12、ちゃんと紹介してよ
◇
「んん゛ー……っ!」
懐かしい夢を見た。
妙に重い上体を「よいせっ」と起こして伸びをする。
いつの間に寝てしまったのだろうか。
研究机に広げたままの資料に涎の痕が残っている。
自分の事とはいえ汚いな。
女としてこれはマズイ。
慌てて袖で拭いて証拠を隠滅していると、背後で何かがモゾリと動く気配がした。
まぁ何かって、心当たりは一人しか居ないんだけど。
「あー……おはよーラズリー。よく寝てたねぇ」
喜六君が眠たげに目を擦りながら私から離れるのを確認する。
私のすぐ後ろに椅子を置き、背中合わせになって寝ていたらしい。
私は背もたれか。
そりゃ重い訳だ。
「……何で喜六君が私の研究室で寝てるんですかねぇ」
「手伝おーと思って来たんだよー。でもラズリーが気持ち良さそうに寝てるからさぁ、ついつい」
学生時代と変わらぬフニャリとした笑顔を向けられては、文句を言う気も失せてしまう。
止めに「ラズリーの夢が見れた気がするー」なんて言われてしまった。
こうなってはもう全てを許す他ない。
私は君の背もたれで良い、いややっぱ良くない、人として。
「はぁぁ……ま、私も人の事言えないか」
「?」
コテンと首を傾げる彼に「昔の喜六君の夢を見たよ」と素直に告げてやれば、よほど意外だったのか目を丸くされた。
珍しい反応だ。
「僕の夢かぁ、なんか恥ずかしいなぁ。いつの夢ー?」
「一年の時の夢。私が迷子になった辺りで目が覚めたの」
「……えぇー……僕がかっこ悪い夢じゃんかぁ」
ムーっとむくれる彼の肩を押して距離を取る。
最早癖毛なのか寝癖なのか分からない髪を手で鋤いて整えてやれば、すぐに気の抜けた表情に元通りだ。
研究員になってもこういう子供っぽい所が抜けない彼が面白くて仕方ない。
「そんな事ないよ。むしろ喜六君の体質を知る良い切っ掛けになったし……それに、格好良かったよ」
「ふーん? なら良いやー」
──魔力供給体質。
迷子から生還した後、死んだように眠る喜六君の傍らで、私は先生達からそう聞かされた。
彼は三つ子の間でのみ、本人同士の意思に関係なく魔力を与え続けてしまう困った体質であった。
近くに喜六君が居る限り、剣五君と七美さんの二人は魔力を使い放題なのだという。
元々二人の実力が高い事に加えて、魔法を使った端から大量の魔力を貰える──そりゃ強い筈だ。
勿論喜六君の魔力が底を尽きればそこで打ち止めである。
今にして思えば、真に凄かったのはあれだけの上級魔法を連発する二人を補えるだけの魔力を秘めた喜六君であった。
自分で魔力を使うのは苦手というのが実に勿体ない人間電池である。
不足した魔力を補う為の睡眠。
それが彼の飽くなき睡眠欲の正体だった。
在学中、私は彼の体質をテーマに研究を続けた。
というか卒業論文まで書いた。
普通ならドン引かれるような所業だが、彼は「んー? 良いよー」の一言で済ましてくれたのだから有り難い。
どうせ何も考えて無かったんだろうけど。
そして現在。
私は今もこうして王立魔法研究所の職員として働きながら、彼の体質改善の研究を続けていた。
「やっぱ魔力の漏れは道具で抑えるよりも、薬の方が効果があるのかもねぇ」
「んー……? 言われてみれば確かに、最近はそこまで眠くないかなぁ」
「それはあの二人と過ごす時間が減ったからでしょ。っていうか二人とは最近会ってないの?」
確か剣五君は騎士団に入隊したって聞いたな。
学院出身の魔法剣士といえば、かなりのエリートコースの筈だ。
七美さんはお城勤めの魔導士として頑張っているらしい。
この前魔導士合コンの数会わせに誘われたけど、何か言いたげな喜六君の無言の圧力に負けて普通に断った。
「んーとねー、剣五達とはこの前の休みの日に会ったよー。……そーいや、その日は珍しく家族全員大集合して楽しかったなぁー……」
「え、家族全員って……十二人?」
確か彼の家って十人兄弟の大家族だった気がする。
その全員が揃うとなるとかなりの圧巻だろう事は想像に難くない。
「そーそー。焼き肉食べたり、末っ子が『自分は本当にこの家の子か』って騒いだり、トランプしたりしたんだぁー」
「へぇ~、ゆっくり出来たなら良かったよ」
あまりにもニコニコと語るものだから、私もつられて笑ってしまう。
「楽しそうだね」と口にすれば、彼は更に機嫌を良くしたようだった。
「じゃあ次の休みはラズリーもうちにおいでよー。そしたら母さん、ご馳走作ってくれるだろうしさぁ」
「え!?」
「次はすき焼きが良いなぁ~」
まさかご馳走目当てで自宅に誘われるとは思わなんだ。
いや落ち着け私、彼に他意はない筈だ。
期待するのも残念がるのもお門違──
「お嫁さんにしたい子って、ちゃんと紹介するねぇー」
「っ!?」
……はたして、私が彼に振り回されなくなる日は訪れるのだろうか。
いつも私だけが焦ってばかりで、悔しいったらない。
フワフワと揺れる喜六君の前髪を軽く弾き、私は熱の集まった顔を逸らすのだった。
<了>