第7輪 迷路の先に
城門を抜けた先に待っていたのは、まるで天国のような風景だった。
お城まで真っ直ぐに伸びる赤レンガの敷き詰められた道。
その道幅は大きな荷車が行き交う事ができる程の道幅をがあり、土地の広さを物語っている。
道の左側は遮るものがない広大なグラウンドのようになっており、その周囲を様々な色の花が花壇に植えられてある。
主に国の行事で使われるスペースだ。
しかし、多目的に使用できるため、申請さえしておけば、それ以外の時期に使うことが出来る。
フェリフェの証言では、過度な雑貨屋の仕事に耐えうるピュナの体力作りのために、カナリアさんが貸し切ったとか、健全な日焼けの為にカナリアさんが貸し切ったとか、国のお庭をなんて大胆な使い方をしているのかと、感心させられる事ばかり聞いている。
ここまでくると、もはやカナリアさんの庭と言える。
反対に、右側は緑豊かな生け垣の迷路が広がっている。
こっちはそれで視界が遮られるため、見た目だけでは具体的な広さは分からない。
父さんが語るには、全く知らない人が迷い込めば、一日は出れないとのこと。
僕は主に見えている部分の生け垣の剪定のために訪れる程度だけど、父さんはもちろん、奥の奥まで入っていく。
こちらは逆に、父さんのような人以外は立ち入り禁止が原則だ。
しかし、それゆえにダメと言われるとやりたくなる人間代表ピュナ・エイシスは、小さい頃、何度も迷路踏破に挑戦しては、お城の人に発覚する前にカナリアさんや父さんに救い出されていた。
それでも未だに懲りてないらしい。
このように左と右で、毛色の違う風景が広がるが、そのコントラストは実に素晴らしい。
その調和を整えているのが、道の先にある牡丹の城。サンデラ城だ。
城壁と同じ、牡丹を連想させる淡い黄色の外壁が美しく、何時間でも見ていられる。
まさに天国みたいな場所、というわけだ。
この美しさは本当に昔と変わっていない。父さんの技術の高さが伺える。
「今日こそ、この目で迷路を踏破する……!」
早速ピュナは、迷路へのリベンジの機会をうかがっているだけのようだった。
フェリフェも最早、止めるつもりはないらしい。
確かに止まれと言うと進み、進めと言うともちろん進んでいくピュナの性格を考えれば、無駄な労力だ。
こうなってくると救い出していた過去も、無駄な労力かもしれないな。
「心根移しを行う場所って?」
しばらく通路の真ん中で風景を眺めている父さんに僕は尋ねた。
「うむ。まさにピュナ君が挑もうとしている生け垣の迷路の奥だ。お前には仕事の時も黙っていたが、この先にそこは花霊士と私を含む一部の人間しか知りえない、特別な場所がある」
「なるほどね。だからピュナは……ん? それならピュナは一度、踏破しているんじゃ?」
フェリフェとの心根移しで来ているなら、通っている事になるはずだ。
しかし不思議な事に、ピュナの表情からは踏破の達成感が全く見受けられない。
僕が話をふると、ピュナは大きくため息をついた。
「聞くも涙、語るも涙の話よ。行きも帰りも、耳栓と目隠しされて連れて行かれたの! あれはね、誘拐よ、誘拐! 全く、鬼の所業よね」
「ははっ……お前が暴れるからだろ」
乾いた笑いしか起きなかった。
それでもなんというか、これでも平常運転なのが、カナリアさんなのだ。
カナリアさんならやる。
「その話、お酒の肴で聞かされた事がある。最低限、目と耳を塞がないと、迷路を見て駆け出すからと。本当は鼻と口も塞ぎたかったと言ってたな」
「死ぬわっ!」
「大丈夫です。あなたならそれくらじゃ、死にませんって!」
「しーぬーわぁーー!」
ちょっと塞ぎたいなって思うくらい、大きな声でピュナは叫んだ。
「お前の扱いが心配になってくるよ」
「自分の手で案内をして踏破した気分になるのは、こちらの気分が悪くなるとも言っていたな」
「何それ! 全くお母さんって人は」
「そうだな、そして今日、そこまではやりすぎだと進言しておいたのだ」
父さんはそう言いながら、おもむろに上着のポケットから、一枚の大きめな黒いハンカチと、コルクのような形の茶色の物体を二つ、取り出した。
「ぶっ! 父さん。まさか?」
僕はその道具が何をするためのものなのかを察した。
「いやいや、嘘ですよね?」
「……何がかな? ピュナ君」
「何って。その手にもってらっしゃるものは、何のためにご使用なられる、ものなんでしょう……?」
「これか? カナリアから持っていくと役立つと言われて渡されたものだ。用途は分からないが、今、使うべきと、天がそう囁いた気がするぞ」
「今使うべきです……。今使うべきです……」
父さんの後ろで、フェリフェが一生懸命、天の神様を演じている。
この子が割と楽しいと思うツボはカナリアさんに寄っている。
「だーーー! 本当にっ! 今回はお許しくださいっ! 私はこの目で、この足で! 迷路を抜けてみたいんですっ! お母さんがいなくて、グラルシさんについていける今回がっ! 最初で最後のチャンスなんですっ!!」
フェリフェと父さんの演技であるとは知らず、ピュナは必死に頭を下げていた。
外なのにも関わらず、全く躊躇いがない。
よっぽど嫌だったのだろう。確かにカナリアさんの推薦枠がこれで終わるとなると、次に行けるのは僕らが推薦できるようになる何十年後ってことにもなりかねない。
こんな必死に許しを乞うのも、少し分かる。
「その代わり、フローゼにやっていいんで!」
「おい!! バカ!! 僕を捧げるなっ!」
「ふむ……折角だからつけていくか? 使ったという証拠は残せるが」
「何が折角だからだよっ! つけないよっ!」
僕は別に迷路に達成感を求めてないし、ピュナみたいに駆け出すわけでもないのに。
父さんは笑いながら、二つのアイテムをまたポケットに戻した。
「まぁ、カナリアがピュナ君拘束用に託したのは事実だが。ちゃんと大人しくついてくるなら、使う必要はないだろう。大丈夫かな?」
「ハイッ! もちろんでありますっ!」
ピュナが今まで生きて中で、おそらく最もはっきりとした返事だろう。
その声は庭に響き渡った。
「では、行こうか。くれぐれもはぐれないようにな」
僕が見える範囲で、すでに迷路の入り口は十個弱ある。
どの入り口も似たようなもので、目印などの類は一切ない。
それでも父さんは迷わず、一つの入り口に向かって行った。