9、自重してよ
最近喜六君の様子がおかしい。
別に笑えるって意味のおかしさではなく、むしろその逆だ。
私個人としては全く笑えない事態に陥っている。
「おーい、喜六君やーい」
「……んー……?」
「そろそろ起きない? 先生来ちゃうよ」
「……んー、そーだねー……」
それだけ答えた彼はスヤァと寝息を立て……てる場合じゃないよ、起きてよ!
なんで教室で私の肩を枕にして寝てるの!?
長机なので距離を詰められると逃げ場が無いからどうしようもない。
そもそも君、寝るのは秒だけど寝起きはそこまで悪く無かったよね?
今までちょっとつつけば起きてたじゃん。
先生に指された時だって割りとすぐ起きてたじゃん!
周りから送られる好奇と同情の視線が痛い。
肩にかかる重みに堪えかね、私は強めに彼の体を押し退けた。
「……んぁ?……」
「ちょっと喜六君、ほんとどうしちゃったの」
起きられない程寝不足なのだろうか。
もしくは睡眠に関する魔法薬でも飲んでしまったとか。
そう考えると恥ずかしさや戸惑いよりも不安の方が勝ってきた。
慣れって怖い。
喜六君はボケラとした顔で私の肩から頭を持ち上げると、悪びれた様子もなく大あくびをした。
「ふぁ……どうもしてないよー?」
「どうもしてない人はどうしたの、なんて聞かれないんだよなぁ」
自覚無しかい。
苦い顔をする私に気付いたのか、喜六君は珍しく考え込んでしまった。
そうそう、その調子で最近の自分の身の振り方をよく思い出して欲しい。
絶対変だから。
「うーん、しいて言うなら、最近はよく眠れてるかなぁ」
「あっそう……」
でしょうね! と言いたいのをグッと堪える。
そりゃ今日だって授業の殆どを寝て過ごしてるのだ。
よく眠れてない筈がない。
「なんかねー、ラズリーさんと寝ると気持ちいーんだぁー」
ヒュッと喉の奥から変な声が出た。
そんな誤解を招くような言い方しないで欲しい。
喜六君にそんな気はないと分かっているだけに居たたまれない気持ちになってしまう。
幸いにも私達の会話は近くの席の人達には聞かれず、騒がれる事は無かった。
二重の意味で心臓に悪い。
「な、な、なにを……っ」
「んーと、よく分かんないけどねぇ、ラズリーさんの夢を見やすくなるんだよー。あったかくてフワフワしててさぁ、何だか気持ちいい夢なんだぁ」
私は今、何を言われてるんだろうか。
私の肩枕で寝ると私の夢を見て?
それが温かくて気持ちいいと?
だから最近私の肩を自分専用みたいに多用していると?
いやいやいや、おかしいでしょ!
え、普通に何で!?
「い、いや、うん。とりあえず落ち、落ち着こうか、喜六君」
「んー? ありがとー?」
「あれ、久々に噛み合ってない?」
お互いに疑問符が付く会話はさておき、とりあえず彼の行動の謎は解けた。
納得はいかないけど。
「あのさ、喜六君……」
「なーに?」
「その、悪いんだけど、肩が凝るから出来るだけ自重してくれると助かるかな……」
なんかこっちが無理言ってるみたいな言い方になってしまったが、まぁ良いか。
「恥ずかしいし」という本音が隠された私の要求は、一応伝わったらしい。
「あぁ、それもそうだよねぇ。ごめんね気付かなくてー」
「いや、まぁ、分かってくれたら良いんだよ」
「じゃあまたお昼休みにねー」
「何が!?」
「どういう事なの」と突っ込もうとした所で先生が来てしまい、おかげで私はお昼になるまで、彼が「自重して昼休みの時だけ」肩を借りようなどと図々しい考えをしていた事を理解できなかった。
噛み合わない会話の補足↓↓
彼の中では「落ち着こうか」→(大丈夫、僕は落ち着いてるよ)→(よく分からないけど、心配してくれたみたいだし)「ありがとー?」の流れだったようです。
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