2、話を聞いてよ
「おはよう喜六君。うしろ、寝癖ついてるよ」
「……んー……おはよー、ありがと、おやすみぃ……」
「おはようからおやすみまでが早過ぎるよ」
ファミリーネームを覚えられていたと発覚して以来、喜六君と話をする回数が少しだけ増えた。
正確には「私が声をかける回数を増やした」が正しいのだけれど。
私から話しかけないと文字通りお話にならないのだから仕方ない。
「今日の一限、魔法薬学だね」
「……んー……あとでやるよ……」
「あれ、噛み合ってない?」
聞いてるのかいないのか、たまに反応が変な時があるのはご愛嬌と言っていい……のか?
面白い時もあるけど、やはり少し悔しい。
「課題やった?」
「……あー……剣五と半分っつ……」
「それ、やったって言って良いのかな……?」
そういえば、話をするようになって一つ気が付いた事がある。
彼は話をしている間はどれだけ眠そうでも眠らないのだ。
食事をしながら寝ていた位だし、完全に睡眠欲の権化だと思っていたから正直意外だった。
「そういえば、喜六君って喋ってる時は寝落ちしないよね。……何で?」
「他でもない、君と喋っているからさ」……なーんて言われたら流石に照れるだろうけど、どうせ私がうるさいから眠れないとかそんな理由だろう。
あ、自分で考えてて悲しくなってきた。
彼は眠たげに目を擦りながら暫く思案した後、何故そんな事を聞くのか分からないといったように首を傾げた。
「……だってさぁ、人と話してる途中で寝たら失礼じゃんかぁ」
そこは常識あるんかーい!
それもそうだね……と脱力していると先生が来てしまった。
魔法薬学は一番好きな授業だから気持ちを切り替えないと。
キリッと姿勢を正す私の仕草が珍しかったらしい。
喜六君は先程以上に不思議そうな目を向けてきた。
君が普段眠りまくっている間も私はいつだって真面目に授業を受けているというのに、失礼な反応である。
「……この授業好きなの?」
「まぁね」
「……へー……」
たったそれだけの会話が物っっ凄く新鮮に感じられたのは、たぶん彼から話題を振られたのが初めてだったからだ。
うわぁ、明日は雨が降るかもしれない。
雛壇のような構造の教室に先生の高らかな声が反響する。
おやすみ三秒どころか一秒未満の彼の事だ。
どうせもう寝てるだろうと隣を盗み見ると、喜六君は大きな欠伸をしながらポケーッと前を向いていた。
……え!?
…………え!?
あまりの驚きに思わず三度見してしまった。
だってこんな事、今まで無かったもの。
珍しい事が立て続けに起こったせいで先生の話が頭に入って来ない。
結局彼は十五分と持たずに夢の世界へ旅立ってしまったのだけれど、一体どんな風の吹きまわしだったんだろうか……
休み時間につつき起こして理由を聞いてみたら、眠すぎたのかいまいち要領を得ない答えしか返って来なかった。
彼の寝ぼけ半分の言葉から推測するに、「私がこの授業好き=面白い授業かと思った」といった所だろう。
何にせよ明日は雨じゃなくて槍が降るかもしれない。
明日は頭の防具を万全に装備して登校しようと心に決めた。
噛み合わなかった会話の補足↓↓
「今日の一限、魔法薬学だね」→「……んー(自分はどうせ補習になるし、勉強は)……あとでやるよ……」
彼なりに考えての発言でした(しかし伝わってない)