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灰の萌芽と双葉の夢  作者: 山吹 杏
第一章 サンデラ編
6/19

第5輪 父の想い

僕は真っ先に自分の目を疑った。

何度か、目を瞑ったり、開いたりしてからもう一度見る。

しかし、そこに書かれている言葉に、変化はなかった。


「わぁ! やったじゃない、フローゼ!」

「おめでとうございます!!」


ピュナとフェリフェは、すぐに喜びの声を僕の耳元で叫んだ。

こういう時、当事者よりも周りの人の方が、状況を早く飲み込めるのだろう。

僕は未だに、実感がわかなかった。


「……夢じゃないよな?」

「夢じゃないわよっ!」

「イテテテッ」


ピュナが思いっきり僕の左頬をつねる。

どさくさににまぎれて、ちょっと強いぞ……。

ちょっと日ごろのうっぷんを晴らされている気がする。


「そうですとも! 夢じゃありません!」

「イテテテテテテッ。分かった、分かった! これはもう現実だ!!!」


今度はフェリフェが僕の右頬をつねる。

なんだかピュナよりも強い・・・。

何か、悪い事でもしたかと、不安になる。

しかし、この二人のおかげ?で、夢ではない事は痛いほど身に染みた。

本当に痛かったけど。


「はぁ……痛かった」

「はっはっは。どうだ、驚いたか?」

「それはもう、とびきり驚いたよ」


その痛さにね。


それはともかく、自分が花霊士に推薦される。それはずっと待ち望んでいた事だった。

まずは花樹士の勉強をと言われ、必死に学んだ日々。

冗談抜きできつかった。それこそ花霊士のことを気にすることができないくらいに。

でも、それ以上に辛かった出来事がある。


「でもさこれ、あの日からって事は、母さんはいなくなるまえにこれを?」

「あぁ、そうだ。来たるべき時に渡してくれと、託されたものだ」


素直に嬉しいことではあるのだけれど、僕は父さんに真相を聞かずにはいられなかった。

そう、母さんは牡丹王の誕生日が過ぎた後、急に家を空けた。

それ以来……八年。家に一度も帰ってきていない。

父さんからはどうしても帰ってこられないと伝えられ、その間、悲しみや寂しさをうめるために、花樹士の勉強に打ち込んでいた。

正直、それがあって助かった。

どうなったかはまだ知らない。父さんは否定するけど、もしかしたら最悪の出来事があったのではと、思った時期もあった。

それでも、母さんがあの約束を忘れていなかった事、そして久々に見た名前に涙が流れそうになった。

ピュナもフェリフェもこの事実を知っている。

だからこの数秒、そっとしておいてくれたのは嬉しかった。

僕はすぐに気持ちを切り替える。

ピュナやフェリフェの前で、メソメソしていられない。


「……辛いかもしれないが、花樹士として成長し、18になった今がその時と判断した。ミュリの想いだ、受け取ってくれるな?」

「もちろんだよ」


できるなら実際に会って祝ってほしいし、お礼がいいたい。

でも今は、この証書を受け取れるだけでいい。

僕は涙で濡らしたり、握りつぶしてしまわないように、そっとその紙を胸の上に置いて手を重ねた。


「ありがとう。もう大丈夫だよ」

「うむ。では続ける。本来なら推薦にあたりミュリ本人が師として存在する必要がある。しかしそれが今回できない。だから推薦者はミュリだが、カナリアがもう一つの推薦枠をお前に使い代理という形をとっている」

「あぁー、それでお母さん今日は、機嫌よかったのね。私とフェリフェ以外の子分が増えるから」

「……子分?」

「おっと、口が滑ってしまったようね」

「ふふっ、気にしない方がいいですよ! フローゼ様」


カナリアさんのもとにつくことに不安を残す二人であった。

しかし、そこまで自分の事を花霊士にしようとしてくれている事に、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。

母さんだけではなく、カナリアさんにも花霊士にたる人物であるという評価はとても誇れるし、貴重な推薦枠をいただけるのだ。


「それじゃ、カナリアさんにも、ちゃんとお礼を言っておかないと」

「そうだな。彼女なしでは難しかった。だが結果として、ピュナ君と切磋琢磨しやすいのはメリットかもしれぬな」


それははて、メリットなのだろうか。ちょっと疑問しかない。


「それに……これはずっと私がずっと葛藤していたことであるんだが」


不思議そうにしている僕を前に、父さんは微笑みながらシャツの胸ポケットから茶色の手帳を取り出す。

そこから一枚の写真を見せてくれた。


「これは……?」


そこには、たくさんの花が飾られている建物の前に立つ、二人のおしゃれをした男女が映っていた。

男性は今の父さんと似たような恰好をしていて、女性の方は薄い紫色のワンピース。

ぱっと見た感じ、どちらも僕やピュナのような年で、髪型とかの外見の特徴がどこか僕らに似ている。

女性が男性の腕を抱き、笑顔でピースをしているのに対し、男性の方はそれを少し照れているみたいで、視線をそらしている。

建物は今と雰囲気が違い、新しく見えるけどこの花屋であると、すぐに僕は分かった。


「もしかしてこの映っているのって、若い頃のグラルシさんとお母さん?」

「あぁ! そうなのか」


ピュナに言われ、僕もすぐ合点する。

今の父さんからは想像できないほどの豊かな表情だっただけに、まさかなと思ってしまったが、やっぱり父さんだった。


「もう二十年前くらいになるか。私がミュリと会う前、新装開店の記念に撮ったものだよ」

「お二人とも、素敵ですね!」

「はっはっは。ここだけの話、この当時のカナリアは、可愛かったものだよ」

「父さん。それ本当にここだけの話にしておかないと、やばいやつじゃん……」


あぁ、恐ろしい。

それはともかく、過去を話す父さんは、どこか子供のように無邪気だった。

思うと、僕は父さんの過去をあまり聞いた事がなかった。

別に聞いてはいけないと思っているわけじゃないけど、話すタイミングがなかったのかもしれない。

父さん自ら話す機会も、指で数えるくらいしかない。


「こうして見ると、お二人はまるで恋人みたいですね」


この手の話がすごく大好きなフェリフェは、にやけた顔で言った。

確かに、どうみても恋人に見える。


「やはり照れるな。だが……この写真以降数年、こうして写真を撮る事はもちろん、話す事も減った。私は花樹士、カナリアは花霊士に……お互いに違う道を歩みはじめてからはな。特に私の方の事情だけども」

「うぅ……花樹士の忙しさは常々聞いてはいましたが」

「あの頃が一番忙しかった。植物たちを集め、世界中での関係作り……仕事が楽しかったとはいえ、全てを犠牲にしていろいろやってきたものだ」


父さんの目には愁いが映っている。

後悔はしてないと僕らの前では強くいても、どこか後悔を隠しきれていない証拠だった。

花樹士の代償……だろうか。

今も仕事が多いのに、お店を一から立ち上げる時の大変さは、経験していなくても尋常じゃないと分かる。

しかし、父さんがそこで諦めなかったから……今があって、僕はこうして成人を迎えることができた。

築き上げてくれた地盤の上に立たせてもらっているという事を改めて痛感した。


「その苦労を知っているからこそ……お前は私のようになって欲しくなかった。幸い、私たちは花霊士に恵まれた。お前も花霊士になり、世界を、他の花霊士を、花霊を見て、その歳、その時にしかできない経験を積んできてほしい。それらがきっと、別の形になって花樹士の仕事に生きるだろう。私を超える花樹士になる事への道標だ」

「父さん……」

「それに、こうしてピュナ君と同じ道を進むとなれば、疎遠にならないどころか、距離を縮められるだろう?」

「な……! 何を」

「ちょっと! グラルシさんったら」

「ふふふー。顔が赤いですよー」


最後のは完全に油断していた……。

僕は思わず、写真の父さんのように顔を俯けてしまう。

しかし、こうも父さんは自分を事を真剣に考えてくれている。

今だけではなく、将来の事まで。

こんなに希望を叶えてくれていいものだろうか。

最初、聞いた時は正直戸惑いがあった。

しかし、最終的にそれが花樹士の仕事にもつながるのなら。

父さんの目標達成に近づける事なら。

僕はもう迷うことはなかった。


「もちろんこれからもサポートはする。これでついに二つの『花』を背負う事になるが、大丈夫だな?」

「うん……!」


僕は、拳をつくり、力強く答えた。

あの時と同じ様に。


「そうか……ありがとう、フローゼ。ならばお前はこれから花霊士として成長する事に邁進するのだ。ここの事は心配するな。昔に比べてば、お前のおかげもあって経営は軌道に乗っているし、フローゼの事を話したら、協力すると言ってくれる人もいる。時々お前に手伝いを頼むかもしれないがな」

「ピュナ! 嬉しいですね!」

「うん! これでしもべ……じゃない。フローゼも同じなんだねっ!」


ピュナとフェリフェはハイタッチしたり、抱き合ったりして、自分の事のように喜んでいた。

なんか、聞きたくない言葉があった気がするけど……。

彼女たちが喜んでいる姿を見て、少しほっとする自分もいた。


「では、新たな花霊士の誕生の一歩を踏み出しに行こうか」


父さんは席を立ち、写真をしまうと、玄関に向かって歩きだす。

ちゃっかり何枚かクッキーを取りながら。

ピュナとフェリフェは当然分かっているようで、父さんのあとについていく。

やっぱり、何枚かクッキーを取りながら。

このまま残していくのはもったいないとはいえ、なんともお茶目なもんだ。

それに、これは僕へのプレゼントのはずなのに、ボリボリ食べて、もう一枚しか残っていない。

後からきた父さんの方が、食べているまである。


「おぉー! 花霊士の最初といえば! アレですね」

「うむ。アレだ」

「アレ?」

「そうよ、フローゼ。アレに決まっているじゃない」


みんなアレで通じているけど、僕だけはさっぱりである。

なんだこの疎外感は!

悔しいぞ。


「さぁ、フローゼ。外に出るぞ」

「えっ? どうして?」

「これから会いに行くんだ。お前のパートナーとなる花霊にな」

「心根移しですよ! さぁさぁ!」


フェリフェに促され、僕はすぐに立ち上がり、ベージュのジャケットの腕を通しながら、みんなと玄関に向かった。

急な展開についていくのがやっとだったけど理解する。

最後に出た僕は、お店に人がいない事を表す札を扉に掛け、花たちと母さんに行ってきますと忘れずにお辞儀をした。

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