表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

8、先に言ってよ

 教室に戻る途中、勇気を出して聞いてみた。


『なぜあんな事をしたのか』


 この問いに、喜六(ニコスィス)君はアクビを交えてこう答えたのだ。


「……だって枕無かったしふぁ……」


 確かに、彼はよく自分の腕やタオルを枕にして寝ている。

机の無い椅子に座って寝る際は、大抵壁に頭をもたれて寝ている。

喧嘩で彼が一番許せなかったのが、枕を燃やされた事らしいのも分かっている。


 つまり、彼にとって枕は睡眠には欠かせない重要アイテムなのだ。

これがどういう事か理解できない私ではない。


 要するに私は枕(もしくは壁)の代わりにされただけに過ぎなかったのだ。

全くもって失礼な話である。

仮にもうら若き乙女の肩を何だと思っているんだ……あ、枕か(もしくは壁)。


 ムスッとしながら席に着くが、多分彼は私が不機嫌な事に気付いていないだろう。

未だうつらうつらしながら目元を擦っている。


「あー、ねぇねぇ、リーアヤードさん」


「……何?」


「グチ聞いてくれてありがとねぇー……あと肩もー」


「……ドーイタシマシテ」


 もうほんとヤダ。

人の気も知らないでフニャフニャ笑う彼の顔が直視出来ない。

タイミングよく先生が教壇に立った。

早く授業始めて欲しい。

そしたら彼はまた夢の世界に旅立ってくれるだろう。


「おかげで嫌な夢見ないで済んだよー……なんかねー……リーアヤードさんの夢が見れふぁぁ……」


「では授業を始めるッ! 本日は魔法道具の種類についてだッ!!」


 えぇぇ今何を言ったの喜六(ニコスィス)君!?

バッと振り向いたが彼は既に旅立っていた。

もうほんとヤダ!


 爆弾を落とされた私は先生に見咎められないように熱を持つ頬を教科書で隠したのだった。




 そんなこんなで早放課後。

いつものように喜六(ニコスィス)君をつつき起こし、さて帰ろうと一人寂しく廊下を歩いていた時だった。


「あーっ! お前、えーと、喜六(ニコスィス)の隣の奴っ!」


「……ラズリー・リーアヤードです」


 何故か剣五(パースパーダ)君に捕まった。

っていうかまだ私の名前知らないんかい。

いや、今初めて名乗ったのだから仕方ないのかもしれないけど、そこは片割れから聞いてても良くない?

いかに喜六(ニコスィス)君が私の話をしてないかが分かって辛いんだけど。


 剣五(パースパーダ)君は「そーかラズリーか! よろしくなー!」と、(喜六(ニコスィス)君とは別の意味で)何も考えて無いような顔で笑い飛ばしている。

勢い強すぎて飛ばされそう。


「いやー、あいつ珍しく妹と喧嘩しててよぉ、昨日からクソ機嫌悪くて困ってたんだよ!」


「はぁ……」


 喧嘩の相手、君じゃなかったのか。

っていうか妹いたのか。


「あいつ、休みの日に女とデートして一日眠らなかったらしくてよぉ。そんで次の日寝坊して、たまたま機嫌悪かった妹と喧嘩んなったみてぇ」


「え゛」


 デート云々はさておき、その女ってもしかしなくても私の事ではなかろうか。

だとしたら喧嘩の原因は私じゃないか。

なんてこった。


「ヘ、ヘェー、ソーダッタンダー」


「あ、やっぱデートの相手お前だったり!?」


「な、別にデッ、デートじゃない!」


「おぉービンゴ!? 俺スゲくね!?」


 スゲくねぇからお願い黙って。

そして一体君は私に何の用があって絡んできたんだ、嫌がらせかな?

顔を覆って指の隙間からジトリと睨むと、剣五(パースパーダ)君は悪戯っぽく声をひそめた。


「実は今、妹が『ベッド丸ごと燃やすのはやりすぎた』っつって喜六(ニコスィス)んトコに謝りに行ってんだよ。だから俺は仲直りまで暇つぶし」


「私は暇つぶしかい」


 ハッキリ言い過ぎだろう。

そしてベッド丸ごと燃やされたのか。

過激な妹さんだ。

そこまでされて怒るポイントが枕とは、喜六(ニコスィス)君もよく分からない男である。


「それにしてもあいつが女子と出かけるなんてなぁー! しかも二人っきりで!」


「ちょっと、声がでかい!」


 慌てて剣五(パースパーダ)君の口を押さえると、彼は目をパチクリとしながらもモゴモゴと何かを喋っていた。

いや押さえられたんだから黙ろうよ。

なんで最後まで喋ろうと抗うんだ。


モゴゴ(だって)モゴファ(マジで初)モゴモゴムゴー(めてなんだって)!」


「良いから、分かったから黙って!」


 押し問答(物理)を繰り広げていると、「二人とも、何してんのー?」と聞き慣れた声がかけられた。

うわぁ、このタイミングで現れないで欲しかった。


 ギギ、と振り向いた先には喜六(ニコスィス)君と、何故かヒュベルダ? さんがいた。

嫌でも二人が言い争っていたあの光景が思い起こされる。


「全く、放課後とはいえ廊下で騒ぐのは感心しないわね。彼女も困っているじゃない」


 私に向けられた言葉ではないとはいえ、呆れたような眼差しを送る美人の迫力に言葉が出ない。

ピシリと固まっていると剣五(パースパーダ)君に手を振り払われた。

流石に近かったと今更になって気付いたが、後の祭りである。

反動で「おっと」と少しよろけたものの、背中を支えて貰ったので助かった。

イメージ通りというか何というか、力強いな剣五(パースパーダ)君。

これが喜六(ニコスィス)君だったら巻き込んですっ転んでたかもしれない。

危ない危ない。


「あ、ありがとう」


「どーいたしまして! でも今は俺のがピンチだな!」


 いや何でだよ。

そう突っ込みたかったけれど、今は喜六(ニコスィス)君の横に立つ彼女の事が気になって仕方ない。


「えと、あの」


「……んーとねー……今妹と仲直り出来たんだぁ」


「そっか、良かったね……って妹!?」


 思わず二度見してしまった。

え、妹って? だって今ここにいる彼女、うちの学年トップクラスの秀才美女で……え、妹?


 間抜けな顔で混乱する私に、彼女はクスクスと笑いながら優雅にお辞儀をした。


「初めまして。このバカ共の三つ子の妹やってる七美(フュベルダ)です」


「あ、どうも。ラズリーです」


 フフ、と綺麗な微笑みを携えているが、辛辣な発言とベッド丸ごと燃やしたという衝撃の事実は忘れようがない。

というか情報が多すぎて気持ちと理解が追い付かない。

私ってば喜六(ニコスィス)君と妹さんの仲をあんなに気にしまくってたのか。

世界一無駄な時間じゃないか、恥ずかしい。


喜六(ニコスィス)君にこんな美人の妹さんがいるなんて知らなかったよ」


「フフ、ありがとう。貴女もとても素敵だと思うわ」


 気まで遣われた。

なんて(少なくとも表向きは)良い子なんだろう。


 女同士ヘラリと笑いあっていると、突然剣五(パースパーダ)君が「なぁなぁ、もう仲直りしたんなら帰ろーぜ!」と二人を急かしだした。

何か焦ってるように見えるけど、用事でもあるのだろうか。


「フフ、そうね。それじゃラズリー、またね」


「じゃーな! ラズリー!」


「あ、うん。またね……えと、七美(フュベルダ)さん、剣五(パースパーダ)君」


 フュって発音難しいな。

なんて考えながら喜六(ニコスィス)君を見やると、彼は眉間に皺を寄せていた。

まだ何か悩みでもあるのだろうか。


「どうしたの? 帰らないの?」


「んー……帰る……」


 フラフラとした足取りで兄妹の後を追う彼を何となく見送る。

ふいにその足が止まった。


「……また明日ねー、ラズリーさん」


「んん゛っ!」


 およそ女らしくない返事になってしまったが、喜六(ニコスィス)君には伝わったらしい。

いつものように気の抜けた笑顔に戻った彼は、少しだけしっかりした足取りで帰って行った。


 もう少し脈拍が正常に戻ったら、私も帰ろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ