第十五話「月曜日」
第十五話「月曜日」
放課後の文芸部の部室、俺はガバッと勢いよく扉を開けた。
「サク君、いきなりどうしたの?」
部室奥、長机の向こう側で本を読んでいた先輩がこちらをジト目で振り向く。
パイプ椅子に座り、扇風機の風で緩い三つ編みをふんわりと揺らしながら文庫本のページをめくる様はまさに文学少女だ。
俺は無言のままおもむろに駆け出し、長机に足を掛け、飛び上がった。
自分の肩ほどは飛んだだろうか、一、二回空中を走るように足を回し、長机を飛び越えたのち、床に着地、と同時に膝を折り、正座の形をとる。
そのまま体を前に下り、額を床にこすりつけた。
俗に言うジャンピング土下座だ。
俺はそれを先輩の目の前で実行した。
「先輩! 付き合ってください!」
何かを思ってか、これが完璧な告白だと思った。
先輩はきっと承諾してくれるだろう。
「何をいっているの?」
先輩は慌てることなく、本を畳み、椅子から下り、俺の肩をつかんで顔を上げた。
俺の正面に先輩の顔が――近い、滅茶苦茶近い。
無駄な肉のない綺麗な肌、整った鼻、普段は活字を摂取することが目的の瞳がやや潤み俺をじっと見ている。
俺はどこを見ればいいのか分からず、先輩を見つめ返した。
先輩は穏やかに微笑み、唇が開いた。
「私たちもう付き合っているじゃない」
「え……」
胃がキュッと痛んだ。
先輩と俺が付き合っている?
あの、先輩と?
俺よりも全然才能と努力を重ねた先輩と?
未来あるこの人と、俺が?
それがどんな感情になのだろうか。たぶん劣等感ではない。
ただ、この結末は彼女の進めるはずだった選択肢を俺が奪ってしまうのではないか。
邪魔になりたくない、邪魔をしたくない。
それなのにもう俺は先輩と付き合ってしまっている――。
キリキリと音が聞こえそうなほど胃が締め上がり、俺は苦痛に目を閉じだ。
そして再び目を開いた時、俺は自室の漫画の海に埋もれていた。
「――ひでぇ夢」
ほっと胸を撫で下ろし、俺は布団がわりになっていた本を避け、体を伸ばす。
なんという夢を見たのだろうか、俺は苦笑いしながら身支度を始めた。
俺の家から高校までは自転車で15分ちょっと。
寝ぼけ気味の意識のまま、事故だけはしないように最低限気を配り、夏の熱気を吸い蜃気楼のように揺れるアスファルトの道のりを進んでいく。
ややあって、俺が通っている高校が見えてきた。
俺の通う高校は、金がないのか、足りなかったのか塗装のされていないコンクリート剥き出だしの三階建て二棟の建物。
塗装代わりのつもりかやたらめったらガラスを張り付けた奇天烈なデザインをしている。
そんなデザイナーズマンションのような外見の通り、校内も一階から三階がのぞけるショッピングモールのようなデザイナーズな作りになっており、もはや説明をすれば、するだけ高校なのか怪しくなっていく。
そんな高校だ。
ぼんやりしながら校門を抜ける。
時刻は8時少し過ぎ、この時間ならさすがに遅刻なることはないだろう。
校舎の端にある駐輪場に自転車を止め、鍵をかけた。
自転車を置いて、夏の日差しから逃げるように昇降口へ向かう途中、俺は見知った姿を見かけた。
(あの姿は――)
昇降口のそば。俺が見たのは、とことこと歩いていく綺麗に切りそろえられた黒髪ロングの女子生徒。
先日のゴシックロリータではなく、今日は学校指定の白いブラウスと長めのスカートだ。
「黒木さん、おはよう」
「……!!」
俺はおもむろに手を上げ彼女に挨拶をした。
それに反応し、振り向いた彼女はこちらを見ると何か口をパクパクさせ慌てて俺から逃げていった。
「えー……」
周囲がじろっと俺を見てくる。
バツが悪い、慣れ慣れしすぎただろうか。
俺は言い知れぬ悲しみを感じつつ、上げた手をそっと戻した。
その後、朝礼前のチャイムが鳴り響き、俺は気持ちを切り替え、遅刻してはいけないと自身の教室へと向かうことにした。
そして特に事件もなく一通りの授業を終え、その放課後、文芸部。
俺はシティアドベンチャのシナリオ作りのヒントをつかむため、授業中片時も手放さなかったリプレイを読み返していた。
これで三週目だ。だんだん文章が流れていく。もはや味のないガムを噛んでいるような苦行の域に入りかけていた。
そんな俺の背後で、ガラガラと部室の引き戸が開く音。
「あらサク君、今日は早いのね」
振り返ると、緩くまとめた三つ編みを揺らし加美川先輩が部室に入ってきた。
俺はいったんリプレイ本を閉じ先輩に挨拶をした。
「先輩、お勤め、ご苦労様です」
「……任侠映画でもみたのかしら?」
「いえ。さすがにこのリプレイ三週も読んだらちょっと頭が混乱してきまして」
「珍しいわね。サク君が同じ本を読み返すなんて」
俺は基本一度読んだ本はよほどのことでない限り読み返そうとは思わない。
読み返すと新発見もあるとはよく聞くが、どちらかというと未知の展開を楽しみたい派なのだ。
一度読んだところはスキップ機能は神だと思う、考えた人マジ偉大。
ただ、今回はシナリオの作り方のヒントを探しているので細部を、もっと細かい部分を感じたくて読み返している。
「まあ、次のシナリオのヒントになればいいかなって」
「なるほど」
そういって先輩は、カバンを置き、長机の向こう側で、パイプ椅子に腰かけ文庫本を読み始めた。
今日は読書の日になりそうだ。
アウトプットも大切だが、インプットも大切。
この部に入って初めに先輩に教えてもらった教訓だ。
試しに本を読んだ後に小説を書いてみたが、文章の表現が増えていてすらすらと文字が打てたことには衝撃だった。
俺も先輩に倣って、読み止めていた文庫本を手に取り、もう一度ページを開く。
ただ、集中ができない。さすがに三週目はきつい。
目の前の苦行から逃げようと、無意識に耳が勝手に外の音を拾ってくる。野球部だろうか、絶叫、奇声の類が聞こえてくる。
夏の大会の予選が順調との噂なので、かなり熱が入っているのだろう。
「ころせーーー」とか最近の奇声は殺意マシマシ青春汗アブラカラメだ。
そんな感じで意識がよそに行っていたからだろう。俺は完全に油断していた。
ガラっと大きな音を立てて開く部室の扉。
何事かと思わず、驚き、俺はそちらを向いた。
「……お願い、私と付き合って」
綺麗な黒髪の女生徒――黒木スズネこと、ソウルネームブラックラックさんが、俺の目の前で土下座していた。
それはもう見事なスライディング土下座であった。
「はい?」
俺ののどから搾り出た言葉は、これが精いっぱいだった。
登場人部メモ(更新)
黒木スズネ
ゴスロリ服が戦闘服な黒髪パッツン少女。
演劇部一年生。喋り出すまでやや間がある。
(更新)
性格 内向的のような違うような。




