僕は席を譲りたい
個人的な価値観が多分に入っているから
軽く読んでください。
電車に乗っていると思うことがある。
まず最初に、空いてる電車に乗って、座席につく。
2,3駅で席は埋まる。
で、目につく。
嫌でも目につく。
(杖をついた)ご老人。
僕の良心が囁いてくる。
「席を譲ってあげたらどうだろうか?」
と。
正直、優先席だと、普通に譲れる。
何の心のつっかえも存在しない。
無言で立ち去ることもなく、
(これはこれでスマートだと思う)
「どうぞ」
と胸を張って言える。
自信がある。
心は至って晴れやかだ。
清々しくもある。
俺、良いことをした。
そういう日は、よく眠れる。
ただ、どうだ?
普通席に座ってると、何だか居心地が悪くなっても動く自分がいない。
モヤモヤばかり募ってく。
皆さんどうだろうか?
正直この内なる葛藤が嫌で、最近では扉のサイドに立つか、いっそのこと優先席に座ってしまう。
なぜ、こうなってしまうのか?
幾つか自分なりに考えたんで書いていく。
7つぐらい理由がありそうな気がする。
1全体的に老齢人口が増えた。だから珍しくもない。
2下手に席を譲ろうとすると「私、年寄りじゃないから」となる。
3拒否られたときの対応がめんどい。もうね、会話したくない。
4優先席付近の入口がわかってるのに何故中央から乗る?→つまり座る気はないんだな。
5隣の席の人を間接的に悪者にしてしまう。→どうする?どうする?の目配せ合戦が始まる。
6一人でも多く乗りたい、通勤時間等に限って遭遇する。
(時間と電車種選んでよ。時間に余裕をもって各駅とかね→各駅じゃないってことは座る気ないね)
7譲ったあとが気まずい。
ていう、心理が働いてるんじゃないかと思う。
多分何処かの心理学者が言っているようなことだろうけど。
こんなことを悩むのは、小学校の時の、無駄に充実した、"席譲りましょう教育"の影響なのかも知れない。
(↑道徳を否定する気はない。いいことだとは思っている。)
因みに妊婦さんだったら気兼ねなく譲れる。
肌・髪の状態と、妊婦ストラップが見えれば余裕だ。
子供の時も困る。
僕は席を譲って貰って、有りがたいと思った頃が幼稚園の時にあるからだ。
車両技術が進歩しても揺れるものは揺れる。
手摺が空いてないとき、覚束ない足取りの子供は見ていられない。
だから、降りるふりをして席を後にすることもある。
もうね。
俺何やってんだろう、と思うことがあるけれど、これが自分なんだと諦めている次第です。
勘違いしないで欲しいことがある。
これはあくまでも、僕がちょっと思ったことだって言うこと。
何かを人に強要するつもりもない。
本稿を読んで、僕の思った事が共有できたり、誰かが顧みたり、再考することの一助となるなら幸いだ。
オーラを感じるなと思ったら評価・ブックマークしていただければと思います。
そうすると筆者のMotivationが更にUpします。
これからも気付いたこと書いていくんで、
都合がつくときにでも"undecane"をよろしくお願いします。
連載中・短編は
「オンラインノベルに於ける傾向分析を科学的にしていく」
https://ncode.syosetu.com/n4436fo/
「シンカリオンの父」
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