10、見つけてよ
校外学習の一環で、薬草採取と魔物討伐訓練の選択授業があった。
もちろん私が選んだのは薬草採取の方だ。
普段は魔物が怖くて街の外には出られないけれど、魔物討伐訓練の生徒が近くにいるならば、心置きなく薬草集めに専念できる。
なんて素晴らしい授業だろうか。
しかも同じ薬草採取メンバーに喜六君もいる。
流石の彼も外を出歩いている間は眠れないだろうし、いつもとは違った会話が出来るかもしれない。
そう、私は浮かれていた。
だからやらかしてしまったのだ。
◇
街からだいぶ離れた森の中。
360度、見渡す限り木々が生い茂る大自然の景色を眺めながら、私は一人呆然と立ち尽くしていた。
「ヤバいヤバい! 完全に迷った!」
もはや獣道すら見当たらない。
どうやら薬草を探すのに夢中になりすぎてクラスの皆とはぐれてしまったようだ。
馬鹿なの、私。
ギョエーッと鳴く野鳥の声が不安を煽る。
え、これ私どうなっちゃうの。
学院が選んだ場所だし、そこまで強い魔物は出ないだろうけど、戦闘が苦手な私一人では野性動物だって侮る事は出来ない。
これは非常にまずい。
「誰かぁ! 誰かいませんかぁあ!?」
恥などかなぐり捨てて必死に叫ぶも、残念ながら返事はない。
嘘でしょ。
どんだけ離れてしまったんだろう。
麓とはいえ山は山、立派な遭難である。
良くて野宿、最悪死ぬかもしれない。
そんなの──
「やだやだやだっ! ねぇー!? 誰か、誰かいないのーっ!?」
いくら叫んでも、返事をするのはザワザワとざわめく草木だけである。
諦めずに声を上げ続けていると、ふいにパキッと枝が折れる音がした。
誰か来た!? と勢いよく振り返った私は、本日何回目かの後悔をする。
──ガルルル……
「ひっ!?」
そこに居たのは野犬より一回り大きい狼のような魔物だった。
名前は何だっけ、と授業で習った時の記憶が走馬灯のように流れていく。
──ガルル……
「あ、わ、わ……」
眼光は鋭く、涎が滴っている様相から空腹なのだという事が嫌でも分かった。
魔物が私に飛び掛からんと姿勢を低くした瞬間、頭の中で何かが弾ける。
そうだ。この魔物は、高く跳び跳ねて獲物を襲うバネウルフ!
弱点は確か──鼻先!
「ウインド!」
キャイン!
無我夢中で頭上に風魔法を発動すると、丁度ジャンプしたバネウルフの鼻に命中した。
私の魔法にしては威力が高い。
火事場の馬鹿力にしても変だ。
甲高い鳴き声が耳を突いたが、どの程度のダメージを与えられたか確認する余裕はなかった。
とにかく読みが当たって助かった。
「はぁっ、はぁっ……!」
仲間を呼ばれる前にこの場を離れないと、本当にこの世とバイバイだろう。
背後でガサゴソ音と呻き声が聞こえた辺り、やはり絶命には至らなかったようだ。
ポケットがやけに熱い。
まだ僅かに冷静さが残る頭の片隅で、前に喜六君から貰った魔水晶の存在を思い出した。
さっきの魔法の威力はポケットに入れっぱなしだった魔水晶のおかげなのかもしれない。
「うぅ、ひっく」
どこまで逃げれば良いのか分からない上、日もだいぶ傾いてきている。
食料も無いし、このまま夜になったら生き残れる気がしない。
泣いてる暇なんて無いのに涙が溢れ始めた。
「誰か……助けて……」
藁をも掴む思いでまだ温かい水晶をギュッと握り締める。
それにしても死因が一年生の校外学習で迷子とは、なんて情けない話なんだろう。
今頃、友達や先生達は大騒ぎだろうな。
喜六君は騒ぐイメージないけど、どうだろう?
全く心配してくれないような薄情な人では無いと信じたい。
「うぅ……ぐすっ……」
もし私が死んだらお父さんやお母さん、お姉ちゃんが泣くだろうなぁ。
喜六君はどうかな……悲しい顔をするのかな。
彼の悲しい顔はあんまり見た事ないし、見たくないなぁ。
……もし魔物にペロリと綺麗に食べられてしまって遺体すら見付からなかったら、喜六君は生きてると信じて探しに来てくれるかな。
それとも諦めちゃうかな。
私の事なんて、寝たらすぐ忘れちゃうかもしれない。
「ひっく……ぅぐ……」
あぁ、ネガティブな考えしか頭に浮かばない。
それなのに脳内の登場人物の大半が喜六君なのは何でだ。
そして涙より鼻水が多く出るのも何でだ。
せめて死ぬ前に小説のヒロインみたいに綺麗に泣く方法が知りたかった。
そんなアホな事を考えながら大きな倒木の陰に腰を下ろす。
もう走る気力もない。
空はオレンジ色よりも宵闇の方が濃くなってきており、木々の隙間からは一番星がチラ見えしている。
辺りもかなり薄暗く、明るい未来どころか足元すらも見えづらい状態だ。
下手に動き回るのは悪手だろう。
「……誰か、来てよ。誰か……喜六君……」
メソメソと膝を抱える私の耳に、微かな獣の息遣いが聞こえてきた。
腰が抜けたのか立つ事も出来ない。
あぁ、これは本当にもうダメかもしれない。
こんな事になるなら喜六君に好きなだけ肩を貸してあげれば良かったなぁ──