第2輪 特別なお誕生日
しばらくピュナは僕を見つめ続け、少し呆れるようなため息をついたあと、優しく言った。
「今日……フローゼの誕生日でしょ?」
「……あぁ!」
しばし、時が止まる。
ピュナに指摘されて、僕はようやく気づいた。
全く実感がない。今日もいつものように朝起きて、日常を過ごしていた。
言われてもなお、そうだった……けっ!? という感じだ。
小さな子供なら大喜びだろうが、もう18ともなれば、徐々にテンションの上がり方は小さくなる。
むしろ、年を重ねることに焦りや不安を感じるようにもなるだろう。
とはいえ、我ながら淡泊なものだった。
僕の父さんに至っては『死に近づく日』と、マジ低めのテンションで言ってくるし……冗談だろうけどさ。
流石に、そこまで悲観はしてない。
そんなことを言う人間が間近にいることもあって、ここ最近、盛大に祝った記憶がない。
たぶん、去年もピュナに言われて、あ!って応じてこんなやりとりをしていたんだろうな……。
時の流れとは恐ろしく残酷で、早いものだ。
しかし、こうして女の子に言われるのは、まぁ悪い気分にはならない。
たとえ新鮮味のないポンコツの幼馴染であってもだ。
「忘れちゃうほど仕事が忙しいのは、わかってるけどねー。今度は忘れないように、おでこに書いてあげましょうか」
「ほっとけ! おでこじゃ自分で見れる機会が限定されすぎだし、人前にでれんわ!」
実際書かれたら仕事にならないくらい恥ずかしいだろう。
今は自分の誕生日を毎回忘れるってとこに恥ずかしさを感じつつ、今後の展開を恐れる。
ピュナはこういう人の弱みをいつまでも忘れない悪魔のような性格なのだ。
口では理解をしめしつつも、心の中では『自分の誕生日すら忘れるアホ』とほくそ笑んでるに違いない。
その一端が、すでに口元に表れていた。
だが、ピュナの言う通り、気にする暇もなかった……というのは言い訳としてある。
仕事の予定は狂ったり、忘れたりしないようにしっかりとカレンダーにつけるようにしてる。
が、その予定だけで埋まってしまうこともある。
ピュナとのデートなんて、もちろん書くスペースはないし、もし仕事が入ったら上書きだ。
カレンダーだけでは足りず、周りに付箋を貼りまくっている月もしばしばだ。
その時は気にしていなくても、自分のことより仕事を優先している。
植物のために生き、植物のために死ぬ。
それが花樹士の基本行動理念なのだ。
自分で望み、進んだ道ではあるけども、ピュナの自由さを見ていると少し羨ましいと思う時はある。
年相応の事はなかなかできないし、ピュナがこうして来てくれなかったら、疎遠になっている可能性もある。
目指している時も勉強漬けで、大変だったもんな……。
「そう怒ることないじゃない。ちゃんとね、プレゼントを用意してきたんだよ。この超絶美少女の私がね」
「ん? 本当か? 既に嘘ついている所があるけど、プレゼントも嘘だったら追いだすぞ?」
「まーた、そう疑ってー。そんなだとあげないぞー!」
ピュナは自信に満ち溢れた表情を浮かべ、椅子の背もたれに力強く寄りかかる。
そして両手を頭の後ろで重ね、枕代わりにしている。
その余裕を漂わせる姿は、とてもご立派であるのだが、同時にどこにもプレゼントを持っていませんという丸腰アピールをしているようでもあった。
これをみて、疑わない方がおかしい。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、そのプレゼントとやらに期待しているのだが……。
この疲れた僕の体と心を一発で回復させるようなものを求めたっていいはずなのに……。
「じゃあ、一体どこにあるんだ?」
「慌てない、慌てない。よく言うじゃん。主役とプレゼントは遅れてくるものだってね」
「言わねーよ」
贈り物まで遅れてきてどうするんだ。
それでも、ピュナを信じるのであれば、この後持ってきてくれる人が来るということか。
自分でそこまで言うなら、自分で持って来いよと思うのは、僕だけかな……。
「入ってきてー!」
ピュナが扉に向かってそう叫ぶと、また鐘の音が鳴り響いた。
「いらっしゃ……」
くそっ……やはり、条件反射には勝てねぇ!
ピュナに呼ばれた人が入ってくるのが9割だろうけど、そう! 万が一本当のお客様だという可能性もあるから、無駄じゃない。
僕は正しい事をしたんだ!
そう言い聞かせる。
「フローゼ様。おじゃましますよー!」
すぐに澄んだ心地よい声が耳に届いた。
ピュナが入ってきた時と同じくらい大きな声なのに、全然違う。例えるならこれは小鳥。ピュナは猿くらい違う。
玄関には、ピュナと同じくらいの年頃の女の子が立っていた。
白を基調に、裾やそでの部分まるで花びらのようで、黄色で刺繍された半袖ワンピースを着て、白いタイツに茶色のショートブーツを身に着けている。
手にはピンクの手提げ袋を両手でしっかり持っている、
僕に対してお辞儀をしたときに、金髪の長い髪が柔らかくなびく。
マーガレットの花を模した髪飾りが、またいつみても可愛らしい。
「おぉ、フェリフェ。入ってくれ」
「はいっ!」
僕は喜んで、彼女を中に招く。
フェリフェは返事をしたあとに、僕に向かって歩いてきた。
「はい! フローゼ様。お誕生日、おめでとうございます!」
そう言ってフェリフェは袋を僕に渡した。
その時の笑顔といったら、またたまらなく可愛い。さっきから可愛いしか思ってないかもしれないが、もうとにかく可愛い。
口に出していったら歯が浮きそうになるが、その笑顔こそ何よりのプレゼントである。
「ありがとう!」
袋を受け取ると、温かさが手に伝わってくる。
同時に、お腹がすいてくるような甘いにおいが、鼻をくすぐってきた。
「これは、クッキーかい?」
中には、美しい小麦色のクッキーがいっぱいに詰めてあった。
星や花といった様々な形があり、一枚一枚時間をかけて作ったことがわかる。
しかも、リボンでちゃんと包装までしてあるじゃないか……!
正直、ここまでしてくれているとは思わず、涙がでそうになった。
「これ……フェリフェが?」
「いえいえ。……見てくださいな」
「ん?」
フェリフェがにやつきながら僕に顔を近づけてくる。
右手で矢印をつくり、ピュナを指していた。
促されるままピュナを見ると、彼女は椅子に座ったまま、こちらに一切視線を合わせない。
背を向けて、窓の風景を楽しんでいるようだが……?
「このクッキー、一応全部ピュナの手作りなんですよ。今日の朝から張り切って『よーし!がんばるぞー!』なんて言いながら、早起きして、キッチンに立ったんです。まるで恋び……」
「ほら、フェリフェー。コッチおいでー。お姉さんとお話しましょうねー」
「……はいはい。全く素直じゃないんだから」
顔は確認できないが、いつになく低い声で威圧するピュナ。
フェリフェはそれでも特に怖がることはなかったが、言われた通りそれ以上言う事はなかった。
ふむ……しかし、それが本当なら、ピュナにもなかなか可愛らしい一面を持っているではないか。
きっと直接渡すのも、意識してしまったに違いない。
そう考えると、さっきまでの余裕で憎たらしい態度も……許せるっ!
「フローゼ。殴られたい?」
「あ、はい。すみません」
心を見透かされたかのように、本物の拳のような言葉が飛んでくる。
顔に出てたかな……。
既に、ピュナの手は拳を構えている。
僕もまた、フェリフェ同様に敏感な乙女心に触れるのをやめたのであった。