悪役令嬢に転生しちゃったんだけど攻略されちゃいました。
いつも読みに来て下さってありがとうございますですv
いつも以上にゆる~いお話です。よろしくお願いしますー
※蛇・蛙・悪食注意でございます。苦手な方はお気を付けくださいませ※
※20.09.01大幅に改稿しました
寝ぼけまなこで布団から起き出そうとして、ベッドから転げ落ちた。
「うお?!」おもわず乙女らしくない声を上げてしまった。
…いいじゃん。30過ぎてたって…ずっと独身、それも彼氏がいたこともない魔法使い、もうすぐ天使とか賢者とかいろいろジョブが選べる40歳になるとしても純潔の乙女なのだから。
「いてて。腰打ったわー。我ながら段差があるとこまで移動するとかどんな寝相だよ。よいしょっと」
年々増えてくる独り言を呟きつつ、起きようとしてそこに分厚い緞帳のカーテンが引かれていることに気が付いた。
──実家暮らしの私の部屋というか家は、全部屋が障子と襖なんだが?
慌ててカーテンの向こう側へと出ると、そこは洋室だった。それもすんごく広い。
田舎の一軒家である私の部屋は10畳あって、それを話すと会社の同僚に吃驚されることがあるんだけど倍はありそうだ。そうして暗闇に慣れてきた目に映る調度品が豪奢すぎる。まるでどこかの美術館にあるみたいなテーブルセットや鏡台がある。
私は鏡台の前に吸い寄せられ、背伸びをしてそれを覗き込み、お約束のように叫んだ。
「ナンじゃコリャーーー?!??!!」
こうして私は、前世の自分が大好きだったVTuberが初見プレイ実況してた乙女ゲームに出てた、悪役令嬢に転生したことを知ったのだった。腰痛い。
『この世界でキミと』それは一見すると、よくある西洋風の学園が舞台の恋愛アドベンチャーゲームだけれど、珍しいシステムが採用されている。
何が違うかっていうとリバーシブルな所だ。
最初に主人公の性別を選ぶことで攻略対象が悪役になったりする。つまり男性主人公になれば悪役令嬢を口説けて、女性主人公を選べば悪役令嬢に妨害を受けることになる。
つまりは、私は悪役令嬢でありながら攻略対象でもある、ということだ。ちょっと珍しいよね。
ちなみに私は第二王子の婚約者として、第二王子ルートの時の悪役令嬢となる。もちろん、男主人公を選択した時は攻略対象者で、第二王子が悪役王子ね。
そしてもう一つ。こっちはそんなに珍しくないかもしれないけれど、このゲームでのエンディングでは悪役の扱いは酷い。そりゃもう酷いの一言だ。基本、投獄からの処刑。あと奴隷エンドもあるという話だった。まぁ、この辺は実況で2本分見ただけで大好きなVTuber様が笑いながら教えてくれるのを一緒に笑ってみてただけだけど。
スチルを埋める為には、さっきまで攻略対象だった相手を断罪に追い込まなくてはいけないというある意味地獄で悪趣味全開、でもそこがある層に大層人気の出たゲームだった。
「つか。なんで前の晩に実況見ただけのゲームに転生するかなぁ…」
もっと他にもあるんじゃないかと思ったけど…ないか。私の中には、あのVTuber様しかいなかったし。
もふもふ猫耳が愛らしい。でもそれだけじゃなくて、声が。とにかく声が良かった。腰砕けになるあの声。投げ銭すると最後に名前を呼んでくれるのが嬉しくて、毎日のように投げ続けたし、参加型の時は翌日有休取っても参戦した。同じ画面に自分のアバターがいるとか天国かよと何度も昇天しそうになったっけ。
あぁ、また一緒にゲームの実況みたいなぁ。笑う声が好きだったんだよねぇ。
こんな事になるなら昨夜の実況で貯金全額投げておけば良かった。そしたらあの声で名前を呼んで貰って、尻尾膨らませて「こ、こんな高額投げちゃ駄目ニャー ><」って言って叱って貰えたかもしれないのに。残念だ。
うん。もう見守ることはできないのか。はぁ。
そうして。滅茶苦茶落ち込んだ、あの腰を打った運命の夜。
婚約者の浮気で断罪されるのもお断りだし、自分の浮気で婚約者を断罪するのもお断りだ。
だから、私は決めたのだ。
悪役令嬢にも、攻略対象にもならないために!!
そうして私は周囲が吃驚してる中、翌朝から家族に向かって宣言をした。
「おとうさま! 私は剣の道に進みたいと思います!」
「よく言った!!」
バァン! と朝食の席でどでかい大理石製のテーブルを叩いて壊し掛けたのは、おとうさまではなくて先代公爵であるおじいさまだった。
おじいさまは、文官を輩出することが多い我がバートン公爵家において将軍職を務める傑物なの。
ハルバートっていう大きな槍の先に刃がついている武器を軽々を扱い馬上での戦いで負けたことは無いという歴戦の勇だ。
「父上?!」「お義父様!!」「お祖父様?!」
ちなみに、おとうさま、おかあさま、おにいさまの順ね。
お兄様は勿論攻略対象兼悪役令息だ。顔は(今の)私にそっくりで(私よりずっと)頭もいい。
こうして私は、おとうさまとおかあさまとおにいさま全員が反対する中、おじいさまと武者修行に出たのだった。
まぁね、結論から言っとくと。「地獄だった」それだけだね。
初日は一日中公爵邸の外周を走らされ続け、翌日は木剣を振らされ続け、その翌日は弓を引かされ続けた。それを何度が繰り返した一か月後には、山に連れて行かれて自分で獲物を狩って食つなぐという訓練まで施されたよ。泣くかと思ったじゃなくて本気泣きした。
だっておじいさまが狩った獲物を分けてくれたのは初日だけだったんだよ?!
次の日からは「自分で狩って生きろ」って言って分けてくれなくなった。
5歳の孫娘に厳しすぎやしませんかね、おじいさま。
まぁ分けてくれるとってもお昼の雉肉はともかく、夕飯に蛇と蛙のスープを差し出された時はさすがに食べられなかった。
お腹空かせてそのまま寝て。夜中にお腹が空いて目が覚めて、冷めきっていたスープをかっ込んだけど。
鶏肉みたいで普通に美味しかった。うん。ご馳走様でした。
翌日は果物っぽいものを集めて齧っては、渋くて泣いたり酸っぱくて泣いたり。そんな感じで3日過ごして下山した。
平地では走り込みと剣の素振りを一日中して、たまにおじいさまに山に連れて行かれる。
訓練中にぶっ倒れると、おじいさまが横に立って「諦めるか?」って聞かれるの。
勿論、「諦めません」って答えて、立とうとしてそのまま気絶したりね。
途中で(あれこれって断罪イベントと辛さ変わんないんじゃないの?)とか本気で悩んだ。でも死なないんだからずっとマシだなって思い直して、ナイフで仕留めた蛇食べた。この時初めて、「公爵令嬢ぇ…」ってリアルで言ったわ。
断罪イベントに入っても自力で脱出してお金なくても生きていけるようにはなった気がする。うん。
毎日ずっとそんな生活をしていた。
え、淑女教育? したことないわ。
騎士になる為のマナー講座なら受けた。女性騎士用のものだったから、それがそうだと言えなくもないかもね。
でも、その甲斐あって今世では第二王子の婚約者になんてならなくて済んだ。
婚約者を決める王妃主催のお茶会の日に山籠もりして猪(初めての罠猟ですよ! 成功ヒャッハー)を狩って自分で解体して食べてた公爵令嬢なんて選考対象に入る訳が無いのだ。わはは。作戦勝ちよね。理由が想定外だけど。いいの、婚約者ができなければ成功なのよ!!
という訳で。
ゲームの舞台であるこの国の貴族子女がすべて通うことになっている学園も、ゲームの中で通っていた貴族科ではなくて騎士科に進むことができた。
ここでようやく(あれ、おじいさまって私に碌な剣技教えてくれなかったなぁ)って気が付いたけど、きっとあの山での修業が無かったら体力的について来れなかったと思う。それに身体の動かし方はあの特訓の中で鍛えられたと思っているからそれで納得することにした。うん。
騎士科は、制服も、貴族科の女子の様にやたらたっぷりした踝まで隠れるロングスカートにハイヒールという動きにくいものではなく、女子でもパンツタイプでロングブーツ(ちなみに私のには特注で爪先と踵に鉄板入れて貰ったので歩いているだけで鍛錬できる優れものなの。超お気に入り)なので、動きやすい。
ゲームのルートとはかなり変わっちゃってるからいつどこで断罪が始まるか判んないし助かる。ありがたい。
第二王子の婚約者にならないで済んだのならもう大丈夫だろうって?
気を抜いたら駄目なのよ。いつどこに落とし穴が待っているのか判らない。
例えば、騎士科にいる唯一の攻略対象者。現王立騎士団団長の嫡男、名前は…なんだっけ? あ、そうだ。ベン・スミスだ。この名前、あっちで名乗ったら偽名扱いされるの間違いなしだよね。ゲーム制作会社の扱いの雑さよ。
でも笑っている場合じゃない。青灰色の髪をした精悍な顔のベン・スミスには婚約者がいなかった。これがゲームの通りなのかどうかを知らないのが痛い。
だから、徹底的に嫌われる為に私はもうひと頑張り必要なのだ。
彼は入学前から騎士科において頭一つ抜け出るような存在と目されていた。だから実際の主席は私が掻っ攫わせて戴いた。
入学して半年後の実力テスト。騎士科のメインが実技で吃驚したけど、剣・弓・体術・馬術だけじゃなくて純粋な体力測定もあって、そのほぼすべてで私が一位を取らせて貰った。
おじいさまに鍛えて貰ったのは身体の使い方と体力に関してばかりだったけれど、それで十分だった。
おじいさまのような圧倒的パワーを余すところなく使う戦い方は私には無理だと考えたおじいさまは、その前段階、私という人間の基礎を極限まで鍛え上げ、それを使えるものとすることにのみ心血を注いでくださったのだ。
そうして、変に癖をつけることなく、この学園の騎士科で基礎から教えを受けたことで、私はおじいさまが築き上げて下さった私という土台の上に華麗な剣技を身に着けることが出来た。
的確な状況判断力を基に一瞬で戦術を立て、圧倒的速さを持って敵を制する。
それを成し遂げられるだけのものを、私は学園に入る前までに身に着けたのだ。
おじいさまの協力と、家族の(特におかあさまのね)嘆きの下に。
ただベンチテスト(力比べ)だけは手も足もでなかった。これはさすがに男子生徒の平均をちょっとだけ上回る程度でしかなくて悔しかった。
でも仕方がない。私の体形はどうしてもあのゲームでの悪役令嬢そのままだったのだから。
すらり細いウエストに長くて華奢にしか見えない手足(見えないだけだけど)。でも胸とお尻はボリューミーという派手なドレスが映えるエロ体形。もう自分で鏡の前に立つ度に吃驚する。つい自分で揉んじゃったりね! 吃驚するほど柔らかくてちょっと他にはない弾力だ。ちなみにクソ重い。これが無かったらきっとベンチプレスも弓術もうちょっとイケるんだと思う。邪魔だし。
おっと話がずれた。ちなみに筆記は…私には前世でのチート知識があるので(一応大学出てるし)元々が武官を目指している科だしで、20位以内に入れた。ベン・スミスは30位までに入らなかった。こちらも私の勝ちだ。ふはははは。
更に年度末テストも、進級してからもずっと。一度もベン・スミスには負けなかった。筆記も最後の方はベン・スミスの奴も『莫迦では騎士団であろうと出世できない』と家族の誰かから諭されたそうで頑張っていたので30位以内に入れるようになったようだが20位前後をずっとキープしていた私の敵ではないのだ。え? 低レベルの争い過ぎるだろうって言われても、同レベルでしか争いは起きないのだ。私達は競い合っているのだ。同レベル上等だ。
騎士を目指しているせいだろうか、いきなり女性に絡んできたりはしないけれどすれ違う度睨まれる。いいぞいいぞー。是非そのまま私の事は嫌っていて欲しいものだ。
そうそう。いつの間にか私に二つ名が付けられていた。
『蛮族令嬢』だそうだ。すれ違う時、ベン・スミスと一緒にいる誰かが囁くのが聞こえてきて知った。
蛮族上等。この二つ名を持つ私を、例え公爵家との繋がりを求める為だけだろうとも嫁に欲しがる家はあるまい。
せめてこの学園を卒業するまでは絶対に婚約者を持つつもりはない。それだけは譲ることはできないのだから。
おかあさまは『このままでは娘は婚期を逃すどころか一生結婚できないかもしれない』と嘆くけれど、断罪から処刑コンボを喰らうよりは親不孝ではないと思うので、そこは諦めて戴くしかない。
騎士科にいる女子生徒は全騎士科100人中5人だけだ。みんな仲は良い。
女性騎士がいるのは近衛騎士団のみなので(他国の要人貴人を受け入れる際にはどうしても女性による警護は必要なんだよね)仲良く出来るのは嬉しい。
ずっと、家ではない外での食事はおじいさまとばかりだったから、学園のカフェテリアで同い年のご令嬢たちと一緒に華やかなお喋りを聞きながら食べるのは楽しいと知った。いろんな知識も教えて貰えるのがありがたい。お茶会とか全ぶっちしてきたから社交界の噂話とかまったく知らないしね。
代わりに山での修業とかサバイバル知識を教えてあげたら『…エミリア様、食事の時にその話題は止めましょう?』とやんわりと睨まれた。怖かった。
…あの子達、いつも愛らしく『さすがです、エミリア様。私達には到底届かない高みにおられますのね』と私の剣技を讃えてくれるけれど、本当は私などよりずっと強いんじゃなかろうか。ブルブル。
そのまま最終学年までこれて成績も上々。近衛騎士団への入団審査も通った。
もうすぐ卒業だ。
卒業さえしたら、完全にゲームに無関係の人生が待ってる。
やったね、私!
……そう思っていた時が私にもありました。
いや、ついさっきまではそう信じてた!
今、目の前に、婚約者になっている筈の、この国の第二王子ルイン・パルバード殿下が、未来の側近となる学友たちを引き連れて私の座っているテラス席に向かってまっすぐ歩いてくるまでは。
(終わった。人生終わった…)
騎士科と貴族科共通エリアであるカフェテリア。
騎士科は当然だけれど女子が少ないので皆で一緒にランチを取る事が多いのだけれど、いつの間にかそこに貴族科のご令嬢たちも傍に集まるようになった。
その理由は、騎士科にいるお目当ての令息の情報を求めてのことだったり、すでに婚約している相手の授業中の様子を知りたいという乙女心によるものだったりする。
だから結構メンバーはコロコロとまではいかなくてもそれなりに入れ替わることも多くて辛うじて名前と顔が一致する程度の事も多い。
まぁ私、ご令嬢の力関係とか興味ないしね。
でもそんな中でも、気になってる令嬢はいる。というか知ってる顔がある。
ヒロインのエリス・ポート男爵令嬢。ストロベリーブロンドのさらさらの髪と蜂蜜色の瞳。お母様が隣国出身ということであまりこの国では見かけない色合いをした愛らしい少女だ。勿論声も可愛い。
成績は優秀だって聞いてるけど、そういえばヒロインちゃんのそれ以外の噂は聞いたことないなぁ。
ゲームの通りに進むんだったらいろんな高位貴族の令息(それも婚約者のいる!)に、馴れ馴れしく…じゃなかった、無邪気に近付いては婚約者である女生徒たちの鼻つまみものになっている筈なんだよね?
その少女が背中合わせではあるけれど、すぐ後ろに座っていることは聞こえてくる声で判っていた。
ヒロインちゃんのところへ告白にくるんだ。
心臓がバクバクいって苦しい。思わずぎゅっと目を閉じる。
彼女がこないから攻略対象者たちから来た図、だよね?
サイコロはどっちに転ぶのだろう。
──一緒に、謂われなき断罪がセットになってついてきたりしないよね?
そんな恐怖が頭の中で渦巻く。
ゲームの強制力が働いて、やってもいない虐めとか高慢な態度が気に入らないとか、そんな難癖をつけられたりしないよね? ましてやそれで処刑イベントへ突入なんて…。
俯き、手にぎゅっと力を入れて身体に奔る震えを誤魔化す。
すぐ傍で、殿下が跪いた。
そうしてすぐ目の前で跪き、片手を前に差し出しもう片方の手を胸に当てると、朗々たる声ではっきりと告白した。
「アリー・ソーン嬢、どうかこの私の手を取り、私の生涯のパートナーになって欲しい」
……え、誰?
第二王子殿下が甘い声で、ヒロインちゃんでも勿論公爵令嬢の私でもない名前に向かって愛を請うのを呆然と見る。
私だけでなく、そこにいた全ての生徒の視線が跪いた第二王子とその前に佇む一人の女生徒へと注がれる。
「その艶やかな黒い髪。宝石の様な黒に金の走る瞳。あなたほど美しい方はいない。どうか俺の手をとり、この国を治める俺の横で俺を支えてくれないだろうか」
あんた第二王子で国を治めたりしないだろ、というツッコミは置いといて。
真摯に愛を請う第二王子の後では側近共も一緒になって跪き頭を下げている。
…それでいいの? いいのか。第二王子より頭高いとこにしてる訳にもいかないんだろうし。
あれ、私も跪くべき? そう思って周りをキョロキョロ見回して、観衆は誰も跪いていないことに安心して詰めていた息を吐いた。
「くすっ」
──笑われた? 視線を感じてそちらを見遣ると、第二王子殿下に心からの愛を告げられている最中の令嬢が、こちらを見て笑っていた。
び、美人さんだー。
陶器の様な白い肌が真っ黒でさらさらの髪に縁どられて、お互いを引き立てていて、白い肌をより白く、髪をより黒々とみせ艶やかに魅せている。大きな瞳は黒に金色の光が混じり神秘的としか言えない美しさだ。……語彙力が無くて申し訳ない。とにかくちょっといないようなカリスマ性を感じさせる美人だ。
こんな美人、いたっけ?
首を傾げていると隣から囁き声が聞こえてきた。
「前に話題にしたことがありましたでしょう? あのご令嬢が、春に隣国からきた転入生ですわ」
あぁ、それなら憶えている。なんとなくだけど。
すっごい美人で成績優秀なご令嬢が転入してきたってみんな騒いでたっけ。
「家格は子爵だけどあれは絶対に高位貴族のお忍び留学」だと教えてくれたのも隣に座っている子だった気がする。その時は「へーほーふーん」としか思わなかったけど、きっとこのご令嬢を前に教えて貰っていたら、きっともっとちゃんと聞いたに違いない。
目が吸い寄せられる。
そっちの趣味のない私でもこうなんだから、そりゃ並みの男子生徒だけでなく第二王子殿下だってヒロインそっちのけで夢中になるよねぇ。
その美少女を見つめていたら、その美しい顔がその笑顔を深めて私を見つめ返してきた。え?
手を差し伸べている第二王子殿下を無視する形で立ち上がり、そのまま近付いてくる。
え? …え??
彼女はそのまま私の目の前で立ち止まると、するりと優雅な仕草で跪き、私の手を取った。
「エミリア・バートン公爵令嬢。紹介も受けず、こうしてお声掛けさせて戴くことをお許しください。私はアリー・ソーン。アナタの愛を請う者です」
どうっ、と周囲に動揺が走る。
当然だ。我が国の第二王子殿下の求愛を受けたご令嬢がそれには応えず、いきなり女だてらに騎士科に進学した蛮族令嬢(笑)に向けて告白したのだから。
目を真ん丸くした阿呆面を晒している私を前に、こてん、と可愛らしくその美しい顔を傾げたご令嬢が少し考えた後、その紅い唇の両端をにぃっと笑みの形に持ち上げると、私に向かって更に一歩足を進める。
そうして、ついっと私の耳に髪を掛けると、そこに私だけに聞こえるように囁いた。
【”ありそん”そう名乗り直したニャ、キミは頷いてくれるニャ?】
「うそ?!」
思わず、大きな声を上げてしまった。
”ありそん”様。私の大好きな、大大大大大好きなVTuber様のご尊名。
残業で疲れた心と身体を癒してくれる、神の使い。私の心の在る所。
まさか、そんな。至高の存在が、目の前に?!
思わずぼろぼろと泣き出した私に、神のごとき至高の御方がそっと取り出したハンカチで涙を拭いてくれる。
「やっぱり。エイミーちゃんだよね。キミに会えて嬉しい」
”エイミー”は、私がチャンネル登録をしていた名前だ。名前を読んで欲しいが為に投げ銭をする為だけに作ったキャラだともいえる。
実際の私とは似ても似つかない美形アバターで登録してある。えへ。ちょっとした見栄だ。
ちなみに、今の私は髪型や服装など、そのアバターを意識している。乙女ゲームの悪役令嬢兼攻略対象者のハイスぺがあってこその再現率だけど。というか、今の私の方がずっと美人でスタイルがいい。さすが乙女ゲームの悪役令嬢だ。
「ありそん様…。ずっと、ずっとお慕いしておりました」
そう、前世からずっと!
そう告白する私を、嬉しそうに見つめる美少女。うれしすぐる。
なにこれ、夢かな。また死ぬの、私? いや、前回死んだ時の記憶はないんだけれど。
尊きありそん様の腕の中で泣きじゃくる私の頭に、柔らかな唇がなんども落ちてくる。
その秘めやかな感触に、胸の高まりがおさまらない。死ぬ。尊死ぬ。あぁ、なんで私、全財産を前世に置いてきちゃったんだろ。今こそ投げ銭を。この喜びを投げまくりたいのに。
「待て! いや、待ってくれ。おかしいだろう、こんなの!!」
尊き御方の腕の中で幸せ全開お花畑になっている私に、第二王子殿下の無粋な声が割って入った。
声だけじゃない。いきなりグイっと後ろに引き裂かれた。あぁ、神の御手が離れて…うわーん、酷い~。
じたじたと神様の身許に戻ろうと藻掻く私を、殿下の側近筋肉担当騎士団長嫡男宿敵ベン・スミスが抑え込む。やーめーてー。これでも公爵令嬢の私の腰を勝手に後ろから抱き抱えるとか不敬すぎやしない?!
「こら、おとなしくしろ。この野獣令嬢め」
おう。なんか二つ名増えてる。まぁ誤差の範囲か。
山で鍛えられた身体の動きで、私は男女の力の差を埋める術を手に入れた。
お陰で模擬戦では負け知らずだ。
ただし、こうやって純粋に力比べをされてしまうと手も足も出ないんだけど。
「離しなさい。ベン・スミス。騎士団長の嫡男とはいえ伯爵家子息でしかない貴方が、公爵令嬢たる私にこのような無体を行うことは許されません!」
えへ。久しぶりに令嬢っぽいこと言っちゃった。
きっ、と斜め下から強引に睨みつければ、さすがに自分が無理やり抱き着いているのが未婚の令嬢(それもずっと家格が上の公爵のね!)であることに気が付いたのか、拘束していた腕が緩む。
その隙に、強引にその腕を振りほどいてみぞおちに向かって一撃蹴りをくれてやる。勿論、爪先と踵に鉄板の入っている自慢の特注ロングブーツで。だって手で殴ってお腹に防具とか付けられていたら怪我しちゃうし。私これでも公爵令嬢だから拳に傷が残るのは困るのよ。おかあさまが嘆き悲しむ。
「ごふっ。…これが、野獣じゃなくて、なんだっていうん、だ」
がくり、と地に膝を着きそのまま腹を抱えるベン・スミスが失礼なことを呟きながら気を失った。ふんだ。
「くっ。暴力女め。こんな女が俺の元婚約者候補だなんて。それだけで不敬だと斬り捨てたくなる」
野蛮はどっちだと言いたくなるような事を第二王子殿下が拳を握りしめながら悔しそうに呟く。
まぁ、やってみればいいんじゃないかな。殿下のなまくら剣なんて掠らせもしない自信はある。
じりじりと睨みあっていると、私たちの間に、神が再び舞い降りた。
「エミリー。私以外の男を見つめてはいけないよ」
するりと頬を手で包まれて引き寄せられる。なんかいい匂いがする。
「はい。判りました、我が神様」
神に名前を呼んでもらえる栄誉が今世でも続くなんて。前世の私はどれだけの徳を積んだのか。そんな覚えはまったくないんだけど。
あぁ~。また腕の中に包まれた。抱きしめてくる腕は思ったより筋肉質で力強い。
こんなに細くて嫋やかなのに。不思議うれしい。きれい。幸せ過ぎて脳みそが溶ける。
「おい、いや。エミリア・バートン。アリー嬢を離せ!」
言われている意味が判らない。脳みそ溶けてるのもあるんだろうけど、私がありそん様に捕まえられているのだ。私が掴んで離さない訳じゃない。
とはいっても、前世からずっとこの声に囚われているのだから。自分から離れるのは無理だ。
「おい、俺の命令が利けないのか!」
再び私を引き剥がそうと、第二王子殿下の腕が伸びてくる。その腕を、ガッ、とありそん様が取り出した扇子で叩き落した。
「っ!? なにをするんだ」
わお。なんかすっごく良い音がしたぞ。痛そう。
「エミリーは私のものです。勝手に触ろうとしないで下さいますか?」
「?! しかしっ。エミリア・バートンはこう見えて公爵令嬢だぞ? 剣の腕がそれなりだったとしても、これでも一応は女だ」
それなりとは失礼な。これでも学園在籍中の三年間を通して、学内で実技において誰にも負けたことは無い。
そこで寝ている第二王子殿下の側近候補よりずっと強いんだからね!
しかし、いくら私がそれを誇ろうとも、正しい公爵令嬢としては、私がズレまくっていることに間違いはない。ダンスも下手だし淑女としてのマナーとか全然知らないしね。
「存じております。というか、私は別に物が見えない訳でも道理を知らない訳でもありませんわ」
くすくすと馬鹿にした様子で我が神様が第二王子殿下に答える。
「しかし! 令嬢であるあなたの嫋やかな手を、この野蛮令嬢が取ることが出来ないのは道理ではないのか!」
ぐぬぬ。私としては別に神様が女の子でも構わないんだけど。
ちろり、と視線を我が至高の御方に向ける。あぁ、その笑顔、スクショが撮りたい。なんでいつもみたいに録画できないんだろ。モッタイナイ!!
「あぁ。そうでした。失礼いたしました。改めてご挨拶を」
さらりと綺麗な黒髪を後ろに流した我が尊き至高の御方が、【だいじょうぶニャ】と私だけに囁いて、第二王子殿下に向かって紳士の礼を取った。
「アリーヤ王国王太子ショーン・デュ・アリーヤです。現在、パルバート王国国王陛下のご配慮によりこの学園への特別遊学を認めて戴いております。ただし、正式なるご挨拶はまたの機会とさせて下さい」
いま告げられた言葉の意味を、その声が聞こえた生徒たちが理解しようと懸命に考えていた。
あれだけ喧騒に包まれていた学園のカフェテラスが一様に静けさに染まる。
ただし、それだけの衝撃を皆に与えた人物だけは通常営業のままのようだ。
「エミリー。どうか学園が終わった後の時間を私に貰えないでしょうか。公爵家宛には人を遣ります。お父上にも、今後についてお話したいのです」
ルイン第二王子への対応はあれで終わったとばかりに、神が話を進める。
え? どいうこと??
「この学園を卒業してからでいいのです。私の婚約者として、一緒にアリーヤ王国へ来て下さいませんか、エミリア・バートン公爵令嬢」
「?! 無理です。だって、死んじゃう」
慌てて顔を横に全力で振る。
わ、私が、神と結婚?! 無理無理無理無理ー。はい、即死フラグきたよー。
涙目で全力拒否を表す私に、神がまたそっと耳元で囁く。
【無理じゃないニャ。エミリーは死ニャニャいし、死んじゃうのは私のお嫁さんになって、沢山の子供を産んで、孫の顔も見てからニャ】
反則ですよ! その笑顔と込みで反則すぐるですよ!!
「大丈夫。問題なんてないよ。全部、私に任せて?」
にっこり笑った顔がとても綺麗で、でもちょっと魔王に見える。嘘、やっぱり尊い。
【”ありそん”様】
その御名を口にするだけで、なんと甘く快いのか。思わずそのまま頷いてしまいそうになる。う。でも、近くにいるだけで壊れそうなほど高鳴りまくりやがる私の心臓が持つとは思えないのですが?!
「嘘だ!」
へあ?! あ、ルイン第二王子か。おっと不敬だった。
「問題大ありだろ! だって、ふたりとも女じゃないか! 女同士で結婚なんて…(ゴクリ)いや、綺麗だと思うけど、でも、子供も持てないじゃないか! 王太子だとしても娶るなら王配だろう?」
なんか途中で不埒な妄想してたっぽい間があったけど、深く追求するのはやめておこう。男の子にはファンタジーが必要だよね! 女の子にもだけど。
あー。女同士なら第二王子を娶る方が正しいって思ったのか。なるほどねー。
ほうほうと、婚約者になる筈だった男が至ったであろう思考を辿り、納得する。
確かに、女同士では子供は残せない。しかし、だ。
そこに、コロコロと鈴を転がすような声が響いた。その声の主は耐えきれないとばかりに楽しそうにしている。
「まぁ。失礼いたしました。パルバート王国ルイン第二王子殿下におかれましては、我がアリーヤ王国について明るくはいらっしゃらないご様子ですね」
にっこりと、顔の表情は笑みを取りながらも、冷たい瞳で名指しした相手を見据える。
「う。いや、その…そんなことはない。大国であるアーリヤ王国のことを知らない王族など、ありえん」
しどろもどろになりながら答える第二王子に向かって、その場にいた学生たちの白い目が突き刺さる。
アーリヤ王国。広大にして肥沃な大地を有する大陸最大最強の国。
圧倒的産出量を誇る金銀鉱山と、それを輸出できる大きな港を有し、肥沃な大地で食料庫も抱える誰もが夢見る富める国だ。
そこの王太子と言えば、幼い頃からその金銀の精錬や、寒い土地での農産物の育て方についてなどについて知識を与え、元々資源が豊富だった(けれどそれに胡坐を掻いてそれ以上にはなろうとしなかった)アーリヤ王国を、一躍発展させたと名を馳せた天才王子だ。
そう。”王子”だ。
その事について、後ろに控えていた側近どもに耳打ちされた第二王子が膝から崩れるように膝を着く。
その前で、大国の王太子は、さらりと自身の制服のスカートの裾を掴み、くるりとターンを入れてから淑女の礼を取った。
「わたし、似合っているでしょう?」
美しく揃えられた指先、完璧なまでに慈愛さえ感じる微笑みの表情、立っているだけで華のある佇まい。
動きひとつひとつの美しさと匂い立つような色香に、その場にいたすべての者の目と心が奪われた。
(──スッゴク、お似合いです)
これが、成人前とは言え大国の王太子のものなのか。
老若男女問わず、そこにいたすべての者の心は今ひとつだった。
「此度の婚約者候補に逢う旅に出る前に、母上が『短期間でその令嬢の本性を知るには女性として近付くのが一番です』と知恵を授けて下さったのです」
そうコロコロと笑って言う声すら鈴を転がすような声で、ルインだけでなく、エミリア自身も、いまだに担がれているような気しかしない。
「それと。婚約者候補の女性のこともですが、未来の為政者としての為人も、王太子としての訪問では見れないものを見れるかもしれない、と」
ショーン・デュ・アリーヤ王太子殿下はそこまで言うとルインに向かって、それまで見せていた柔らかな表情ではなく、少し酷薄に見える笑みを浮かべた。
それは確かに少年の持つ中性的なそれであり、見つめられたことでポウッとなったルインの頭を一瞬で冷めさせる何かを含んでいた。
「本当ですね、いろいろと違う角度から見れた気がします。例えば、この国の王子殿下は、自らに婚約者がいるにも拘わらず他を求めて当然だと思っている、とか」
ぞくり。
紅を刷いたような紅い唇が弧を描く。アリー・ソーンと名乗っていた少年の浮かべたそれは笑みであって笑みではなく、酷く残酷な裁定を傲慢な少年に下す。
そうだった。突然のことですっかり頭から抜け落ちていたけれど、あの私が山で猪を仕留めて雄叫びを上げていた時に開かれたお茶会の席で、我が国の第二王子ルイン・パルバード殿下には婚約者が決定していたのだ。
アイラ・エルノ侯爵令嬢。今、ルイン殿下の後で真っ蒼な顔で睨みつけている愛らしい顔をしたご令嬢だ。この国の宰相の愛娘。切れ者として名を馳せる宰相が溺愛しているそのご令嬢を婚約者に持っているにも関わらず、この茶番。明日、殿下が学園に来られるかは神のみぞ知ることだ。私は多分無理だと思う。
「さあ、エミリー。返事を聞かせて?」
ふわりと、たったの一歩で優雅にその冷酷だった少年は姿を消し、私の目の前には甘い輝きを瞳に宿した美しい少女が立っていた。
そして。頭のいい第二王子の側近たちも知らない、アーリア王国王太子の秘密。
それは『この世界でキミと』の主人公選択画面で、男主人公を選んだ時、このアーリア王国王太子となる、ということだ。
そりゃそうだよね。可愛いだけで見初められる可能性がある女主人公と違って、婚約者がいる令嬢を奪うのなんか、それなりの地位にいなくちゃできる訳がない。ゲームがヘルモードすぎる。
「へ、返事、ですか?」
こくり、と頷かれて、頬を染め期待を込めた瞳が私を見つめる。
こんなの、抵抗できるわけがない。
【はい、喜んでお仕えいたします、我が神様】
「お仕えじゃなくて、お嫁に来て欲しいんだけどな」
ふんわりと笑う我が神様の尊みが尊すぎて辛い。
どうやら私は、”私の人生という全財産”を投げ銭として捧げることができたっぽい。
悪役令嬢に転生したつもりの私だったけど、ヒロインにしか見えないヒーローに攻略されちゃったみたいです。
ちなみに、このリバーシブルタイプの恋愛ゲームは実際にあるそうですよー
やったことないですけど。ちょっと楽しそうですよね