【急募】夢の読み解き方
K氏は夢を見るーーそれはかつて幾度となく見た夢であり、いつか見るだろう夢でもある。
K氏は必死で逃げている。あるときは落武者の亡霊、またあるときはバイオにハザードされたゾンビたち、現代によみがえった恐竜、ベッド下に潜む殺人鬼、あるいは、あるいはーーシチュエーションもさまざまに追ってくるそれから逃げようと、K氏はあらんかぎりの力で、早さで脚を動かしている。
だというのに、ああーーなんということだろう。K氏の脚は、まるで重たい液体か何かが纏わりついているかのように前に進まないのだ。
このままでは追い付かれてしまうと、K氏は地面に手をつき、その反動で少しでも速度を上げようとする。冷たい土が爪に食い込む。
それでも、世界はスローモーションのままーー
K氏は砕けたガラスの散らばる通路を這って進んでいる。理由はさまざまだ。何かに追われている、誰かに命令された、どうしてもほしいものがその先にあるーー手を地面につくたびにガラスの破片が突き刺さる。歯を食い縛りゆっくりゆっくり進んでいく。痛い、痛い、痛い。
やっとの思いで通り抜けたK氏は、手のひらに入り込んだガラス片を押し出すようにしてひとつひとつ取り除く。
皮膚の下でガラス同士が触れ合う感触、手のひらに押し付けている反対側の手の指に入り込んだガラスがさらに奥に入り込んでいく。やっとのことで頭をのぞかせたガラス片をずるりと引き抜き、次のガラスを押し出してーーああ、痛い、痛い、痛ーー……。
K氏の前には、皿あるいは籠に山盛りに食事が置かれている。それは、鈍く光る金属のプレートのこともあれば、レコードのようなCDのようなプラスチック片のこともあるし、時にはガラス片が乗っていることだってある。
他に食べる人間もいない、しょうがない。K氏が片付けるしかないのだ。
口に入れる。ぎりぎりと引き裂いて、なるべく口の中を傷つけないように奥歯で噛み砕き、焼けたプラスチックのようなフィルムのような鉄臭いような、なんとも言えない不思議な味のそれを飲み込む。1枚、2枚、3枚ーー胸焼けがしそうだ。
今まで食べた中では、ガラスが一番マシな味だとK氏は思う。
K氏は、トイレまたは風呂を探している。自宅で、学校で、旅行先で、どことも知れぬ廃墟で、悪霊だらけの廃村で、あるいは、あるいはーー。
しかし、なんということだろう、やっと見つけたトイレは、裸足で入るにはあまりにも汚なすぎるのだーー隣の個室とのしきりがないことさえある!
風呂だってそうだ。床も、壁も、湯船もどこもかしこも汚ならしく、お湯はヘドロにまみれ、とうてい入れたものではない。
しかし、K氏はどうしても入らなければならないのだ。覚悟を決めて、足を踏み入れーーああ、なんておぞましい……。
K氏がいつからこのような夢を見るようになったのか、はっきりとは覚えていない。もう二十年以上になるだろうか。
はじめは「嫌な夢を見たなあ」で終わっていた。
そのうち、舞台やシチュエーションこそ違うものの、K氏が見る“悪夢”にはいくつかの決まったパターンがあることに気づいた。
これらの夢にはどんな意味があるのか。なぜこのような夢を見るのかーー夢占いの本をパラパラとめくってみたところ、どうやらストレスやからだの不調、疲れといった単語がよく見られるようだった。
思い返してみれば、K氏が“悪夢”を見るとき、必ず強いストレスを感じていたりとても疲れてはいなかったかーー?
以来、K氏はこれらの夢を自身の健康状態、精神状態のひとつの判断材料として、気づかぬうちに疲労を溜め込んではいないか、なにかストレスに感じていることはないかと早め早めの対処を心がけることができるようになった。自分なりに“悪夢”と付き合えるようになったと言えるのかもしれない。
とはいえ、こんなひどい夢など決してみたいものではないのだが。
K氏はいつかまた夢の中で逃げ惑い、ガラス片に苦しみ、トイレの汚なさに絶望するのだろう。
K氏はただ、その日の訪れのできるだけ遠いことを祈るのみである。
正直なはなし、ガラスとか金属片って本気で不味いのであまりおすすめできません(´・ω・) ミンナ ハ タベナイデネ……