第8輪 神聖なる場所で
迷路に一歩、踏み入る。
道幅は一人が通れるくらいしかないため、自然に一列になる。
両壁の閉塞感からか、日中なのにも関わらず暗く感じる。
もちろん屋根があるはずもなく、空からの日の光をさえぎるものはないのだが。
しかし、そんなイメージを感じているのは僕だけかもしれない。
父さんは先頭を歩き、何度も曲がっているにも関わらず、その足に一切の迷いはない。
まるでレールの上を沿っているようだ。
フェリフェも目隠しされているピュナを横目に帰り道を辿った事があるからか、いつもと変わらない表情だ。
そして一番の問題児であるピュナはというと、目をキラキラ輝かせて、僕の後ろにいた。
その輝きで、周りを照らせるのではというレベルである。
さすがに言いつけを守り、無茶はしていないものの、いつ駆け出して、僕を踏み越えていくかわからない。
かといって後ろを警戒しすぎると、父さんを見失いそうになるので、ピュナの事はフェリフェに任せ、僕は前に集中した。
「大丈夫か?」
父さんは時々、足を止め気にかけてくれた。
「大丈夫。だけど、思ったよりうっそうとしているんだね」
「ここはこの先にある神聖な場所を守る役目があるからな。私がここの手入れをする時をきれいにするだけではなく、その役目もきちんと果たせる雰囲気作りを心掛けているのだよ。それにちょっとした呪いの類もかけてある」
「まじない?」
「そうだ。何度も挑んだのにピュナ君が踏破できなかったのはこれのおかげだ」
父さんはそう言いながら、茂みのある部分を手で触れる。
すると微かな光と共に小さな五芒星と幾重もの輪がが浮き出て、すっと消えていく。
「これを解除していかないと、先には進めないようになっている」
「えっ! 知らなかった……」
衝撃の新事実である。
でも、ピュナがその効き目を何より証明しているのだ。
効果は絶大なのだろう。
「で、でもね。それでこそ、冒険心がくすぐられるわ! ね?」
「ね? と言われても。同意したら、お前と一緒に目隠しと耳栓されそうだからやめとくわ」
当の本人は何度引っかかっても、全くメンタルが折れないどころか、この挑戦的な態度。
魔法にも屈しないこの精神。
本当にこれは鼻と口をふさがないと直らないだろうな・・・。
「ふむ……そうか。ただ迷わせるだけではなく、寄り付かないようにする工夫も必要だったか……。長年、整備してきたが、すっかり失念していた。ピュナ君とここにきて、参考になったよ。ありがとう」
「あ、いえ。どうも。なんか嬉しくないけど」
父さんはどうやら、ピュナから新たな課題を得たようだった。
次の仕事ではどうなってしまうのか。
というより、ピュナが異常なだけだと思うんだ……。
「……グラルシ様。いっそ即死トラップでも仕掛けてみては?」
「フェリフェ?? ご主人様に死んでほしいの??」
思わない言葉に、脳天を思いっきり叩かれたかのような衝撃を受ける。
フェリフェは見た目からは想像できないが、毒を吐く子ではある。
それは大抵、ピュナに向けられるものが多いが、時々こんな感じでナチュラルに過激な一言をぶっぱなす。
それを知っていても、この提案は想像以上の破壊力しかなかった。
「それはないでしょう……。もし間違って花霊士候補を吹っ飛ばすなんて事がおきたら、大変じゃない」
「でもピュナもそれなら、入る気が失せるでしょ? 踏んだら死ぬ、入ったら死ぬ、もうなにしても死ぬって評判なら、そのうち誰も寄り付かないと思いますよ!」
「もう花霊士とか、お城の偉い人ですら、入れなくなりそうだな……」
ピュナの意識をここまで減退させるのだから、それだけの意味はありそうだが物騒なお城になってしまう。
それに、父さんが本気で取り組んだら、ありとあらゆる猛毒の植物を操り、叶いそうで怖い。
父さんに不可能はないのだ!
しかし逆に、評判になって怖いもの見たさが増えてしまいそうだ。
なかなか、万人を寄せ付けない方法は難しいというものだ。
今の迷うだけっていうのが、一番いいのかもしれない。
「面白い提案だね、フェリフェ君。うーむ……その計画は私の中にしまっておく事にしよう」
「はいっ!」
このフェリフェの返事こそ、悪気がない証拠。
父さんはフェリフェの純粋無垢な毒を無駄にしないようにふるまいつつも、現実にしてはならないという固い意思を持って応答した。
ともあれ、この場所の即死化は防げただろう。一安心。
そして、父さんがいなければ、とっくに迷っているくらい、道を覚えられない事を除けば、僕たちの歩みも順調に進んでいる。
幾度曲がれど風景が変わらない気がするので、呪いがなくても同じ場所を永遠に回っているような感覚に襲われる。
しかし、それでも足は軽かった。
どれくらいで抜ける事ができるのかは、全く考えがつかないけど、一歩一歩進む度に、確実に近づいている。
それに、視界の広い場所にいたときは最全く気づかなかった事で、今も気のせいかもしれないけど、僕の心が目的地を知っていて、どこか呼び寄せられているかのような、引き寄せられているかのような感覚があった。
なんとも不思議な体験。
もしかしたら、この先で待っている花霊が呼んでくれているのかも。
そういえば一体、僕のパートナーはどんな花霊なんだろう。
そうやって花霊の事を考えながら歩く事、十分程が経った。
「次の曲がり角で最後だ。みんなついてきているな」
「いるよ。父さん」
「おおお! もうすぐ出口なのね??」
「良かったですね! ピュナ」
「本当よっ! 悲願達成よっ!」
全員の無事を確認し、最後の曲がり角に差しかかる。
ただ、自分で思うのもおかしい話だが、これからのメインは僕の心根移しのはずなのに、別の話題で超盛り上がっている人が約一名。
ま、喜んでいるならそれでもいいか……?
迷路のゴールで待っていた場所は、今までの景色からは一転していた。
木々に囲まれた小さい原っぱが、僕たちを出迎えてくれる。まるで秘密基地を見つけたかのように、ワクワクしてくる。
人が滅多に踏み入ってないからか、芝生は倒れる事なく青々として、美しい。
天然の絨毯ともいうべきか。寝っ転がったら、一瞬で眠ってしまいそうだ。
そこを吹く風は優しく僕の肌を流れる。
「わーーー! すごーい!」
両壁が取れた途端、ピュナは駆け出し、芝生の上で仰向けで大の字になって倒れた。
溜めに溜めた喜びを爆散させている。
新雪に喜ぶ子供のように無邪気なもんだ。
しかし、ピュナは18歳児であるが、子供にあらず。花霊士である立派なレディ{世間的には}。
人気のない場所で、今は3人の目しかないとはいえ、服装を考えれば、あまり褒められた行為ではない。
芝生ガードがなければ危うしだ。
それを察したフェリフェが、素早く二重ガードをしてくれる。
「こんな場所があったなんて……」
別に何か珍しい植物や、特別な技法が使われているわけではない。
それでも僕は、不思議な美しさに惹かれていた。
一般的な人よりはお城への出入りが多い僕でも、全く認知していない所。
たとえ抜けたことはなくても、この辺になにかありそうとも分からなかった。お城の上からみても分からないくらい、上手くできている。
父さんがそれに対して、少し自慢げに笑ったから、ここもまた父さんの手によって、守られているのだろう。
「この先にある洞窟の中で心根移しの儀式を行う」
父さんは原っぱの先にある洞窟を指した。
岩を掘られて作られたと思われるその洞窟は、入口こそ迷路のように小さいものの、国花の牡丹がうえられて、きれいなアーチを描いていた。
そして、そこから優しい風が吹きだしている。
僕の心を呼ぶのはその風に乗っているものだと感じた。
「わかる……風に乗って、何かに呼ばれている気がするんだ」
「感じるか。その感覚、幻ではないだろう。この先に待つ花霊がお前を歓迎しているのだな」
おかしい事と笑わず、父さんは共感してくれた。
「よっし! では早速行きましょう!!」
いつまにか寝転んでいたピュナは起き上がり、服や髪の乱れを整えつつ、僕の手を取る。
「おっおっ! 危ねっ!」
僕の体勢などおかまいなしに、グイグイ引っ張っていく。
ちらっと見えるフェリフェは大笑い。
しかし、父さんはどこか憂いを帯びた表情をしていた。
その顔の意味が、僕にもすぐ分かった。
「……はぁい。ごきげんよう。子羊さんたちやぁ」
洞窟の方から、女性の声がした。
その声に、おそらく父さん以外の全員の足が凍り付く。
特にピュナは急に催眠術にでもかかったかのようにピタリと固まった。
おかげで手が自然とほどけたので、僕は洞窟をまっすぐ見据える。
ゆっくりと洞窟から出てきて、こちらに歩んでくる女性。
ピュナに似た髪色で、サイドではなくポニーテール。
薄紫のドレスに白いフリルのついた前掛け。その前掛けはピュナが仕事をする時に着用しているのと同じ。
その表情は、悪魔を絵にかいたかのようなにやけ顔で、目を細めて僕らを見る。
胸元の薄紫色に輝く燕子花をあしらったブローチ以外は余計な装飾品を身に着けておらず、年齢は父さんと同い年でありながら、すらりとしたスタイルの良さ、その立ち振る舞いは摩訶不思議な若々しさをまとう。
この女性こそ……、
「お、お、お母さん……!」
カナリア・エイシスさん。
サンデラが誇る母さんと並ぶ花霊士。
そして、ピュナがこの世で最も恐れるお方だ。