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灰の萌芽と双葉の夢  作者: 山吹 杏
第一章 サンデラ編
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第6輪 牡丹の城へ

 外に出ると、サンデラの人々の活気あふれる声や鼓動が響いていた。

買い物や仕事、様々な目的を持った人たちが目の前を行き交う。

お店の前はブランガル広場と呼ばれる、大きな円形のスペースになっている。

円周にはお店が立ち並び、僕らのお店はもちろん、ここで全てが揃うといっても過言ではないくらいに、多種多様な商店がある。

中央には国の花である『牡丹ぼたん』の花をあしらった彫刻が素晴らしい大きな噴水。その周りにはベンチやテーブルがあり、休憩も出来る。

これぞ、サンデラ城下町の中心だ。

おまけに空は青天。太陽の光が広場の石畳を照らし、よりまぶしく輝く。

ここにいるだけで細かい事なんて気にしない気分になる。

僕はこの雑多な雰囲気が大好きだ。


「くー! 最高ねっ!」


ピュナも僕と同じ気分らしく、大きく伸びをしながら日の光を身に受けている。

こうも清々しいと、ゆっくりしたくもなるのだが……。


「でも! さっさと行きましょう、グラルシさん」


ピュナはすぐに父さんの素手を掴み、引っ張って行く。

顔を伏せ、何かに見つかりたくないような感じに。

僕はピュナの背中が向いている方向を見て、察した。

そこにあるのは……あいつの家。すなわち、雑貨屋さん。

大方、誕生日を祝いに来るために店番をさぼってきたことを、気にしているのだろう。

カナリアさんの許可なき休憩なのが、今のピュナを見ていればすぐに分かった。


「心配するな」

「本当に? グラルシさんがなんとかしてくれる?」

「それはできない。しかし、今、ここにカナリアがいようとも、あとで会おうとも」

「うんうん」

「既に、怒っているはずだ」

「だーーー! 心配しかないっ!! やっぱり、そうですよねっ! 外にでたら急に不安が……」


その叫びこそ、カナリアさんの耳に入ってしまうんじゃないかと心配になるくらいに、ピュナは絶望を感じていた。

本当に悪い事をして、世間から逃れるかのように縮こまっている。

そんなピュナに、世間は追い打ちをかける。

今、この時も父さんを見て挨拶をする人が多くいる上に、花霊士の少なさを考えれば、ピュナが『カナリアさんの娘さん』とピンとくる人も多いのだ。

ピュナちゃん! 店番は大丈夫かい? と手を振られ、憔悴しきった部分を隠そうとしながら対応している。


「なんでこうも黙ってくるのか」

「一応、カナリア様にはちゃんとお話しするんです。だけど、お前だけ行かせるのは、王様やグラルシさんが認めても、私が絶対許さない。私だって祝いたい!と」

「ははっ……」


王様の上を行くこの圧力はさすがカナリアさんだけど、最後の一言に、ある意味可愛らしがあふれている。


「厳しい世の中よ!」

「あぁ。そうだフローゼ。この前、新しい如雨露じょうろが欲しいと言っていたな?」

「ハイハイ! それもあとで! 花霊が待っているんですよね!?」


父さんもどこか、ピュナをからかって楽しんでいるようだった。

普段はあまり、こんな事は言わないんだけど、今日が特別だからだろうか。

それとも僕に花霊士を託して荷が下りたのか。

街並みの明るさの中にあっても浮いて見えるくらいだった。

しかし、父さんがここまで楽しそうにしてくれるのは、僕にとっては嬉しい事だ。


「ハッハッハ。冗談だよ。お詫びにピュナ君がここを堂々と歩けるように良い事を教えてあげよう。カナリアは今、この城下町にはいないよ」

「え? 本当ですか? 嘘だったら、ワッフルおごって代わりにお母さんに謝ってもらいますよ?」


もっとどぎつい要求をしてくるかと思ったけど、なんとも可愛らしいものだ。


「本当だとも。フェリフェ君。お店の前に行ってきて覗いてごらん?」

「はい!」

「ちょっとフェリフェ。慎重に行きなさい」

「だって、私は別に後ろめたい事ないですよ?」

「私にはあんの! マスターの為にも隠れて!」


結局フェリフェはわりと堂々とお店の前に歩いていった。


「本当だ!! 鬼がいません! お洗濯できそうですね」

「うっそ……。おかしいわ、今日は特に配達の予定とかないはずなのに。珍しいわね。これは竹でも降ってきそうだわ」


僕も気になってお店の前に行ってみると、僕の所と同じように休憩中の札か扉にかけてあった。

カナリア=金糸雀=金! と結びつけられるほど商売熱心なカナリアさん。

ピュナやフェリフェを上手くつかい、時間の限り稼ぐのが彼女のスタイル。

それが、この営業時間の真っただ中に、こうしているのは本当に珍しい事だ。


「推薦者たるカナリアも、直接祝いたいと言っていたんだが、なにやら外せない用事があると事前に私に相談していてな」

「へぇ、私は知らないけど。そう。でも! 油断は禁物! さぁ、行きますよ!!」


ピュナが必死に父さんを先導し、僕とフェリフェがその後ろについていき、広場を縦断していく。

その足取りは異常なまでに速く、ちゃんと目的地に向かっているのか不安になってくる。


「ピュナが引っ張っていっているけど、向かう場所は合っているのか?」

「ふふー! 私を誰だと思っているのよ」

「ついに自分すら見失ったか」

「違うわよ! 私は花霊士ですから。グラルシさん。これから向かう所は、私がフェリフェと心根移しをした所と同じ場所ですよね?」

「その通りだ。サンデラの花霊士になる者が、花霊と出会う神聖な場所。そこがサンデラ城の敷地内にあるのだ」


広場を中心に東西南北と大通りが伸びているが、その中でも北に伸びている道はお城へ続く道になっている。

僕は道の真ん中に立ち、お城を真っすぐ見つめる。

白を中心に淡い黄色が混じった美しい色の城壁がそびえ、その壁からお城の上部が顔をのぞいている。

まだ遠くにあるはずなのに、その存在感は圧倒的。

とても大きな建物ではあるが、北にあることで、街並みに注ぐ太陽の光を邪魔しない。

優しく見守っているという表現が一番合う。


お城の中へは祭典の時のみならず、仕事でも何度か入った事がある。

だから、威厳がありつつも、親しみもある場所だ。

でも、これから花霊と契約するという場所は、全く知らない。


「その場所ってどんなところなんだ?」

「それは入ってからのお楽しみですよ!」


と、お決まりの台詞をフェリフェはニヤニヤしながら返してきた。

こういう所は、ピュナにそっくりである。

そう言われたからには、楽しみにするほかない。

別にお化け屋敷みたいな怖い場所ではないのだから。


道を進むにつれて、身なりが整った人や、鎧兜をしっかり身に着けた人とすれ違う事はあれど、人の数が減り、静かになる。

すると今まで雑踏に隠れていた緊張を感じるようになってきた。


「なぁ、ピュナ。心根移しってどんな感じなんだ?」


僕は我慢できず、ピュナに尋ねた。

原理や理論は聞いた事があっても、実際に見た事もなければ、当然経験もない。

花霊の存在は日常でも、この儀式は非日常の代表みたいなものなのだ。


「そうねぇ……。なんというか意外にあっさり終わる感じ? そんな難しく考える事はないわよ」

「そうですよ。あのピュナにも出来た事だと思えば、大丈夫です!」

「おぉ……それを聞いて急に出来る気がしてきた」

「ちょっとフェリフェ。それはどういう意味かしら?」


フェリフェの上手い励ましを受け、少し緊張がほぐれた。

とはいえ、ピュナには鬼がついているから、そう言えるのかもしれないが……。


「二人の言う通り、そう硬くなる必要はない。楽しい事だと考えるといいだろう。さて、門番に開門の願いをしてくるから、そこで待っていなさい」


父さんに言われ、僕らは城門近くの道の端に待機する。

城門の傍に立つ兵士さんは、僕らを見ると優しく微笑んでくれた。


「グラルシ殿! ごきげんようであります!」

「うむ、ご苦労。件の用件の為、開門を願う」

「了解であります!! 開門!!」


と、こんな感じであっさりと厳重な城門は、ゆっくりと地響きを鳴らしながら、開いていく。

僕がお城に行く時は、事前に連絡を入れたり、書類を書いたりと本当はもっと手続きらしい事を経ないと開かないのだが、父さんやカナリアさんくらいの人物になると、いつでもお城の出入りが許されているらしい。

特に父さんは、お城からの仕事をこなすために、かなりの頻度で通っている。


「フローゼさん。サンデラの若き花霊士の誕生。心より嬉しく思います! 心根移しの成功、心よりお祈りしております!」

「あ、ありがとうございます」


通り過ぎる際、門番さんは僕にお祝いの言葉をくれた。

表情を見るだけでも、嬉しさが伝わってくる。

国家としても、新たな花霊士の誕生は、大きな喜びなのだと実感した。

でも、まさかここで名前を呼ばれて祝ってくれるとは思わず、少し驚いてしまい、しどろもどろな返答になってしまった。


「ピュナさんは、今日もさぼりでありますか?」

「えぇ、そうで…さ…ちがうわよ! 先輩花霊士として、そこにいる新しい花霊士の付き添いですっ。ねぇ。なんで私の顔をみたらさぼりって言うの? この前仕事でここに来たときも、言われたんですけど! マニュアルにでもなってるわけ??」


僕が門番さんを通り過ぎた後ろで、まるでコントのような会話が繰り広げられていた。

思わず、吹きだしそうになる。

ピュナは門番さんの肩を掴んで、食って掛かっていた。


「それは失礼しましたっ! カナリア様から、ここにピュナさんが来たら、まずサボりを疑えと、申しつけておりますもので……。フェリフェさんもどうぞ。お入りください」

「全く。まぁ、本当はそうなんだけどね。でも、そこまで言うなら、一度ウチで働いてみなさい。給料少なめ、お母さんから頼まれるお使いは過多で時間外労働が当たり前。さぼりたくなる気持ちが分かるから」

「それについては……同情します!! するだけです!!」

「元気に言わんでいいわ」


と、サボり容疑はかけられたものの、特に大事なく城門を通った。

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