇和島先輩。
話を聞き、話をしてくれる。不思議とこれまで出会ってた大人や先生よりもしっかりとした大人に見えた。
「しかし、だとすると、校門でのアレは別の原因か?」
「あー……」
話していいかもしれない。
出会ってそこまで話をした相手ではないが、彼ほどの人ならば、きっと迷惑がらずに俺の話を聞いてもらえるだろう。
だけれども、もしかしたら俺の話で宇和島先輩に余計な迷惑を掛けてしまうかもしれない。
「いや、まあ、黒木さんの別れ言葉が悪い具合に残っていただけだと思いますよ」
結局俺は笑って誤魔化した。
宇和島先輩は黙って俺の顔を見た後、ニヤリと笑った。
「役者をやっていると相手が演技をしたかって結構わかっちまうもんだぜ?」
「……そうですか」
「と、言うわけで、加美川さんを誘って三人でお茶しないか? というかもう送った」
「へ!?」
そうしていつの間にかスマホを手にした宇和島先輩がこちらに画面を見せてくる。
そこにはラインが起動され、加美川先輩に連絡が送られていた。
(見透かされた!?)
俺は言葉が見つからなかった。
登場人物メモ(更新)
宇和島ユウヤ
見た目も中身もイケメン。しかも男女平等。
でも、シャツのセンスは残念。
演劇部の三年生。
(更新)
変なTシャツはバリエーションがある。
『敗者』Tシャツは結構お気に入り。




