第十八話「明日へ向けて」
第十八話「明日へ向けて」
店の奥、窓から離れた四人掛けのテーブル席に黒木さんは待機していた。
周囲には特に客はいない。
俺は彼女の前にアイスコーヒーとポテトの乗ったトレーを置いた。
「お待たせ。ポテトもおまけで買ってきた。つまみながら話そう」
「……ありがとう」
お互いにアイスコーヒーを手に取り口を付ける。
俺の口の中に鉄のようなえぐみと苦みが広がった。
作り置きなのだろうか、時間が経ったコーヒーの酸化したような味に俺は眉を歪めかけた。
正直いってあまりおいしくない。
黒木さんも同じ風に思ったのか、そうそうにポテトに手を付け始めている。
「……こっちはおいしい」
「それは良かった」
はむはむと丁寧にポテトをかじる黒木さん。
それを見て俺はほほえましい気持ちになりつつ、彼女に確認したいことがあったことを思い出す。
「そういえば黒木さんに聞きたいことがあったんだけど」
「なに?」
「この前のセッションの時にマティーニの設定について推察していたと思うんだけど、どういう内容だったかもし覚えていたら教えてほしい」
「……分かった」
そうして俺は黒木さんから前回のセッションでのアドリブの情報をノートにメモっておいた。
うん、やっぱり、面白い、この設定を基盤にして今後話を進めていこう。
……ルールブックにある街とか村とかを陰謀の舞台にするのは、正直やっていいのかどうかわからないが。
「ありがとう。次回のシナリオの参考になったよ」
「……どういたしまして」
キリのいいところまで話をまとめて、俺はもう一度コーヒーに口を付けた。
やはりえぐみがえぐい。
ガムシロップやフレッシュミルクを持ってきた方が良さそうだ。
俺は席を立ち、ついでに黒木さんに声をかけた。
宇和島先輩に倣えだ。
「このコーヒーちょっと味が濃いから、ガムシロとミルクもらってくるよ。黒木さんもいる?」
「……ガムシロップ2個と、ミルク3つ」
「了解」
もはやそれは別の飲み物では? というツッコミは置いておいて、俺は自分の分のガムシロップとフレッシュミルク、一つずつと、黒木さんの分を取りにカウンターへと向かった。
ガムシロップ三つ、フレッシュミルクを四つ持って、俺が席に戻るとそこには苦渋の顔の黒木さんが壮絶な戦いを繰り広げていた。
「く……この程度の闇を飲み干せぬとは……」
「どーぞ」
もうちょっと見てみたいと思ったが、流石に意地が悪いだろうと、俺は支援物資を差し出す。
「……悔しい」
「そう、コーヒーをにらまなくても」
結局彼女はフレッシュミルク3つとガムシロップを3つ入れ、コーヒーの攻略を再開した。
気がつけば、だいぶ話し込んだのか、ポテトの山もだいぶ小山になってきている。
黒木さんが思ったよりもサクサク食べるので、残りの山は譲る所存だ。
「そろそろ明日の打ち合わせに入ろうか」
「ふぁい」
俺の言葉に口をモゴモゴさせながら黒木さんはうなづいた。
そう、明日、俺は彼女にフラれる。
それで何もかも元どおりだ。
「場所は中庭、時間は昼休みでどうだろう?」
「須山伝説に挑む時がきた」
「……いや、あー、でもそうなるか」
中庭イチャコラ事件時の噂の拡散スピードはそれは恐ろしく、たった一日で、中庭での出来事を知らない人は誰もいなかった。
それを考えると、中庭で俺が盛大にフラれれば、その噂もおそらくかなりの速度で流れて行くだろう。
先程浴びた、嫉妬と怨嗟の視線はもう勘弁して欲しいので、あそこで別れ話をし、情報が拡散されるのがベストだと思う。
「うん、やっぱりあそこだな。祝福されし者の絶望のスポットにしてやるか」
「……そうしましょう。あとフる前に教えてほしい」
そういう彼女は静かな表情で俺を見つめてきた。
透明を錯覚させてくる射貫くような瞳が俺の視線とかち合う。
彼女の真剣な表情に俺は茶化さず、視線を返した。
「先輩はどうして、普通にもどれたの?」
「言葉遣いのことか?」
「そう、私の言葉は深淵に染まり、現世の言葉を有していない。先輩も同じのはず、どうして?」
彼女の疑問に俺は自問自答した。
俺が中二病を封印したきっかけか……。
思い出すのは高一時代のクラスの雰囲気、誰も彼もが、個人を消し、探り合うように仲間を探す。思えばその時悟ったのかもしれない。
クラスのお調子者もいなければ、突然電波全開のセリフを発する不思議困ったちゃんもいない。
もしかしたら俺が見つけられなかっただけかもしれないが、そんな現実に俺は心を折った。
ああ、そうか、フィクションは実在しないのだ、と。
「俺が思うにこれは憧れなんだと思う。ただ、それは自分の身の丈以上のもので、俺はいつの間にかそんなものは存在しないと割り切ってしまった」
「うん」
黒木さんが先を促す。
そんな俺が出会ったのが、加美川先輩だった。
あの時はびっくりした。まごうことなき文学少女と曲がり角でぶつかったのだから。
そして、彼女が入った文芸部の部室に俺はワラにもすがる気持ちで飛び込んだ。
ただ、そこにはフィクションはなく、かわりにフィクションを作る手段があった。
「そんな俺は先輩の勧めで本を読んだ。いろんな本を読んだ。すごいぞ本は、偏屈なやろうが難しい漢字をただ並べている小説や、原稿用紙五枚も紛失したのに文庫本に掲載されている話もある。いろんな単語や、登場人物の話し方を取り込み、俺はまあ、人並みに戻ったって感じかな」
「……演劇」
「そんな感じかも。やったことないけど」
「……少し参考になった。ありがとうございます先輩」
黒く綺麗な髪を揺らし、目を細め、ニコリと黒木さんは微笑んだ。
何か得るものがあったのだろうか。
だとしたら幸いだ。
「うん、決めた。明日は全力で振る。ふるえて眠れ」
「お手柔らかに」
俺は苦笑を浮かべ、残ったコーヒーを飲み干した。
口にしたコーヒーは少し甘く感じた。
登場人物メモ(更新)
黒木スズネ
ゴスロリ服が戦闘服な黒髪パッツン少女。設定が多い。
演劇部一年生。喋り出すまでやや間がある。
実は中二病の言葉遣いに慣れすぎて標準の言葉を話すのにタイムラグが生まれてしまっている。
また、長い標準語は突然出てこない。
(秘密情報により修正)
特殊能力名はブラックラック
相手の欠如が見える能力者。
組織に混ざり行動をしている。
欠けは相手の隙に繋がり、また心理の風上に立てる汎用性の高い能力である。
決め台詞は「私には欠けたものが視えるの」
という感じの設定。
(更新)設定的にはブラックコーヒー派。でも本人は苦いものは苦手




