1、名前くらい覚えてよ
少しだけ懐かしい光景だ。
温かくて優しい、大切な思い出。
──あぁそうか。
これは──
◇
「すぅ……すぅ……」
私の右隣で小さな寝息を立てるフワフワな癖毛の彼、喜六君。
誰もが一見で読めない古代文字を使われたそのキラキラネームは、新入生の中でもかなり目立っていたように思う。
「で、ある事から、水精霊と氷精霊は明らかに違うモノであると──」
ここは五大陸の中でも最高峰と謳われる王立魔法学院。
全生徒がこの学院で学べる事に誇りを持ち、一流の召喚士や魔導師なんかを目指している……そう思っていた。
彼に会うまでは。
先生の授業が大講堂に響き渡り、多くの生徒が熱心にノートを取っている中、とにかく私は隣が気になって仕方がなかった。
流石にこの大人数での授業を中断してまで一人の居眠りを指摘するような事はないだろうが、それでもハラハラしてしまうのだ。
「(ねぇ、起きなよ。流石にヤバイよ)」
「……すぅ……すぅ……」
入学して早半年。
彼のやる気のなさには始めこそ腹が立ったものの、今ではすっかり慣れてしまった。
慣れって怖い。
スヤスヤと気持ち良さそうに眠りこける彼の左腕を控えめにつついてやる。
大して親しくもないし私が起こしてやる義理なんてないけれど、気が散って授業に集中出来ないんだから仕方ない。
「……んん……? んぅ、何?」
「(いい加減起きなよ)」
「……んー……そだねー……」
彼は眉間に皺を寄せながらモゾモゾ身動ぎ、ようやく起き……ないんかーい!
堂々と二度寝されてしまい、私は諦めの溜め息を吐いたのだった。
結局今日も喜六君は教室の移動とお手洗い以外の殆どの時間を睡眠に費やしていた。
お昼の時ですら半分寝ながら食べていたのだから彼の睡眠欲は本物だ。
よくこの学院に入れたな。
あまりにも惰眠を貪る為、教師陣からも「どこか悪いんじゃないか」と心配されるまでに至った程だ。
彼はその際「実は自分の魔力は睡眠を代償とする物で、いざという時の為に寝溜めしている」と話していたが、ぶっちゃけ嘘だと思う。
だって君、実技授業の成績めっちゃ悪いもの。
因みに座学の方も平均以下だ。
授業聞いてないんだから当然だろう。
これで成績が良かったらギャップの男として少しはモテただろうに、残念な人である。
ほんと、よくこの学院に入れたな。
「ねぇ、授業終わったよ。もう帰りの時間だよ」
「……あー……? んー、ありがとー……えーっと……?」
フワァ~と伸びをする彼の目はまだ焦点が合っていない。
おおかた私の名前が分からないのだろう。
半年もお隣さんやってるんだからいい加減覚えて欲しいものだ。
渋々名乗ろうとした瞬間、でかい声が飛び込んできた。
「よーっす! 帰ろうぜ喜六!」
「……あー、剣五だぁ……うん、帰るー……」
喜六君と瓜二つの剣五君が迎えに来てしまい、私達の会話はそこで終了してしまう。
双子だという彼等には、実に多くの噂が飛び交っている。
やれ実は三つ子だか六つ子の大家族だの、実家は自給自足生活で動物に囲まれているだの、池の水抜いたり一ヶ月ウン万円生活しているだのと信憑性に欠けるものが殆どだが、真偽のほどは不明だ。
それにしてもこの二人、性格が真逆すぎて逆に凄い。
そんな事を考えていると剣五君に「そんじゃーな! 隣の奴!」と豪快に肩を叩かれてしまった。
私はすっかり気圧される形でガクガクと頷く。
悪い人とは思わないけど、この勢いは少し怖い。
喜六君は元気な兄弟にズルズルと引きずられながら、一度だけ手を振ってくれた。
「じゃーねぇ、隣のー……えーっと、リーア……? ヤード? さんー」
わぁぁ! 合ってるよ!
疑問符いらないよ! リーアヤードだよ!
っていうか名前覚えてたんかい! 思い出すの遅いよ!
あれ、どうしよう。
興味なんてミジンコ程も持たれてないと思ってただけに、なんだかちょっとだけ嬉しい気がする。
明日はもう少し話しかけてみようかな。
そしたらいつか私の名前を「ラズリー・リーアヤード」だってハッキリ覚えて貰えるかもしれない。




