第3輪 花樹士と花霊士
「ではでは、折角ですし、食べましょうよ。フローゼ様は座って座って。私が色々準備しますよ! キッチン、お借りしますね!」
フェリフェに背中を押されるがまま、僕はピュナの向かい側に座る。
そこまではよかったのだが、ピュナの態度が態度だけに、少しぎこちなくなってしまう。
「……ありがとな」
「どういたしまして。全く、これだから、あの子は……」
少し機嫌を取り戻したのか、ようやく視線を合わせてくれる。
ピュナがそういうと、フェリフェはニコッとして、キッチンに向かった。
彼女はお湯を入れてある水筒から、カップの位置、ヤカンの場所まで、まるで自分の家のように知り尽くしており、テキパキと準備をしてくれる。
実は仕事に没頭している僕に代わって時々、ご飯の準備などもがフェリフェがしてくれるのだ。
何とも、ありがたい。
「だけど、本当に良いコンビだと思うぞ。未だに、お前がちゃんとやっているのが、信じられないけどな」
「ふーんだ。心配されるまでもないわね!」
ピュナは鼻を鳴らすと、またそっぽを向いてしまった。
さて、ピュナとフェリフェの関係。
フェリフェは人間の姿をして人間のように行動しているが、人間ではない。
彼女は花霊。
元々は、マーガレットの花に宿る花霊だった。
通常は草花の姿である花霊だけど、その枷を超える唯一の方法がある。
それは、土から人間の心に根を移す『心根移し』と呼ばれる儀式を行うこと。
これにより、人と花霊が一心同体のような状態になれる。
ただし、どんな植物とでも結ばれることができるかといえば否だ。
重要なのは、人間側の性格や人生の歩み方や目標が、植物側の特徴や花言葉と一致しているかという点だ。
花言葉というのはそれぞれの育ち方や歴史の関わり方から、その植物をみて人が連想できる言葉を当てはめたものだ。
マーガレットの花言葉は「信頼」「恋占い」「真実の愛」
これらはマーガレットが恋の占いに使われ、その結果を示すというのがモチーフになっている
もちろんすべてがぴったり合うなんてことは珍しいけど ピュナがマーガレットに合う人だということだ。
そして、ピュナや僕の母さんがそうだったように、心に花霊を宿す人間を花霊士という。
花霊士になれる条件は一つだけ。現役である花霊士からの推薦のみだ。
それ以外の例外は基本的に認められていない。
聞くだけなら、テストやらの対策が必要な花樹士より簡単そうだけど、チャンスの少なさはトップクラス。
推薦できる権利を持つ花霊士は実績があり、かつ国に多大な貢献をしている人物に限られる。
つまり、僕が花霊士になるとして、ピュナから僕は推薦をもらえない。それは僕がダメなのではなく、ピュナがまだダメだからだ。
言い方を優しくするなら、まだ若く経験が浅いからだ。
そのうえ一人の花霊士が、生涯で推薦できる人物は二名まで。しかも、推薦を取り消すことはできないため、人選は慎重になる。
ではなぜ、普通よりかなり破天荒で声がでかいだけが取り柄のピュナが、そんな貴重な存在になれたのかというと。
彼女の母親……カナリアさんが今、サンデラで最も高名な花霊士の一人だからだ。
この国でカナリア・エイシスと聞けば、赤ちゃんは泣くのをやめ、子供はわがままを言わなくなり、大人は黙って道をあけ、お年寄り達は神と拝み、ピュナは鬼悪魔と叫ぶ。
ピュナが鬼から厳しい指導を受けている様子を、僕は何度も目撃している。
その反動がここにきて、かなり噴出している。そんな気がしないでもない。
だから誰も、ピュナの事を親の七光りだけとは言わない。
そういう背景を知っているからこそ、ひん曲がった性格で振り回されても、多少は大目にみているわけだ。
「じゃあ、ちゃんとやっているって証拠にさ、ここ最近、花霊士の仕事でなにかあったか、聞かせてくれ」
「そうね。この前、雑貨の仕入れで隣町に言っただんだけどね。道中で昼間から酔っ払いが倒れてて、荷車の通行を妨げちゃってさ。お母さんが注意したら『この年増っ!』って暴言がね」
「あぁ……こりゃ死んだな」
話を聞いているだけでも、身震いする。
でもこれって、今の所、花霊士の仕事と何か関係はあるのか……?
いや、ないよな。
「放っておいたら死んでたと思いますよ。カナリア様の腕がプルプルと震えていたのは、私、はっきりみましたもの」
「そうなのよ。だから、私とフェリフェでお母さんをなだめたの。それが最近の花霊士としての仕事かな」
「あっ……そう」
物騒なことを言いながら、フェリフェがお茶と、クッキーを乗せるためのお皿を持ってきた。
お茶の匂いで少しでもリラックスしたかったのだが、僕はただただ、苦笑いするしかなかった。
全く、恐ろしいことが国のどこかで起こっていたんだな……。
「そんなの花霊士と関係ないじゃないかと思ってるフローゼのために言うけど、お母さんはよく言うわ。『花霊士を止められるのは、花霊士だけ』だってね。だから、これも仕事よね!」
「心を読むな。それにその言葉、インパクトだけはあるよな」
これが……サンデラの頂点にたつ花霊士と、その子供の思考である。
二人の脚色があって、あの名言も冗談で言っているのは分かっているけど、背筋が凍りそうになった。
実際、花霊士は花霊を操り、普通の人では持ちえない力がある。
それこそ使い方次第では、一国滅ぼす事が簡単にできるとは母さんやカナリアさん自身が過去に言っていた。
だからこそ、なるのに限定的な条件が課せられているのだろう。
試験では計れない、強大な力に溺れない心を見極めるために。
「もっと花霊士らしい事はないのか?」
「うーん、そうねぇ……」
すぐには浮かばないのかよ。
まぁでも、こうして違う立場の話を聞くのは、本当に楽しいものだ。
ピュナは黙る事ができない性格なので、暇な時やお茶を囲むときの会話には困らない。
「・・・よし! 盛り付けも終わりました!」
「ほー。とってもきれいだ。フェリフェ、ありがとう」
話している間に、お皿の上には、大きな一輪の花のようにクッキーが並べられてあった。
クッキー一枚、一枚がまるで花びらのように見える。
本物の花も、見せ方一つでより美しさを際立たせることができるのと同じように、より美味しそうに感じる。
「ピュナ、いただくよ」
「どうぞどうぞ。一口をユグドラに感謝するがごとく、味わいなさい」
まぁ、そんなことは聞きながして、僕はクッキーを手に取った。
その時、また玄関の鐘が鳴り響いた。
なんで、こんな休憩中に連続で!
嘘だろ……お預けにはならないよな?